2peace@love的日常ヽ(・∀・)人(・∀・)ノ

オーディション番組【歌スタ】出演をきっかけに結成されたデュオ、小寺可南子&墨谷美輝によるブログ☆★

最終プレゼンまでの道!其の七

2007-02-17 17:04:14 | 自己紹介
2006年は、怒涛の一年だった。



春、まだ寒さも残る頃、
ふたりが出会って約一年になる頃、
私とみきてぃはストリートライブを決行することに。
それにあたって考えたユニット名が「2peace@love」
To peace, at love とダブルミーニングでもあるこの名前。
私たちふたりの欠片という意味のPIECE、そして平和のピース、
歌を聴いてくれた人たちを幸せにしたい…という願いを込めて。
そこに私たちの自作曲に共通したテーマでもあるLoveをつけたした。
「ごん&ラックス」に比べたらかなりオシャレで、少しこっ恥ずかしい(笑)
生まれたてのこの名前をこれからいっぱい広めていこう。
2peace@loveの小寺可南子と墨谷美輝。


さてさて、ストリートライブ。
今までそんなことやったことないから
始めはもうしどろもどろだったけど、
「少しでも多くの人に自分たちの歌声を聞いて欲しい」
そんな思いからはじめたこのストリートライブは、
私たちを大きく成長させてくれる経験になりました。

全然足を止めてくれない人通り、
へこむ度に色々思考をこらして
慣れないながらも回を重ねるうちに
人に歌を聞いてもらうことの難しさ、
反応があることの嬉しさを実感しました。



蒸し暑い夏のまっただなか、
「最低週に一回はどこかで歌う」と決め
その目標を守る為には練習や、打ち合わせ、
歌う場所を増やしたり新しいことに挑戦したり…
私たちはますます頻繁に会うようになりました。

これでもかってくらい会ってると、
お互い見えてなかったところもたくさん見えるようになる。
それだけたくさん会ってたけど、
プライベートで純粋に会う頻度は少なくなったように思う。

常に音楽をはさんでの私とみきてぃ。
それでいい。運命共同体になる人だから。
楽しく音楽活動をやってこれている実感はある。
そこいらのどんな二人組みのミュージシャンに負けない絆だって持ってる。
だけど、もともとでこぼこのふたり。なかなか決まらない最終プレゼン…。
二人の心に焦りや苛立ちが見えだし、やる気と不安は背中合わせだった。

ときどき、お互い弱音を吐くときもあった。
私は、落ちたらきっともうチャンスは無いって嘆いた。
今まで受けてきたのはただのオーディション、
落ちても次受けよう!で済む話。
軽いノリでここまで来ちゃったけど、
深夜とはいえ沢山の人が見るテレビ番組で
良いか悪いかのふるいにかけられてしまう。
とてもシビアなジャッジがそこに待ち受けているのだ。
もし落ちたら、落ちた奴を、支持してくれる人なんかいない。
「あの人達はダメだった人」一度そんなイメージをもたれたら最後、
そこから這い上がる事は、何も無い所からスタートするより難しい事なんじゃないか。
そんな悪夢にがんじがらめになって、逃げ出したい気持ちに何度も何度も、なった。

一方みきてぃは、もともとの音楽的なバックボーンの差から
一人できままに歌ってきた頃には無かったプレッシャーや
彼女にしかわからない苦悩、劣等感に悩まされていた。
一度は本気で「自分は今からでも最終プレゼンを辞退するべきではないか」
と悩み、歌い人ハンターであると共に私達の一番の味方である鎌田さんに
直接そんな相談までしていた。かなり追い込まれていたのだと思う。

…鎌田さん、という存在は、
番組の出演者で、曲を作ってくださる人。
どこかの社長でも、マネージャーでもなければ
なんの権限もないし責任を負う義務もない人。
それなのに、いつも悩める二人組みを暖かく受け止めてくれた。
色々とご迷惑をかけたことは数知れない。本当に器の大きな人。
収録の日から、何もしらずにたまたま一緒に歩むことになった方だけど
こんな素敵な人と巡り合えたなんて、私たちは幸運だと、今でも思う。


