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He who laughs last laughs best

’’虚栄’’が打ち砕く希望

2017-04-17 17:55:55 | 
「本当のことを乗り越えさせる希望」より

今現在、癌治療の最前線にいながら椅子取り合戦に興じている医学界特有の愚かしさをエンターテイメント性高く書いている本について云々する元気は あまり無いのだが、今だからこその感想だけは記しておこうと思っている。

「虚栄」(久坂部羊)
作者自身が国立浪速大卒の医師であるため、本書でも、最先端の癌治療や医療の限界が描かれてはいる。
だが、本書の帯に『がん治療開発の国家プロジェクトは、覇権争いの場と化した。現代医学の最先端にうずまく野望と、集学的治療の罠。医学界とメディアの欺瞞をえぐり出す、医療サスペンス!』とあるように、その主眼とするところは別にあり、日頃はそれを大いに楽しむだが・・・・・。

医師が描く医療小説は、大体においてヒューマニズムに富んでいるというよりは、医師という人種の傲慢さや愚かさや医学界の問題点を強調するものが多い。それは、東大にまつわる諸々を滑稽に批判する「赤頭巾ちゃん気をつけて」(庄司薫)を書いているのが元東大生であるのと同様で、其処を知っているからこそ描き出せる面白さというものは、確かにある。
が、こと命に係わる医学界においては、いつまでたっても「白い巨塔」では、医師を頼るしかない患者は困るのだ・・・と、今回ばかりは躊躇いと憤慨の気持ちで読んでいた。

本書「虚栄」は、がん家系の総理が自らも癌に冒されることを恐れ、癌撲滅のための「G4」という国家プロジェクトを立ち上げるところから物語は始まる。
「G4」とは、手術、抗がん剤、放射線科、免疫療法の4グループが一致協力して癌撲滅を目指すプロジェクトだが、プライド高きことエベレストの如き医師たちに、「一致協力」という言葉は、無い。

「G4」第一回会合では、プロジェクトリーダーとなる東帝大の内科教授が素晴らしい挨拶をする。
『集学的治療とは、各グループが互いの欠点を補いつつ、相乗効果を目指すものであります。アメリカでは、「NIH」(国立衛生研究所)が医療に強大な権限を持ち、予算も年間三兆一千億円という膨大さです。日本は縦割り行政で、予算配分も生命科学全体で、年間三千二百億円という貧弱さです。この差は大きい。がんの凶悪化は、今後世界中に広がるでしょう。我々は、日本医療の面目にかけても、がん撲滅を成し遂げなくてはなりません。万一、アメリカに先を越されたら、莫大な医療費をアメリカに支払わなければならなくなります。逆に、日本が先にゴールすれば、世界中の医療費が日本に流れ込みます。がん治療の完成は、患者を救うばかりでなく、日本経済にも計り知れない効果があるのです』

患者からすれば、内科でも外科でも放射線科でも免疫療法科でも何でもよいから協力し合い、癌撲滅の治療方法を確立してくれれば有難いが、そうはいかない。

集学的治療の重要性を声高に説く内科教授は、自身の教室の内科医(準教授)の「癌の転移を抑える研究」が佳境に入っていることが、気に食わない。
なぜなら、転移を抑えることはできるが原発巣には効果がない研究では、「原発巣は手術するしかない」という事実を明らかにすることに繋がるため、外科にデカイ顔をされたくない内科としては許しがたいのだ。
結果、集学的治療を説きながら、「原発巣は外科が除去し、内科が転移を抑える研究」をする准教授を徹底的に疎んじる。
そのくせ内科教授は、自身が癌に冒されたと知るや逸早く名医を求めてアメリカに渡り、秘密裏に ''手術'' を受けるという選択をする。

その愚かしさは外科も同様だ。
癌患者だった母親が手術により心理的に救われた経験をもつ阪都大の外科教授の「手術至上主義」の信念は固く、自身の教室の外科医の研究が、やはり気に食わず、成功まで あと一歩のところまで来ている研究にストップをかける。
若き研究医(外科医)の研究は「あらゆる癌を薬で抑えることができる」というものだが、それを、(阪都大)外科首脳陣は「将来性のない研究」だと切って捨てる。しかも、将来性云々は、研究の内容ではなく’’外科グループの存続にとっての将来性’’だという。
曰く
『今の抗がん剤では癌は治らない。外科グループにとっては、それが重要だ。君の研究が完成して、万一、万能抗がん剤のようなものができてしまうと、あらゆる癌が薬で治るようになりかねない。そうなれば、がん患者は手術を求めなくなるだろう。外科医の権威は、がんの手術で保たれているんだ。これまで多くの先達が、苦労して築き上げてきた外科の栄光が、君の研究で失なわれてしまうのだ。そんな代物がうちの医局から出たとなると、玄田先生(外科教授)は日本全国の外科医に顔向けができなくなる』

日本の内科医のトップも外科医のトップも、自身の教室から、内科外科が一致協力すれば癌撲滅の可能性が格段にあがる治療法が世に出ることを、徹底的に阻もうとする。
患者にとって夢のような治療法が、内科と外科の権威や予算の奪い合いの末 日の目を見ないのは、医療の真ん中にいながら医師を頼るしかない患者にとって、これほど不幸なことはない。

では、放射線科と免疫療法科は粛々と治療に専念しているのかといえば、そうではない。
膨大な研究費や施設を要する両方の科は、マスコミや政治家を取り込むのに必死であるし、京御大の放射線科教授は自身に癌の疑いが生じた時、占星術で治療方針を決めようとさえする。

著者自らが医師であるがゆえに詳細に描かれる医学界の滑稽な生態は、この手の本を好む私をいつも楽しませてくれるが、上司が胃癌の治療法を相談されている最中にあっては、怒りを通り越し虚しさが込上げてくる。

本書は他にも、現在マスコミを賑わせている学説の紹介や、それを取り上げるマスコミの無責任な体質も描いているが、それについては、次回へつづく。
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