尾崎光弘のコラム 本ときどき小さな旅

本を読むとそこに書いてある場所に旅したくなります。また旅をするとその場所についての本を読んでみたくなります。

言語学者・鈴木孝夫の「EnglishからEnglicへ」

2016-02-20 06:00:00 | 

 今回は、英語教育を「根本からとらえなおす」資料の三つめ。鈴木孝夫「EnglishからEnglicへ」(『英語教育』 一九七一年一月)を紹介します。著者は言語学者です。あらかじめ、以下の引用では横文字がいくつか出てくるので、あらかじめ意味を確かめておきましょう。イングリックEnglicとは、この第8章解説によれば、英語国民だけが独占的に使っている英語ではなくて、使用者の母国語の影響と、彼の個性が横溢した、英語にして英語に非ざる言語のことです。前回出てきた「ピジンイングリッシュ」と同じと考えて差し支えありません。また「~ic」というのは接尾語です。「~的な、~に関する」という意味で形容詞や名詞になります。似た例に、たとえばエコノミーeconomyに対するエコノミックeconomicや、ヒステリーhysteriaに対するヒステリックhystericなどでしょうか。

 ・・・英国固有の文化、文学、世界観と結びついた言語、そしてその分派であるアメリカの言語をEnglishと従来通り呼ぶなら、私が、今説明したような言語(国際補助語としての英語──引用者)は、EnglicとでもInterlingua(二言語間の言語 同前)とでも呼び変えるべきだと思う。EngulishとEnglicとは、たしかに歴史的発生的には密接な関係があるが、今では別の存在なのであり、機能も異なっているのだとするのである。ちょうど起源的には中国のものであった漢字が、日本語の中で換骨奪胎されて、発音から意味までひどく違ってしまっているのと同じように考えればよいのだ。われわれの大多数が習得しようとしている言語を、英語と呼ぶから、英語だと思うから、thousandをsで発音したりtで発音すると間違いだと言うことになる。英国ではこう言わない、米国ではそう発音しないといった瑣末主義particularism完全主義perfectionismのとりこになって、なにも言えない、書けないところに追いこまれてしまう。日本人以外の多数の人々と交流する手段として、今のところ、好むと好まざるとにかかわらず、一番利用度の高い国際補助語がEnglicなのである。

 このように考えて、あたりを見まわしてみると、驚いたことに、英語を母国語としない多くの国の人々はすでに、この線にそって、堂々と実行しているのに気がつく。先年来日した世界的言語学者ロマン・ヤーコブソン博士の口から出る英語は、まさにEnglicであった。博士の母国語であるロシア語の発音、調子がまるだしである。文法も、あとでテープを調べてみると、かなりの間違いがある。しかし、博士の講演をきくと、はじめは奇異に感じ、聞きにくかったものが、いつの間にか気がつかなくなり、すばらしい内容と親しみのある人格に、こちらがすっかり取込まれてしまうのである。フランス人の英語は下手だとか、インド人の英語は捲舌(まきじた)で分かりにくいとか、スペイン語系の人の英語はsとzの区別がないとか、今までよく言われるのは、これらの人々の使う言葉を狭い意味での英語という見地からのみ批判しているからなのだ。もっと大切なことは、お互いに勝手な自国語で話したのではまったく意志が通じないことの多い、多元的な現在の世界で、英語に近い言語としてのEnglicを使えば、立派に意志が通じるという認識である。今こそ英語教育を英文学者・英語学者の手から切り離すべき時である。そして英語はもはや英語国民の特権的言語ではないことを認識すべきである。(『英語教育論争史』 九三九~九四二頁)

  これまで紹介してきた鶴見俊輔さんの「日本語と国際語」が哲学的議論、小田実さんの「判ればいいのです」が実践的議論だとすれば、鈴木孝夫さんのは言語学的な議論といえます。三者に共通しているのは、異なる言語間の理解はまず通じればいいこと、と同時にあいだに立つのは不完全な外国語でよい、とする考え方です。これに異文化受容という問題を重ねてみると、どのような示唆が得られるでしょうか。あといくつか読んでみます。


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1 コメント

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若松若水の今風徒然草 (若松若水)
2017-11-08 21:07:11
はじめまして。

私は高校の国語科教員をしておる者です。
英語教育についても興味があり、ブログでも英語教育の在り方というのが大きな柱です。
そんなわけで、
11月7日の記事で鈴木孝夫の著書を紹介しましたが、その文中に本記事のリンクを貼らせていただきました。

ご高覧いただければ光栄です。

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