静かな劇場 

人が生きる意味を問う。コアな客層に向けた人生劇場。

占いや予言と因果の道理

2009-10-28 18:18:22 | Weblog
因果の道理とは、あらゆる結果には必ず原因があるということです。それは自然界の現象のみならず、私たちがいちばん知りたい運命についてもそうであることを、仏教は明らかにしています。

幸福には幸福になる因があり、不幸にも不幸になってしかるべき因が厳然としてあります。しかし、その原因の「分からなさ」が多く迷信の温床となっています。

たとえば手相。
手の皺と人間の運命に何か関係があるのでしょうか?手を握ればだれでも皺はつくし、野球のグローブにだって皺があります。そういうものと人間の運命と、どう関係するというのでしょう?

名前の画数?
漢字をつかわない外国人はどうなるのでしょう。普遍性がないことは一目瞭然です。

星座と運命?。他の星から眺めれば、星の位置関係は変わるのですから、これもまた普遍性のない話です。

墓相が悪いから、ご先祖の祟りがあるなどというのも奇妙な話で、どこに子供や子孫を苦しめてやろうなどと思う先祖がいるのでしょうか?
あなた自身、子供や孫に願うのは幸せであって、先祖だって同じはずです。墓の建て方が悪いくらいで子供や孫を呪ってやろうと思う人間は普通ないでしょう。

大安、仏滅、三隣亡、など日の善悪も、根拠のない滑稽至極な話であります。でも、そんなことを信じて、皆、結婚式は大安吉日にと決めていますが、結果はどうでしょうか?今日の離婚率の増加を見るにつけ、いかに当てにならないものか分かると思います。結婚生活と大安吉日など何の関係もないことは、各家庭で実証済みではありませんか?


科学的精神を尊重するなどといいながら、実生活は迷信にとらわれています。
公共の電波を使って、占い、迷信がじゃんじゃん流されているのが、何よりの証拠です。

これはある意味、オレオレ詐欺より性質が悪い。
詐欺ならば騙された自覚はあるが、これらの占い、迷信の類は、騙されていながら騙された自覚が持てないのです。

そんなの信じていないよ、などと言いながら、それらの迷信に触れると、心のどこかに必ず刻印されて、自分の行動が何らかの形で左右されるものなのです。人というのは。


仏教では、こうした因果関係のデタラメな占いや、「あなたは◎年後、こんな目に遭います」などという、運命を、すでに決定したものとして予言する迷信を、徹底して排斥しています。


人間の運命が何によって決まるのか。
その道理に暗いゆえ、人は常に道に迷う。

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