話を戻しますが、
みきてぃがそんな風に悩みを抱えているのだろうとは薄々感じていました。
だけど、二人でやっていきたいという私の意志は確実に強くなっていた。
実際問題、周りの歯車は二人で一つという形で進みだしていたし、
私たちが迷い立ち止まっても、流れを止めるのは簡単ではなかったと思う。
あの残酷な歌スタのステージ、「回る運命のうたちだい」のように。。。



半袖Tシャツの衣装がすこし肌寒くなってきた秋、
がむしゃらにストリートライブばかりしていた私たちは
その活動を通じてたくさんの方と出会い、様々な所でライブをするようになりました。
それと進行して、最終プレゼン楽曲の方向性がだんだん見えてくるように。
アコースティック。とても近い距離で歌っているような暖かさ。
それから二人の持つハーモニーの優しさと力強さ。
これがキーポイントになるようだった。

日テレのスタッフさんから連絡が来るようになり、
スケジュール確認をして東京へ行く段取りが決まっていく。
ここからの流れはほんとに早かった。
レコーディングも終え、最終的に決まった曲は「星の体温」。
はじめにデモ段階の候補曲数曲をいただいた中で、
私たち二人もこれが一番好きな曲でした。

遠く離れた人を想う心からのラブソング。
誰しもが一人は思い浮かぶであろう、
「会いたいけど 会えない人」
恋人?家族?それとも友達…
そんな大切な誰かを思い浮かべながら聞いてほしい曲。
思わず涙が溢れそうになる心にそっと寄り添う
あったかい曲だと思いました。



日が暮れるのがすっかり早くなった初冬、
やっと、ふたりがずっと目指し続けた最終プレゼンの日が決まる。
12月13日。泣いても笑っても、すべてこの日に結果が出るのだ。

長かった。ほんとうに二人三脚で歩いてきた一年だった。
ふたりで一緒に見て、聞いて、感じて、表現してきた日々。

私のほうはそれでもまだふんぎりが付かず、直前になってもなお、
「やっぱり辞退しようか、落ちるくらいならこのまま引き下がったほうが良い」
なんて泣きごと言って、落ちたらどうとか情けない事ばかり言っていたけど、
あれだけナーバスだったみきてぃの方は、逆にしっかりしてた。
(私の前でだけそう振舞ってたのかもしれないけど)
「ここまでやってきたんだから、とにかく結果をしっかり見届けよう、
うちらを応援してくれた皆の為にも、中途半端に終わらせるのが一番あかん」
"中途半端"はとにかく彼女が嫌うことだ。その力強い言葉に根性がすわった。


やるっきゃないのだ。


続く。




さぁ、やっと題名に近づいてきた…笑。




* c a n a *

最終プレゼンまでの道!其の四

2007-02-08 23:21:17 | 自己紹介
さてさて、本題に入るか。

…の前に、またまた話は前後しますが、
私がみきてぃと出会う前の話を少し。

前の日記でもちょっと触れたけど、
みきてぃとこうやって組むより前に、
年下の才能溢れる男の子と組んで音楽活動してたんです、私。

その子とは音楽の専門学校時代に先輩・後輩として出会い、
問題児だった私は彼にも仲間にも学校にもたくさん迷惑かけたし、
音楽面でも頼りっぱなしのめちゃくちゃ情けない先輩でした。
一方、彼はどっちが年上かわからないくらいのしっかり者。
こんな私の何がよかったのか、よく連絡をとってくれて、
私が卒業してしばらくたってから一緒に音楽活動を始めました。

