静かな劇場 

人が生きる意味を問う。コアな客層に向けた人生劇場。

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人生論の必要ない人たち

2011-07-06 20:08:29 | Weblog
勢古浩爾(せこ・こうじ)は、『結論で読む人生論』の中
で次のように言っています。


>「順風満帆な人生には人生論なんかまったく必要がない。
>『人生とは何か?』『生きる目的は何か?』という問い
>が浮かぶはずもないからである。
>え? 君たちは楽しみないの?
>とか言われて終わりである。

>まったく可愛くない連中である。勝手にやってもらう
>しかない。

(中略)

>得意の絶頂にあって他人を見下していた人にも、いずれ
>人生論はやってくるだろう。残念でした。

>不測の失敗や不慮の事故や不意の病気に襲われたときに、
>『調子に乗っていたおれはバカだったのか。なんてのぼ
>せあがった 人生だったことか』と。

>そう、バカだったのだね君は。人生を舐めすぎていた
>のだ。でも一皮むけた人生に出会えることはいいことだ」



昔、テレビの深夜枠で「11PM」という番組があり、基本はお色気系でしたが、ときどき真面目な特集もやっており、
「あなたは何のために生きていますか?」
というテーマで、ある日、放映していました。
内容は、インタビュアーがマイク片手に日本列島を縦断して、老若男女に上記の質問をするというものでした。

職業は千差万別、農家の人から会社員、実業家、医者、学生、さらに風俗嬢まで多種多様の人に問いかけていました。

その時、マイクを向けられた人の回答は、どうだったか。

一つのパターンとして、
「そんなこと考えたことありません!」と言って、不機嫌な顔をして過ぎ去っていく。あるいは、
「う~ん」と暫く考えた後、
「生きるために生きるんだろうねぇ」
というのが、結構ありました。

でもこれは答えになっていないのは明白で、 例えば歩いている人に、「何で歩いているのですか?」と聞けば、普通、「駅へ行くためです」「学校へ行くためです」というような答えが返ってくるのを、だれしも予測する。

ところが、「そんなこと考えたことありません!」
と不機嫌な顔をしてそのまま歩いていったり、
「う~ん」と考え込んだ挙句、
「歩くために歩くんだろうねぇ」なんて
言われた日には、皆さんどう思われるか?

異様ではないか。

しかもそんな人ばっかりだったら、なおさら不気味である。

もう一つのパターンは、
「家族を支えるため」「世の中に貢献するため」
という回答です。

これは一見、もっともらしく聞こえるけれど、やはりおかしい。おかしいというのは、問いの本質がはぐらかされているという意味で。

どうすることが相手を「支える」ことになり、「貢献する」ことになるのか。
その辺は考えたことがあるのだろうか?

立場を変えてみよう。もし見ず知らずの誰かに、
「私はあなたを支えるために生きています」
「あなたに貢献するために生きています」
と言われて、何も感じないだろうか?
困っているところを助けられ、生活できるようにしてもらえたら有難いけれど、あなた自身の生活はどうなんですか?私を支えるだけでいいのですか?あなた自身の生活には、何の目的もないのですか?と言いたくなるだろう。

よろよろ歩いている人に、「私はあなたを支えたいから、付き添って歩きます」と言っているようなもので、それは有難いサポートだけど、歩くために歩くのではなかろう。どこへ行くのか?問われているのはそこである。

こんな話なら誰でも分かるだろうが、こと人生のことになると、なぜか皆、賢くなってしまって、「人生の目的」くらい自分で分かると考えている。それは「人生の目的」といわれることの意味がまだよく分からず、趣味・生き甲斐のことと勘違いするからであろう。またそうとして思えないのも事実である。

だから、人生の目的を尋ねられているのに、
「お金を稼ぐため」というような答えが多かった。
インタビュアーが意地悪く、
「そのお金でいちばん何が欲しいんですか?」
と重ねて聞く。すると「車が買いたい」とか「家が欲しい」とか言ってくる。
そこでとどめ
「じゃあ、あなたは車を買うために生まれてきたということですか?」
相手は絶句していた。

全体の約3分の1が、金や自分の趣味を「生きる目的」と答えていた。
その人その人、楽しみにしていることがあり、釣りやスポーツ、囲碁将棋、旅行、音楽、映画、読書……。 それをやりたくて生きています、ということなのだろう。

趣味は趣味としていい。それが生き甲斐となるほど楽しいものなら、それはそれでかまわないのだが、生きる目的とはそういうものとは違うだろう。

そんなことのために、人生の幾山河乗り越えて、棺おけまでひたすら歩き続けるのか?
どんなに苦しくても、歯を食いしばって生きていくのは、趣味をやるためなのか?

冷静に考えるほど、人生の目的という言葉の意味が重くなる。


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