「歴史の憧憬」

人生は旅・歴史は時間の旅。川村一彦。

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「西国四十九薬師巡り」家原寺・高野山真言宗別格本山 通称・家原の文殊さん、智慧文殊・大阪府堺市西区家原寺町●行基菩薩生誕のご実家

2016-09-12 04:06:45 | 西国49薬師巡り
「西国四十九薬師巡り」家原寺・高野山真言宗別格本山 通称・家原の文殊さん、智慧文殊・大阪府堺市西区家原寺町●行基菩薩生誕のご実家。寺の歴史は古く、今から千三百年昔、奈良時代に生誕されて、後に人々から菩薩と慕われた人がいた。名僧「ぎょう行き基(六六八~七四九)」である。行基様は生誕のご実家を、七〇四年、三十七歳のときにお寺として開山された。山号の一乗山とは、菩薩修行記から引き、菩薩として修行を行なう所という意味です。寺号のえ家ばら原じ寺は、家とは実家、原とは母の腹をさすと伝えられている。つまり、両親の菩提を弔うことと、恩に報いることだというのである。本尊は文殊菩薩で、日本で文殊菩薩を祀られた最初といわれている。菩提僊那(七〇四~七六〇年、インドから来た東大寺大仏開眼導師)ゆかりの文殊菩薩として信仰を集め、その霊験は古来より国内随一の名声を誇り、この文殊様は「智慧文殊」と呼ばれ、各種試験を志望する人々や学生たちの合格祈願で、お参りの人々が後を絶たず、祈願ハンカチという楽しい祈願の方法も人気があり、本堂の文殊殿は一見の価値がある。お薬師さんを祀る薬師堂は、文殊殿の東側にあり、広い境内の中でもひときわ大きな「やまもも」の木が目印で、薬師堂は朱塗りの小さなお堂である。中は一般には公開されていません。堂内には厨子を収めた内庫式の壇が祀られている。厨子の中には、薬師如来坐像と両側に日光菩薩、月光菩薩、それを囲むように十二神将が安置されている。何度か修復の跡があり、江戸中期の修復と言われ、この薬師さんも長い間人々に信仰されてきたに違い考えらえている。というのも、もう一つの薬師さんがあるからで、家原寺から南へ徒歩三十分程の所に、行基様のご母堂様の実家という奥の院「けい華りん林じ寺」がある。本尊の薬師如来は、地元の人々から「こ子やす安薬師」「こやすさん」と親しまれ、安産・健康の祈願をしている。そして、家原寺の薬師さんを「すこやかさん」と呼びならわしている。
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