ユニット名は「ごん&ラックス」 ふたりのあだ名からつけたんですが、
できるだけダサい名前にしようと言って、本当にダサい名前になってしまった。
ちなみに私が「ごん」で彼が「ラックス」。逆ちゃうん?ってよく言われました。
その頃に出会ったお友達はいまだに私のことを「ごんちゃん」って呼ぶ。
かなちゃんって紹介されるのとごんちゃんって紹介されるんじゃ、
人のイメージって全然違うんだろうなぁ。

名前はダサいけど、やってる音楽はカッコイイを目指してた。
彼の作る曲はオシャレで、でもちょっとむずかしくって、
キャッチーで分かりやすいものが好きで不真面目な私と
勉強熱心で積極的に難解な曲作りを心がけてた彼、
お互いに試行錯誤しながらも楽しくやってました。

だけど、
音楽の目指す方向が違うなって感じだしてから
一緒にやっていく事がだんだん困難になっていって、
そしてちょうどそんな頃に参加したコンテストで
私はみきてぃとの運命的な出会いをしたのです。

カラオケでなじみのメロディに二人でハモリを付けたり
一緒におどけながら笑いながら歌っていくうちに、
こういうことがやりたいんだ!って感覚に目覚めた。

彼との活動と、みきてぃとの挑戦、
同時進行でやっていこうと思っていたのでした。
あの運命のステージにあがるまでは。

それからのことは前回の日記で書いた通り、
歯車が急速に動きだしたかのようにあっと言う間に
私は彼女と一緒にテレビに映ってました。


人と人が出会うこと。
人と人が別れること。
どちらも自分で選ぶより先に
既にそう決められているかのよう。
そうやって出会い別れ生まれる道の先には常に
想像もしないような未来が待っているのだろう。


私は人と出会い、別れ、さらに私の道を歩んでいく。
これから先もきっとずっと。


続く。



さて、次はテレビ収録当日のことについて。
こんなに分けて書くつもりなかったんだけどなぁ。
くどいですよね、すいません。

付いてきてくれる人はフォロミーーーーー!!!!





* c a n a *

最終プレゼンまでの道!其の三 ~番外編~

2007-02-07 23:58:23 | 自己紹介
続きを気にして読んでくださり
本当にありがとうございます。
書いてる私もいろいろ気になって
コメント欄、見させてもらてます。
このまま続き書いても良さそうですね!(笑)

少し間が開いちゃいましてすみません。
実は、2日前に祖母が亡くなりました。

今日の日記は、この祖母の事を少し書きたいと思います。



小寺絢子 
父方のおばあちゃん。
一緒に住んでもう10年になります。
過敏なお年頃だった高校生の頃、
たくさん心配かけたと思います。
その頃私はこのおばあちゃんを
少し、疎ましく感じていました。
いきなり家族って言われてもピンとこない。
っていうかむしろ私たちのテリトリーに入ってこないで!
そう思ったりした。可愛くない孫だったろうと思います。

おばあちゃんは私が歌手を目指してる事を
「なれたらいいけど、あんな気楽にやっててね、年も年だし…」
的なコメントで、親戚や近所のお友達相手に話たりしてました。
そんな場面に遭遇した時は、もう腹の底から悔しくて悔しくて、
「あんたに何がわかるねん、いつか成功して絶対見返したる!」
と思ったことも、何度かあった。

今思えば、あの話し方は照れ隠しで、
おばあちゃんなりの孫自慢だったのかも…。
本当はきっと孫のことが可愛かったおばあちゃん。
本当はずっとおばあちゃんに優しくしてあげたかった私。

だけど、
一緒に暮らす日々の中で
ありがとうやごめんなさいって
ありきたりな言葉も素直に言えなかった。
そんな天邪鬼な年月を長いこと過ごしてきました。


元気なおばあちゃんが倒れたのがおととし春。
入退院を繰り返し、年々弱っていくおばあちゃん。
いつもしゃんとしていたのに、歩くのも一苦労で…

介護施設に入ったりして
家からいなくなってしまった去年の春頃から、
お見舞いに行く毎に、心から優しく接することが出来るようになりました。
いろんな話をしていくうちに、私の歌手になる夢を
本当はずっと応援してくれてたんだと知りました。

