「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

『浪速史跡めぐり』長寶寺(閻魔さんのゆかりの寺)・JR大和路線は平野下車南へ国道を渡ると平野郷がある。

2016-09-30 04:32:42 | 浪速史跡巡り
『浪速史跡めぐり』長寶寺(閻魔さんのゆかりの寺)・JR大和路線は平野下車南へ国道を渡ると平野郷がある。昔ながらの町並に細い道に寺院、神社が点在する。長生院 長寶寺がある。本尊は坂上田村麻呂の守護仏伝えられる。この辺りは坂上田村麻呂の子の広野の領地で、平野の地名も広野から来たと言われ、坂上田村麿に関わりの深い寺である。そう広くは無いが境内には、その由緒は窺える堂塔ばかりで、今も下町の人々の信仰が生づいている、門をくぐると本堂、本尊十一面観音菩薩が祀られ、何より珍しいのは、「閻魔大王」が祀られている事だ、秘仏である。毎年五月十八日に御開帳がある。左手に役行者の堂がある。この寺の創建は古く平安時代のあの蝦夷征伐でその名を挙げた「坂上田村麻呂」の関わりの深い寺である、開基の慈心大姉は桓武天皇の妃で坂上田村麻呂の娘春子である。延暦二十五年(八百六)春子は桓武天皇の崩御と共に弘法大師に帰依した、十一面観音菩薩を田村麻呂の守護仏され、その後南北朝の折り、この寺を一時皇居とされ山号の王舎山もそのとき賜ったという。往時は多くの堂塔があったが、戦火や明治の廃仏に合い衰退したがその由来と面影は残されている。また「閻魔大王」の謂れも慶心房尼の閻魔大王との関わりで「よみがえりの草紙」に記されているそうである。閻魔さんを祀る珍しい寺で五月十八日の閻魔大王の開帳の日には「閻魔さんの証判押し」の行事がある。
※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが垣間見えてくる。

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『戦後日本の あの日あの時』191「新産業都市」 ●昭和37年(1962)5月10日、新産業都市建設促進法公布。

2016-09-30 04:29:16 | 戦後日本史の記憶と記録

『戦後日本の あの日あの時』191「新産業都市」
●昭和37年(1962)5月10日、新産業都市建設促進法公布。8月1日施行(道央・八戸など15カ所新産業都市に指定。工業整備特別地域一準新産業都市として鹿島など6カ所を指定)新産業都市建設推進法によって指定された工業開発都市。政府は第一次全国総合開発計画に基づき、工場と人口の分散を目的として、重化学工業地域を中心に地域開発を計画、道央、八戸、仙台湾、常磐、郡山、新潟、富山、高岡、松本、諏訪、岡山県南、徳島、東予、大分、日向、延岡、大牟田、有明、不知火、秋田湾、中海の15カ所を指定し、それ以外の開発が進んでいる地域、鹿島、東駿河、東三河、播磨、備後、周南を準新産業都市として指定した。予定通りコンビナートが設備されたのは新産業都市2カ所に留まった。このコンビナート地域では公害が発生し、地場産業の発展は軽微であった。他の大部分の地域はコンビナートが建設できず、財政危機に陥った。また資本と人口の分散は成功せず、東京一極集中が続いた。その意味では新産業都市による分散政策は失敗した。この制度は、産業構造の変化などを理由に2001年3月に廃止された。
※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが垣間見えてくる。
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