「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

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『浪速史跡めぐり』淀屋の屋敷跡・地下鉄淀屋橋の上の交差点の南西

2017-11-25 04:40:45 | 温故知新
『浪速史跡めぐり』淀屋の屋敷跡・地下鉄淀屋橋の上の交差点の南西に淀屋の屋敷跡碑と林市蔵記念像がある。江戸時代の豪商であった淀屋は本名岡本と言い、初代与三郎常安は大坂の陣で徳川方に与した、夏の陣の後、この辺り一帯を邸宅を構えた。その規模は100間四方1万坪を有し、淀屋橋は淀屋が米市への交通の便を良くするために架けたもので、その名称の始まりになった。また林市蔵は大阪府第15代知事として府政に尽力を注いだ。特に福祉社会に寄与し「民生委員の父」と言われ大正七年に府内に方面委員を設置したことから今日の民生委員制度の発端となった。

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