「かなちゃん、次テレビはいつ出るの?」
お見舞いに行くといつも必ずそう聞かれました。
今度は私の方が照れ隠しに、深夜やから見られへんで、とか言ったりして。
病室の小さいテレビに私が映るのをずっと待ってたおばあちゃん。


夏が過ぎ、状態は日に日に悪化していきました。
お見舞いに行ってもほとんど喋られない状態の日もあった。
そんな時でも口元が弱々しく「来てくれてありがとう」と動く。
また来るからね、おばあちゃん、元気でね。
こんな風に素直に言える日が来るなんて
あの頃の自分には想像ができないことだ。
テレビ 楽しみに してるからね、体 壊さず がんばって。
切れ切れになりながら、小さく笑うおばあちゃん。
いつも私が病室を出る最後の最後まで、何度も、
「ありがとう ありがとう」と手を振ってくれてた。

年末からはとうとう、病院で寝たきりになりました。



歌スタに落ちた事は、言えなかった。



今年に入った頃にはもうほとんど意識がなく、
テレビのない病室で、息をするだけで精一杯になっていた。



そして…

2月 5日 14時 22分 永眠。


最終プレゼンの放送を見せてあげる事は、とうとう出来なかった。



棺の中で、おばあちゃんの顔はとても安らかでした。
享年90歳。最後はしんどそうだったけど、しっかり生きたおばあちゃん。
家でいつも、楽しそうに鼻歌を歌っていたことを思い出します。
今でも耳をすませば聞こえてきそうな、小さく優しい歌声。


おばあちゃん、
一緒に住んでくれてありがとう。
心配かけても黙って見守ってくれてありがとう。
それから、ずっと応援しててくれて、ありがとう。

私、歌をうたっていくよ。これからも。


ありがとうね。 ありがとう。




~番外編終わり~



昨日・今日と泣きすぎで目が腫れてしまいましたー。
とってもいい式で、たくさんの人に駆けつけていただいたし、
生前のおばあちゃんの人柄の良さをまた再確認しました。

おばあちゃんを思うと、感謝の言葉しか見当たらないです。
もっともっと、私の歌ってる姿を見せてあげたかったなぁ。
出棺の時、私が歌ったゲームソング「I swear」をかけてもらいました。
(私はそんなこといいっていったんだけど、皆がかけようって…笑)
空から、おばあちゃんが聞いてくれてたような気がします。

I swear
I wanna steer my way
空を巡りゆけば
We´ll be there
きっと会えるから
約束の場所へ


どんな歌か、続きはCDを注文して聞いてみてください。
って、宣伝かーい!





* c a n a *

最終プレゼンまでの道!其の二

2007-02-04 16:25:31 | 自己紹介
さて、何から書こうかな、
まずは馴れ初めから書き出そう。

ご存知の方もいらっしゃると思うけど、
私とみきてぃはおととし春、とある歌のコンテストで知り合いました。
「なんじゃこのベッピンでクールでナイスバデ巨乳の女性は!!!」
ってのが初衝撃。ファーストインパクト。

メロメロに舞い上がった小寺は得意のおどけ具合で近づき
その日一日ですっかり仲良しになれた気分でした。るんるん。

すぐに会う約束をして、ご飯食べて、プりクラ撮って、初デート。
それから逢瀬を何度も重ねるうちにカラオケに行くようになり、
意気投合して「歌スタ」応募。今思えばほんとに軽い海苔…ノリでした。
だけど二人で歌う楽しさは、カラオケを超えてその先にステージが見えた。
いけるかもしれない。二人で何かやってみたい。勢いだけの始まりだったけど
これから彼女と見ることが出来るだろう世界に期待が膨らんだ。

