編者のつぶやき

川田文学.comの管理者によるブログ。文学、映画を中心に日常をランダムに綴っていく雑文

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金がなくて、怖くて、情けなくて・・・

2006年03月22日 | Weblog
 3/21の週言は、先生の深刻な経済状況が素直に吐露されていた。普通は恥ずかしいこともしれないが、こういうことを何の飾り気もなく書いて、週言に掲載してしまう、こだわりのなさが、実に先生らしい。
 「全き詩集」なかに、『かね』という詩がある。
「金がなくて、怖くて、情けなくて、いつも死ぬことに思い当たる・・・」
という、始まりだったと思う。
 実は、作成者は、かなり貧しい生活をおくっている。光熱費や家賃などを払うと、数万円しか残らない。食費は、3万円に満たない。両親は散財家で、いつも借金に負われている。だから、ボーナスが出るたびに、ここ何年か、ほとんど持っていかれた。といっても、実家の金のやりくりの愚痴を母から、休日に電話で聞かされるのが、苦痛なので、結局、自分からあげてしまうのだ。この数十万があれば、あれを買うのに、これを買うのに、と後からいつも思うが、あとの祭りだ。一銭の貯金のなかった祖母に育てられたせいか、つつましく生活する癖が子供の頃から染み付いている。自分のために金が使えない。だから、いつもしみったれた格好をしている。いつもいい年して情けないなとおもうのだが、しようがない。
 わたしは貧乏自慢をしているのではない。本当に情けないのだ。金を中心に、自分を考えるとき、自分という存在はとてもこじんまりとしてしまう。
 大人になればなるほど、金を意識し始めるので、金の無い人はこじんまりと腰がひくくなり、金がある人は、偉そうになるのかもしれない。
 しかし、貧しい惨めな自分が、勇気付けられる瞬間が、わたしにはある。本を読んでいて、「これ、面白いなー。」と、胸がときめく刹那。音楽を聴いていて、なんともいえない旋律に、胸がときめく瞬間。偶然借りてきた映画を観ていて、とんでもない行動を仕出かす、主人公の理屈なしの情熱や勇気に、気持ちが感染した瞬間。
 悲しいかな、このときめきは、一瞬のことだが、この一瞬のカタルシスが、自分の中の何かを微妙に変える。どんな大金をつんでも、このときめきは買えない。わたしは、この瞬間が、人間にとって最高の贅沢だと、知っている。芸術の鑑賞で心洗われる人種は、きっと不幸な境遇な人間だろう。不幸をどこかで背負っていなければ、この贅沢は味わえない。満腹な人間が、どんなに贅沢な料理を出されても、おいしく味わえないのと同じ理屈だ。
 しかし、いい暮らしがしたい。いい家に住みたい。おいしいものを食べたい。いい洋服がほしい。好きなものを何でも買いたい。いつも幸せでいながら、いつも満腹でいながら、芸術も味わいたい、おいしい料理を食べたいと思ってしまう、最大矛盾を、わたしは死ぬまで抱えて生きていくのだろうか・・・。