静かな劇場 

人が生きる意味を問う。コアな客層に向けた人生劇場。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

19世紀的な機械論的世界モデル

2009-11-24 16:49:43 | Weblog
この宇宙には隅々まで物理化学法則が貫いており、自然界のあらゆる現象は、いわば宇宙という壮大な「機械仕掛け」の運動に他ならず、この天体以外にどんな特別な世界も存在しない。「人間」もまた宇宙の一部を占める存在である以上、機械仕掛けの一部である。
これが古典物理学に基づく機械論的世界モデルといわれるものです。

これが正しいとすると、「私」に物理化学法則に反するような現象は起こりえない。つまりは精巧なロボットということになります。こうなると、いわゆる物質の法則に反するような「自由意志」の、入り込む余地がなくなってしまいます。
ロボットは純粋に物理化学の法則に従って動いており、「自由意志」で物を語ったり、動いたりしているわけではないことは明らかでしょう。

でも、一般的な思いとしては、人間には「自由意志」があるとしか思えません。物質とは異なる「霊」とか「魂」みたいなものが存在し、それが何らかの形で肉体と結びつき、思い通りに肉体を動かしていると考えてはいけないのでしょうか?という素朴な思いを持つ人もあろうかと思います。
でも、それは特別な立証がなされない限り、物理学上の法則に反すると言われてしまうでしょう。

霊魂のようなものの存在自体は、科学で否定はできません。

もし「霊魂」のようなものが実在するなら、そこに、物理化学の法則に当てはまらない「自由意志」も認められるでしょう。しかし、そういう「非物質」の霊魂があるとして、それが「物質」である肉体にに作用するということは、原理上ありえないようです。

常識的に「物質」といえば、形、色、匂などの感覚的性質を持ったものと考えられますが、物質をその根元である素粒子レベルまで分解してみると、そこには、形、色、匂などの性質は全く見当たりません。そこで、物質とは何かということになりますが、物理学では、物質とは、究極的には〃エネルギーをもったあるもの〃と答えるより仕方がないようです。

物質の世界とは、目に見えないミクロの領域に立ち入れば、すべて〃エネルギーをもったあるもの〃同士の、物理化学の法則に従った相互作用として完全に把握されています。

そこに物理化学の法則の外にある、違う次元の「霊魂」なるものが入り込んだとして、物質と霊魂は永遠にすれ違うだけで、相互作用を及ぼすことは原理上、考えられません。

そこを無理やり、「霊魂に限ってそういうことがあるのだ!」と横車を押すならば、それこそ「何でもアリ」の世界になってしまい、議論すること自体、意味がなくなってしまいます。

心という現象は、

①大脳という「物質」から派生したのか?

②霊魂のような「非物質」から派生したのか?

こういう論争は昔からあり、決着はつかずに来ております。

心とは、大脳という物質から派生した現象ならば、脳内には、物理化学の法則に従った作用しか起きないので、自由意志のはたらく余地がなくなります。

また霊魂のような存在に心という現象があるならば、自由意志は認められても、霊魂という非物質がどうして肉体という物質に作用できるのか、納得のゆく説明ができなくなります。

この①②の考え方を比較した場合、科学を無視できない現代人は、①の立場が取るのが普通ではないでしょうか。自由意志を否定することにいささかのためらいはあるものの、自由意志を持つ「心」など存在しない。存在すると思うのは、そう思わせるただの「脳内化学反応」があるだけで、実際に「自由意志」など存在はしない。こういう考え方に傾きつつあるようです。

それでもなお、「自由意志」を有する魂の存在を主張する人たちはあるでしょうが、物理学者と議論させれば、大概、論破されてしまうでしょう。

実際、今日のロボット工学の水準において、ロボットに「私にも自由意志がある」と言わせたり、こちらが「違う、お前はただのロボットだ!」と言うと、むきになって反論し、涙ぐむ、まるで人間のようなロボットを作ることは可能だと思います。未来においてはなおさらです。

こういう背景もあり、なおさら人間は大脳という精密なコンピューターを搭載した機械という印象が強まってきていると思います。

ここから、死んだ後なんてあるもんか、因果の道理が真理なもんか、といった考え方になるのでしょうが、いささか短絡的な発想と思います。

仏教の見解からすれば、①も②も間違っています。

そこで次回から、

この機械論的世界モデルは一応そのままにして、心を物質から派生したとみる「唯物論」には、承服し難い点が多々あることをまず明らかにしたいと思います。ロボットはどこまでいってもロボット。人間にはなりません。


そのあとで、機械論的世界モデル自体が、今日の物理学の先端では破綻していることを示したいと思います。

では。

コメント   この記事についてブログを書く
« 常見と断見 まずは因果応報... | トップ | 唯物論への疑問(1)自由意志 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

Weblog」カテゴリの最新記事