因果の道理についてはまだまだ話が続きますので、このへんで幕間の出し物でも入れ、少しリラックスしていただきましょう。
■N氏のお悩み
「N部長からも、励ましの言葉を頂き……」
プレゼンターの言葉に、一瞬、会議の席が凍りついた。
何か悪いこと言ったのだろうか?……
どうやら「励まし」の「はげ」に、N部長が敏感に
反応したものらしい。
ここ数年、N部長は、完全に後退した頭髪を相当気に病んでいるとの噂があった。
両耳の上の残存勢力のおかげで、かろうじて〃やかん頭〃は免れているが、全軍撤退はもはや時間の問題と思われた。
そういえば、同僚のKによれば、N氏の部署では最近、「はげ」とつく言葉や、連想させるものは、一切タブーになっているとのことだった。
この会議でN氏の機嫌を損ねたら、折角のプランはご破算となる。
ここは慎重にいきたいところなのだ。
だが何も知らないプレゼンターは、こちらの気も知らず、遠慮なく「はげ」を言いまくっている。
「……業界では、価格競争がハゲしさを増し……」
(ああ、また言ってる)
「ハケン社員の契約打ち切りということも……」
(おお、ニアミスだ)
「わが課だけが、抜け駆けするのではなく、全社一丸となって……」
(ああバカ、抜けるだなんて……)
「ライバル社と正面対決となりますから、当然こちらも怪我なしというわけにはまいりませんが」
(毛がなし!やめてぇぇ~)
N部長の目付きがどんどん険しくなっていく。
10分間の休憩が入った。
事態を察したスタッフたちがその場の空気を変えようとやっきになっている。
N部長にお茶を出そうと、女子社員に、「そこのやかん取って」と声をかけた途端、
N氏の鋭い視線がこちらに飛んだ。あわわわわ危ない。
〃やかん〃はだめだ、ええ、じゃあ何て言えばいいんだ。
そうだ、英語でいこう。えーとやかんは英語で何だっけ。
そう、ケトル。
「そこのケトル」
毛取る!!!最悪じゃないか!
あわてて自分でやかんを取りに行って、思い切りすべった。
「あっ滑った!」
滑るはまずい。まずいんだ。滑ったのではない。転んだんだ。
駆け寄った女子社員が言った。
「この床、ツルツルですものね」
フォローになってない!余計なこと言うな!
「窓を開けろ!空気を換えろ!早く」
「じゃあブラインド上げますね。あっまぶしい」
うわー!まぶしいはないだろ。なんでまぶしい?
横目で盗み見したN氏の額には、血管が浮き上がっている。
ああ、もう5段階でレベル4くらいか、爆発寸前だあ!
その時、後ろのテレビから、明るい女性のの声が聞こえた。
「ハゲだっつーの」
ああ……、もうだめだ。
なんてこと言ってくれるんだ、と振り向いた私の目に飛び込んだのは、
「ハーゲンダッツ」のアイスクリームのCMだった。
■N氏のお悩み
「N部長からも、励ましの言葉を頂き……」
プレゼンターの言葉に、一瞬、会議の席が凍りついた。
何か悪いこと言ったのだろうか?……
どうやら「励まし」の「はげ」に、N部長が敏感に
反応したものらしい。
ここ数年、N部長は、完全に後退した頭髪を相当気に病んでいるとの噂があった。
両耳の上の残存勢力のおかげで、かろうじて〃やかん頭〃は免れているが、全軍撤退はもはや時間の問題と思われた。
そういえば、同僚のKによれば、N氏の部署では最近、「はげ」とつく言葉や、連想させるものは、一切タブーになっているとのことだった。
この会議でN氏の機嫌を損ねたら、折角のプランはご破算となる。
ここは慎重にいきたいところなのだ。
だが何も知らないプレゼンターは、こちらの気も知らず、遠慮なく「はげ」を言いまくっている。
「……業界では、価格競争がハゲしさを増し……」
(ああ、また言ってる)
「ハケン社員の契約打ち切りということも……」
(おお、ニアミスだ)
「わが課だけが、抜け駆けするのではなく、全社一丸となって……」
(ああバカ、抜けるだなんて……)
「ライバル社と正面対決となりますから、当然こちらも怪我なしというわけにはまいりませんが」
(毛がなし!やめてぇぇ~)
N部長の目付きがどんどん険しくなっていく。
10分間の休憩が入った。
事態を察したスタッフたちがその場の空気を変えようとやっきになっている。
N部長にお茶を出そうと、女子社員に、「そこのやかん取って」と声をかけた途端、
N氏の鋭い視線がこちらに飛んだ。あわわわわ危ない。
〃やかん〃はだめだ、ええ、じゃあ何て言えばいいんだ。
そうだ、英語でいこう。えーとやかんは英語で何だっけ。
そう、ケトル。
「そこのケトル」
毛取る!!!最悪じゃないか!
あわてて自分でやかんを取りに行って、思い切りすべった。
「あっ滑った!」
滑るはまずい。まずいんだ。滑ったのではない。転んだんだ。
駆け寄った女子社員が言った。
「この床、ツルツルですものね」
フォローになってない!余計なこと言うな!
「窓を開けろ!空気を換えろ!早く」
「じゃあブラインド上げますね。あっまぶしい」
うわー!まぶしいはないだろ。なんでまぶしい?
横目で盗み見したN氏の額には、血管が浮き上がっている。
ああ、もう5段階でレベル4くらいか、爆発寸前だあ!
その時、後ろのテレビから、明るい女性のの声が聞こえた。
「ハゲだっつーの」
ああ……、もうだめだ。
なんてこと言ってくれるんだ、と振り向いた私の目に飛び込んだのは、
「ハーゲンダッツ」のアイスクリームのCMだった。