編者のつぶやき

川田文学.comの管理者によるブログ。文学、映画を中心に日常をランダムに綴っていく雑文

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娯楽

2007年06月09日 | Weblog
 今日、久々にビデオレンタルショップをぶらついて、数年前まで入手困難だった日本映画などがあたりまえにDVD化されて陳列されているのを見て驚いた。
『無責任シリーズや駅前シリーズ、丹下左膳のシリーズ、美空ひばりの映画シリーズ、岡本喜八特集、などなど。』
 もしかしたら、ビデオやLDになっていたのかもしれないが、高くて手がでなかった。そしてそんな作品群は、近所のビデオ屋になんて置いてなかった。PCが普及していないので、検索もできない。昔の映画を放映するCSやWOWWOWに加入している一種の特権階級の人は別にして、普通は、直接レコード屋に足を運び、調べてもらって、注文し、結構な値段を払って取り寄せてもらう。手に入るまで数週間待たされ、実際見てみるとつまらなかったりもする。時には、リバイバル映画を上映している映画館に行ったり…。そうやって、少しづつ昔の映画を観ては一人悦に入ったものだった。
 いまや映画や音楽は、どんどんデジタル化され、蓄積され、検索され、われわれは手軽で安価にレンタルできる。小説や漫画といた書籍・紙媒体でさえ、旬を過ぎると、ブックオフなどのリサイクル業者で投げ売りされる。
 娯楽が溢れかえっている。
 テレビ、ラジオ、パソコン、本、映画、音楽。
 すべて表現し作り出す人間の恩恵だが、ここまで娯楽が氾濫すると、それを選んで、検索し、鑑賞してくれる(目に見えない)享受者群が優位に立ち、作り出す人と鑑賞する人との立場が逆転しているような錯覚に陥る。
 作り出す人と鑑賞する人とでは、作り出す人が偉いに決まっている。そんな原始的な価値基準を、膨大な情報の波がさらっていってしまうような錯覚に陥るのは私だけだろうか。
 デジタル化した情報の蓄積のなかで、昔の人より文化的に充実しているはずの現代人の顔は能面化し、無表情になってきている。どうしてだろう。
 
“Imagination is more important than intelligence.”
 
 アインシュタインの言葉だそうだ。職場で、この言葉が印刷されているTシャツを着ているアルバイトの背中を見て、妙に感動してしまった。