人間界 不思議なことばかり

不思議発見というテレビ番組がありますが わざわざ遠方に出かけなくても 身の回りには 不思議なことがいっぱいあります

劣等感

2009-06-28 15:15:49 | 日記
加齢臭というのがある。年を重ねると何か体臭のような臭いがするらしい。どういうのか知らないけれどいい臭いではない事は確かだ。加齢臭は男女ともかというと男のほうがいつも槍玉に挙げられる。人間年をとれば足腰が弱くなったり、病気になったりするのは当たり前である。ことさらに加齢臭を取り上げるのはどうも宣伝くさい。火のないところに焚きつけるようだ。禿も同様で余計なコンプレックスを植えつけてある種の商品を売らんがためであろう。サプリメントしかり、栄養食品しかり。こういう宣伝のスタンドポイントは若い女性である。
さまざまな事柄に新たな劣等感を植え付けて人々を不安に落として商品を売りつける宣伝手法の一種だ。
どんな美女の顔も拡大すればシミもあれば毛穴もある。ここにも劣等感を植え付けてシミをニキビ跡をことさらに問題視して、すきあらば様々な該当商品を売りつける。そして肌のツルツルな人工美人、マネキンに仕上げる。
最近個性的という言葉が使われなくなった。個性は必要がないのだ。同じような流行や理想に向かって若い女性たちがまい進する。仮想コンプレックスに追い立てられた自己満足の世界なのだ。行き着く先は美容整形だ。これなら金次第で年齢もカバーできる。

道路

2009-06-18 20:57:32 | グルメ
信州の山の中のある村にバスが通じたら村民みな町に引っ越して廃村になってしまった。それまでは自給自足の不便な暮らしをしていたが、バスのおかげで簡単に町に出られるようになると若い人たちがいなくなり、続いて大人たちも農業を捨てて、町の工業団地に就職して出て行ってしまった。そして今ではは面白いことに都会の人が廃屋を借りて移り住んだりしている。避暑地として有名な軽井沢は新幹線と高速が開通したら日帰り客ばかりなってペンションや民宿が消え、避暑地には縁もゆかりもないアウトレットばかりが栄えた。
さて地方には経済を活性化させる手段としての道路建設を期待する声が多いが、思い通りにいくのか。すべての道はローマに通じるという格言があるように日本の道路は東京に通じる。従って交通網が整備されるとまず地方の人が都会に殺到する。短時間で簡単に行けるようになったからである。特に若い人は何しにいくかというと銀座渋谷原宿新宿等々へ流行を追いかけての買い物である。つまり地方に都会の文化を持ち込むのである。結果として地方の都会がミニ東京となり、地方文化が消える。日本中どこにいても変わらない景色となる。地方は地方の特色を出そうと企画しても考えるのは東京の会社である。

ゲーム

2009-06-06 15:51:35 | 日記
子供のころは近所に池や空き地があり、いかだを組んで遊んだり、木に登ったり、草野球をしてガラスを割って叱られたりしたが、今では池は埋め立てられ、木は伐採され、空き地はなくなり子供の遊び場が全くなくなった。池があっても、子供や酔っ払いが溺れでもしたら危険で、何かあったら管理不足で訴訟になるので、柵を鉄条網を張り巡らすか、埋めてマンションにしてしまう。猫の額ほどの公園があちこちに出来ているが、子供が走り回るような広さはない、せいぜい若い母親たちが赤ん坊の日向ぼっこに来る程度だ。夜は夜で不良グループの溜まり場になったり、変質者が出没する。おげで子供たちは仲間同士で思いっきり遊ぶことができなくなった。これが進歩というのかわからない。世間に余裕の空間がなくなったことは確かだ。子供の遊び場確保というのが世の大人の眼中にない。最近では道交法の変更のせいでパーキングに変わった。これをひとつのビジネスチャンスという。
当の子供たちはどうかというと頭でっかちの架空現実に没頭している。ゲームだ。しかしゲームの中は危険だらけで、戦争あり、犯罪ありで、反社会的なものばかりだ。これもビジネスとして大人が作り出したもので、精神への影響より、ソフトの売り上げばかりに関心があるようだ。大人自体もろくな事をしていない。酒だタバコだ殺人だ天下りだ、こんなことばかりが紙面を賑わしている。

風習

2009-06-01 20:46:09 | 日記
動物が丸裸なのは当たり前である。犬猫のような身近な動物が何かを着ていたら人間が着せたことになる。彼らにとって余計なお世話である。しかし人間が裸で世間に登場したら、可愛そうなタレントのように、たちまちワイセツ物陳列罪で豚箱に放り込まれ、少なくとも書類送検くらいにはなる。今のところ男女が全裸に安心してなれるのはベッドの中か浴室である。
そもそもなぜ人間は衣類をまとうようになったか。これは人類学者に任せておけば解決するものか。思うに人類は進化の過程で、衣類を必要とするような体になったことが原因だと思う。衣類を獲得することで、気候に関係なく地上を移動できるようになった。それがいつの間にか裸でいることが社会でタブー視されたのだろう。しかし裸が嫌いかというとどうやらそうでもないらしい。洋服の中身に興味があるということが逆に人類の繁栄の一要因にもなっている。タブーを逆手にとって、売春という人類にとって一番古い商売が成立したのかもしれない。今だってポルノは盛んである。ただし何がワイセツかという定義は難しい。絵画展で陰毛が書いてあると騒ぎ立てるおばさんがたまにいるが、自分のものはワイセツかというと、隠されているからワイセツではないという。それなら人間はみんなワイセツ予備軍を生まれながらにして持っていることになる。ベルギーの画家で立派な陰毛を堂々と描く画家がいたがどうなんだろう。犬猫まで裸だとワイセツだから下着をつけさせるように発展すると、その人の頭の中はワイセツだらけという理屈になる。
また男のほうが変なものが好きになるらしく、女性の下着を盗んだり収集したりする人物がいる。下着はワイセツ物じゃないので窃盗になるのだろう。正当なワイセツ物以外にワイセツを感じる人は変態と定義される。少女愛をナバコフの小説にちなんでロリータといい、低年齢の少女も狙われる犯罪も多い。原宿ではわざわざ10歳以下の少女の格好で練り歩くことがファッションらしい。男の服装といえば背広とラフな格好しかないが、女は何でもござれで、顔を白く塗ろうがガングロにしようがロリータだろうが全くお構いなしで、時の経済に大いに貢献している。
昔中国に纏足という風習があって、幼女の足を布でぐるぐる巻きにし、大人になったときその足の変形具合を競った。好きな男が閨中で布を解くと女は思わず興奮したという。これは風習なのかそれとも変態なのか、どうもわからない。