静かな劇場 

人が生きる意味を問う。コアな客層に向けた人生劇場。

都合が悪くなる人たち

2010-05-11 18:15:19 | Weblog
彼らは言います。親鸞会など弱小教団だとか、マイナー教団だとか、世間からまったく相手にされていない、とか。
そこまで言うなら無視しても良さそうなものなのに、なぜか非難には相当の力の入れようです。

親鸞聖人の教えと異なることを説いているから、というなら話は分かりますが、「異なること」を教えている者は、昨日書いたように、真宗の〃本山〃にゴマンといるではありませんか。なぜそれらは容認できるのか不可解です。

また、

非難してくる人たち自身、因果の道理を否定する人やら、三世を否定する人やら、後生の一大事など「ない」という者から、「ある」けれど一大事とは必堕無間ではなく六道輪廻のことだという人から、言っている事がバラバラながら、反親鸞会という一点で結束しているようです。
親鸞聖人の教えこそ、万人の救われるたった一本の道であり、最も優先さるべき大事と信じているなら、この連合はありえないでしょう。

教え以上に優先し、守ろうとしているものがあるから、あの状態で結束できるのだと思われます。
一見、教えに基づく信仰のように見えながら、実は違ったところに立っている、その「信仰」の是非を、ここでは言いません。
何を信じようと、日本国憲法上は自由だからです。

ただ非難してくる人たちは、何を大事と感じ、どう信じている人たちなのか、それくらいは明らかにしていってもよいように思います。

親鸞学徒の立場は、最初からハッキリしています。
それは「親鸞聖人の正統な教え」(9日のエントリーを参照ください)こそ、万人にとって最も大切な教えである、ということです。信じ方は人によって強弱あるでしょうが、その一点で一致しているのが親鸞学徒です。

親鸞会が「正統な親鸞聖人の教え」を伝えていると、多くの人が認知すると、大変、都合の悪くなる人たちが存在します。だからこの先、非難というのは避けられないことでしょう。

私たちは、非難攻撃などもとより折り込み済みのことですから、
親鸞聖人の正統な教えを、始めもなく終わりもなく、ただお伝えするばかりです。

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