静かな劇場 

人が生きる意味を問う。コアな客層に向けた人生劇場。

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なぜ生きる

2012-07-14 09:12:53 | Weblog
「なぜ生きる」の親鸞聖人のお答えです。

◆難思の弘誓は難度の海を度する大船、
無碍の光明は無明の闇を破する慧日なり。
            (教行信証)

「弥陀の誓願は、私たちの苦悩の根元で
ある無明の闇を破り、苦しみの波の絶え
ない人生の海を、明るく楽しく渡す大船
である。この船に乗ることこそが人生の
目的だ」


◆大悲の願船に乗じて、
 光明の広海に浮びぬれば、
 至徳の風静に、
 衆禍の波転ず。(教行信証)

「大悲の願船に乗って見る人生の苦海は、
千波万波きらめく明るい広海ではないか。
順風に帆を揚げる航海のように、何と生
きるとは素晴らしいことなのか」


◆生死の苦海ほとりなし
ひさしくしずめるわれらをば
弥陀弘誓のふねのみぞ
のせてかならずわたしける (高僧和讃)

「苦しみの波の果てしない海に、永らく
さまよい続けてきた私たちを、大悲の願船
だけが、必ず乗せて渡してくださるのだ」


◆誠なるかなや、
 摂取不捨の真言、
  超世希有の正法、
 聞思して遅慮することなかれ。
           (教行信証)

「まことだった!本当だった。弥陀の誓い
にウソはなかった。皆々、聞いてもらいたい、
この親鸞が生き証人だ。早く、弥陀の誓願
まことを知ってもらいたい」


参考までに……

★「なぜ生きる」の本願寺門主の答え

「人はなぜ生きているのでしょうか。
ひと言で答えられるような答えは見つからない
と思います」(『朝には紅顔ありて』)


門主自身の考えはそうであっても、親鸞聖人の
お言葉を示すべきではないかと思われる。

しかし、朝日新聞の対談で語っているように、

「親鸞聖人が、こうおっしゃったとか、教えは
こうだ、というだけでは不十分だと思います」
       (朝日新聞 平成18年1月1日)

という考えの持ち主のようなので、ないものねだり
するようなものかとも思う。

門主という立場での公式の対談であるから、単に
一個人の見解を述べたではすまず、浄土真宗の
正統派を名乗る人たちの総意とみなされても仕方
ないのではなかろうか。
事実、正統派内で異議申し立てがあったという話は
寡聞にして聞かないのだから。

ネット上で騒いでいる人たちも、
「人生の目的」だとか「なぜ自分は生きるのか」
という問題は、他人はもちろん親兄弟、それどころか
妻夫や恋人であっても立ち入ることのできないプライ
ベートな問題だと言っているようなので、門主の考え
ていることと似たり寄ったりと思われます。

その人たち自身の考えというなら、それはそれで
とやかく言う筋合いではないが、親鸞聖人の教えと
して主張するなら、
「それは違う」
と言わざるをえない。








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