『パブリックヘルス 市民が変える医療社会』で、「人と人のつながりが薄れて」いる「現代アメリカ」(p.137, 細田)1)について紹介されているが、これは現代日本においてはより深刻な傾向にあると言える。たとえば、日本における高齢者の単身数2)は1990 年には 162 万人だったが2015 年には 593 万人に増加した。また、Kaspersky社の調査3)によると日本人の2人に1人は孤独と感じているという。実際、私の勤務する学校のクラスの生徒にアンケートをしたところ「学校やスマートフォンで友人とつながっているのに、孤独だと感じることが少なくない」と回答した生徒がクラスの半数を超えた。
さらに、今年レガタム研究財団(Legatum Institute)が公表した「繁栄指数(Prosperity Index)」4)によると、日本は「健康」や「安全性」などの項目が高い指数を指す一方で、他人とのつながりや信頼関係を意味する「ソーシャル・キャピタル」の充実度が167ヵ国中143位であった。これは、OECDに加盟する先進国38ヵ国中では、最下位の韓国に次いで37位である。
2.理由
では一体なぜ、日本には孤独を感じている人が多いのか、そして日本は他国と比較するとソーシャル・キャピタルが大幅に低いのだろうか。
第一に、日本には定期的に集まる教会、市民団体などでの活動などがあまり身近にあないことがあげられる。たとえば、細田1)によれば「ニューヨークにいた頃によく知っていた教会では、毎週冊子が配られ、そこには誰の子どもが生まれたとか、誰が入院していたとか書かれていた」し、「教会では退職した男性の昼食会、女性の読書会など宗教以外の催し物も用意されていた」ので「子どもも大人も共同体内に居場所があるという気持ちを持つようになる」という。
さらに、OECD5)の調べによると、「家族以外との交流」が「ほとんど無い・無い」と答えた人の割合が、日本は20ヶ国中トップであった。その中でも特に、Contacts with people in social groups(ボランティアやNGOなど社会活動での交流)の指標について、スウェーデンやアメリカは「ほとんどない」と回答した割合が3割にとどまるのに対し、日本は6割を超えている。
3.解決策 ~開かれた学校づくりを~
政府が、「リカレント教育(学び直し教育)」の重要性を強調し、大学や企業、地域による教育プログラムの開発などを進めるように求めてから約3年経過したが、私はこのリカレント教育の仕組みを何も大学だけにとどめるのでなく、各都道府県の高校にも拡大していくことを提言したい。
私の勤務校は、社会人聴講生制度が導入されている単位制の高校である。制度の認知率が高くないため受講数は決して多くないが、毎年度すでに会社などを退職された方を中心に数名が「現代英語」や「日本史研究」などの授業を受講している。授業中の他生徒との話し合いを観察していると、受講生は意気揚々としているし、また生徒も普段と異なる世代の方々と授業を通して交流ができることで普段以上に言葉に留意して発言をしたり、休み時間に積極的に話をしていて見聞を広めようとしていたりなど、いわばさまざまな化学変化が起きているといえる。
今後は、高齢者の受講生だけでなく現役の社会人の受講生が増えたり、細田1)がアメリカにいてよかったことの1つに「講演会で、緒方貞子氏やアマルティア・セン氏などアカデミック界の有名人に折に触れて出会えたこと」と記していた(2012, p.174)ように、学校が外部講師として社会人や知識人を積極的に招聘したりすれば、さまざまな世代間の交流がますます推進されると推測する。
このように、世代を問わず孤独を感じている人々が多い日本社会において、多世代が交流する場をつくる意義は大きい。さらに、我々は現代社会を生きる上で絶えず新たな知識や技術を習得する機会が必要とされる。このような状況において、一から何か新たな組織を設けるのではなく、すでにある高等学校の教育の仕組みに少し手を加え、もっと高校を地域に開かれた場所にするということは、有効な手段の一つであると考える。
1) 細田満和子『パブリックヘルス 市民が変える医療社会』明石書店,東京,2012, pp.117,137,174
2)厚生労働省 「平成の30年間と、2040年にかけての社会の変容」
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/19/dl/1-01.pdf
3) Kasperskyレポート 2020年8月20日
https://www.kaspersky.co.jp/about/press-releases/2020_vir20082020
4) THE LEGATUM PROSPERITY INDEX™ 2021
https://www.prosperity.com/rankings
5) OECD, Society at a Glance 2005, pp.83
https://www.oecd-ilibrary.org/docserver/soc_glance-2005-en.pdf?expires=1637734854&id=id&accname=guest&checksum=2C53930E2A02CC80AD41548E7E6113A0