久しぶりにいい映画を観た。英米合作映画。
一人の品のいい老婦人が、クレアモントホテルという、日本風に言えば、老人ホームに入室するところから始まる。
入所者を一望できる食堂のシーンで、すでに一流映画の匂いがした。
主人公の婦人は、小説家志望の純真な青年と出会い、突然の死を迎えるが、読後感ならぬ、鑑賞後感は、次の日感動の余韻が残るほどよかった。
純粋な青年が、老女に接する態度が、なぜ偽善的に写らないのか、不思議だった。少なくとも、彼は老人という弱者に優しくできる自分を愛しているのではない。その無頓着な自己認識がイヤラシさを感じさせない一要因であることは確かだ。
男女ではあるが、親子でもなく、恋人でもないふたりを結びつけたものは、ワーズワースの詩だったようだ。
文章芸術の真骨頂ともいうべき「詩」を鑑賞できる心は、人生に彩りを与えることをつくづく学んだ。
一人の品のいい老婦人が、クレアモントホテルという、日本風に言えば、老人ホームに入室するところから始まる。
入所者を一望できる食堂のシーンで、すでに一流映画の匂いがした。
主人公の婦人は、小説家志望の純真な青年と出会い、突然の死を迎えるが、読後感ならぬ、鑑賞後感は、次の日感動の余韻が残るほどよかった。
純粋な青年が、老女に接する態度が、なぜ偽善的に写らないのか、不思議だった。少なくとも、彼は老人という弱者に優しくできる自分を愛しているのではない。その無頓着な自己認識がイヤラシさを感じさせない一要因であることは確かだ。
男女ではあるが、親子でもなく、恋人でもないふたりを結びつけたものは、ワーズワースの詩だったようだ。
文章芸術の真骨頂ともいうべき「詩」を鑑賞できる心は、人生に彩りを与えることをつくづく学んだ。