堂蓮記<北海道富良野成田山布部不動堂>

毎月の『御心言』と不定期の『祈願講釈』と徒然なるままの箴言・戯言・読書感想等・北の大地の坊主富良野生活記。

…『…囁紀…』…

2012-06-23 19:25:27 | 日記
@28ban …囁紀…『…ピダハンか…「拘り過ぎず、偏り過ぎず、執着し過ぎず、我を求め過ぎず、流され過ぎず、格差を求め過ぎず…」、ピダハンの生活が仏教説話集だな…文明は過剰な資産と集団と建築物と著作集を維持する為に外に上に…』furano.tv/naritasan #布部#furano#hokkaido#japan


※御釈迦様やキリストさんは、自分では著作集や大建築や大集団や大資産を造ってなかったな……
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真夏の富良野風物詩

2012-06-23 18:05:32 | 日記
今年も八月四日五日に、北海道は富良野は山部の太陽の里で『ゆうふれ音楽祭』があるのだ…

野外ロックフェスだ…

入場無料なのだ…

真夏の祭典ですな…

ロックにキャンプと楽しむがよい………
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〈各々方々の呟きより〉

2012-06-23 17:23:47 | 日記
@shouseikan とにかく、みすず書房から刊行されているという本『ピダハン』を即送ってもらう事にしたものの、とても本の到着が待ちきれないからネットで検索し、守氏からの情報を再確認すると、あらためて頭の中に、いままで見た事もない空間が拡がり始める。


@shouseikan どなたでも検索されれば、すぐに私が今夜得られた程度の情報は得られるので、関心の出た方は検索されたらいいと思うが、「老子や荘子が説いた世界は本当にあったのだ」という驚きに圧倒された。


@shouseikan 生まれてから今まで一度も感じた事のないカルチャーショック。しかも、この「ピダハン」という部族の特色は、「ピダハン」の使う言語の特性によるらしいという事も激しく興味を惹かれる。


@shouseikan とにかく数を数える言葉も、右や左を表す言葉も、色を表現する言葉もないし、驚くべき事に、神もない。子供も大人として扱い、「今ここの自分」しかないので、直接的でない事は話さない。それで平和でストレスもなく笑いが絶えない。(もちろん様々な事故や事件は起こるが)


@shouseikan この本の著者は、キリスト教の伝道師であり、言語学者だったが、あまりにも人間の常識を超えた存在の、この「ピダハン」の人々に接しているうちに、結果として感化されたようにキリスト教を捨てたという。


@shouseikan 今年の2月、風邪でダウンした時、「ああ、なぜ麦は飛ぶことをやめたかなあ」と、約1万2千年前にトルコの付近で人間が小麦を栽培する農業を始めた事を深く悔やんだような私である。ピダハンに惹かれない訳がない。


@shouseikan もちろん今さら悔やんでも始まらない事なのだが、農業による富の蓄積が、結局原発につながり、さまざまな環境破壊も招いたのだと、この時はその事がギリギリと体に喰い込むように悔やまれたのである。


@shouseikan そういう思いを抱き続けている私にとって、今夜の「ピダハン」との出会いは本当に衝撃的だった。


@shouseikan 昨夜はアマゾンに住む「ピダハン」の存在を知って、「人間の幸せとは何なのか」を本当に考えさせられ、同時に自分の思い込みが如何に世界を狭くしていたかを思い知って寝た。


@shouseikan 台風4号が迫ってきているというが、福島の4号機は大丈夫だろうかと気になる。ただ、「ピダハン」の存在が私の中の何かを変えた事だけは確かだ。おかしな話だが、これからは自分自身の監視の目を盗むようにして「ピダハン」の存在について考え続けることだろう。


@shouseikan 何しろ、そのきわめて特殊な言語によって育まれてきた意識により、何かをうらやむという感情すら生じていないらしいからだ。しかも、その部族特有の衣装とかペインティングもない。便利なら抵抗なくTシャツや短パンも着ている。