歌う事が好き。
それにオシャレなこともLOVEのことも、
一緒に遊んでいろんなことを知ってくうちに
プライベートでも音楽面でも、どんどん近くなっていった。
知れば知るほどお互いのでこぼこ具合が面白くって。
彼女は若いのに株に手を出していたり
将来行く行くは自分で商売をしたいと思ってたり、
しっかりしててちょっと変わった所がある
私の周りにはいない珍しいタイプの女の子でした。

その頃私は、音楽の専門学校を卒業して
そこで出会った友達とユニットを組んで活動。
オーディションを受けては落ちるの繰り返しでした。
一方、彼女はOLをやりつつ、大阪の某会社から依頼を受けて
コーラスやレコーディングの仕事をしたりしてました。
大阪で地道にやっていけたら良いと言っていた。
音楽に対する感じ方はお互いに少し違ったし、
好きなジャンルも目指す方向も環境も違ってたけど、
一緒に何かしたいって感じられた事は、間違いなく運命だったって思う。


それから月日は流れ一ヶ月ほどたち、歌スタ一次通過のお知らせ。
季節は秋。ちょうど私もみきてぃも大殺界に入る直前。
細●が言うにはこの次期に新たに何か始めたら良いことないとかなんとか。
ちょっとビビりながらも、関係ないよねー大丈夫よねーていうかいけるよねー。
そんなノリであっという間に二次審査。これもノリで通過。

この時くらいから、二人でお店で歌うきっかけが出始めました。

クリスマスが来る前にはお互い個人のライブに加えて二人でのライブ、
三次審査のテレビ収録が待ってたりで体調崩した。あっちゃー。

そんなこんなで、本番。一方は新幹線で前泊。
一方はバスに揺られて早朝着という、でこぼこ単独行動で(笑)
テレビ収録に向けていざ東京を目指す二人であった。

続く。




* c a n a *

はじめまして☆★

2006-06-25 18:38:07 | 自己紹介
ども!!はじめまして☆★
2peace@loveですヽ(・∀・)人(・∀・)ノ

ページを作ってHPにリングでしていたものの、
かなりの日数放置してしまってました…笑
見てくれてはった方も居るみたいなのに
ごめんなさい(ノ∀`;)
今日から、やーーーっとこさ
書き始めてみようと思いマス(・∀・)♪♪


えぇーーーーーと☆★
ブログ初心者なので
何から書けば…という感じなんですが。
2peace@loveって何者??
という事で、
まずは軽く自己紹介なんぞ
してみたいと思いまーすヽ(゜∀゜)


2005年3月某日…
小寺可南子(こてらかなこ)

墨谷美輝(すみやみき)
という2人の大阪のおにゃのこが、
とある お歌のコンテストにて
運命の出逢いっヽ(・∀・)人(・∀・)ノ

もうね、なーんか、お互いに
ビビビ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!
って来ちゃったわけです。

で、これは是非何かコラボレーションせねば!!!
ということで、
日テレ系列の深夜のオーディション番組
「歌スタ」
に、2人組で応募することに。。。

そしてありがたいことに、
一次・二次審査・スタジオ収録を経て、
プロデューサー鎌田雅人氏に
見事、2人まとめて
ゲットして頂いたのでございます゜+.(・∀・)゜+.゜

わーーーーーぃ。*゜+・。・ヽ(*´∀`)ノ

…という訳で、
現在はメジャーデビューを目指し
主にストリートでのライヴ活動に
励んでおります(`・ω・´)!!

※ストリートやその他ライヴ情報をお知らせしている
手作り感溢れるHPがありますので、
ぜひぜひ遊びに来てください。笑
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=2peacelove


以上、2peace@loveの
めーーーっちゃ簡単な馴れ初め話ですた(・∀・)♪♪


これから、ぼちぼちマイペースで
更新していきたいと思います↑↑笑
よろしくお願いしますヽ(・∀・)人(・∀・)ノ