@shouseikan しかし、便利だからとそのままドンドン文明の利器に毒されない。文明の利器も便利なら使うが、自分達でそれを作ろうとは全く思わないらしい。あれば使うが、なければないで困らない。

@shouseikan なるほど『ピダハン』の著者ダニエル・L・エヴェレット氏が、キリスト教を布教しようとして、逆にキリスト教を捨てたというのも納得がいく気がする。著者エヴェレット氏はピダハンに知恵の木の実を食べる以前のアダムとイヴを見たのかもしれない。


@shouseikan それにしても、予想外だったのは、原発問題に関心を寄せる人は沢山いるのに、この「ピダハン」にはあまり関心が集まらなかった事だ。


@shouseikan 脱原発を本気で考えるなら、生活スタイル、自分自身の中にある欲望の正体、そうしたものを根本的に見据えなければならない筈だ。そういう意味で「ピダハン」は我々の想像を遥かに越えた大きなヒントを提供していると思うのだが…。


@shouseikan しかし、獲物が獲れたら、午前3時でも「それ、食え」とばかり皆で食べて(熱帯で、冷蔵庫もなく、保存にも関心なければ、それしかない)、興が乗れば、狩にも行かず、延々と食べずに踊り続けているピダハンは、究極の自由人だ!


@shouseikan 結局夜明けまで『ピダハン』の本を、大体読み、そして思った。


@shouseikan この本を読んで、この本の著者のように、キリスト教を捨てる人も出来るかもしれないが、この本のお陰で、本当に深い揺るぎない信仰に入る人物も、出現するのではないかと。


@shouseikan つまり、信仰の対象に実感を持ってしまった人にとって神仏は、創造上の存在ではないからだ。


@28ban …囁紀…『…今回千葉に行く前に、東京八重洲ブックセンターで、「グレートフル・デッドにマーケティングを学ぶ」と「ヤノマミ」何れかを購入しようと思って居ると「ヤノマミ」の隣りに「ピダハン」があったのだ。「なぬ?【般若心経】の様な部族が?御釈迦様の頃の仏教の様な「こだわらず、かたよらず、執着せず、個性を求め過ぎず、流され過ぎず」の生活を出家せず在家で部族で?」と少し立ち読みして思ったのだった…』


@shouseikan またまたアマゾンの稀有の部族「ピダハン」の事が頭に浮かぶ。生きる喜びを謳歌し、明日の事を思い煩わない「ピダハン」。もちろん気楽な事ばかりではない。ジャガー、毒蛇、毒グモ、マラリヤ、その他無類の危険に取り巻かれながら、日々生きているのだ。


@shouseikan リスクがあるからこそ生きることが輝くのだろう。安全と便利の中にいて、天に弓引くような取り返しのつかない、危険きわまりない原発をつくり、止めることも出来ない先進国の人間と、進化しないように出来ている言語の世界で精一杯生きる「ピダハン」。


@shouseikan 人間としてどちらが幸せか、あらためて考えてみるべきだろう。


@shouseikan 『ピダハン』を読んだ後だと、何故か、いろいろ工夫する事に罪悪感を伴ってしまうが、ここまで来てしまった現代社会だから、いままで以上に考えに考え、工夫しぬいて、自滅的発達に向かわないような形態を創らねばならないのだろうが・・・
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〈各々方々の呟きより〉

2012-06-23 09:38:21 | 日記
@odamakoto_bot 日本の若者よ、…ソビエトへ行ってロック音楽をその地の若者と踊るべし。世界の手まえ勝手な大国の大人たち…のもくろみとちがったところにきみたちの未来をおこうとするなら、きみたち自身で世界の未来へのきみたち自身の回路を開くよりほかにない 「若者よソビエトに行ってロックを踊れ」1981
※小田実氏は、ベ平連の活動や初期の朝まで生テレビの常連の作家…

※日本で現在世間に影響を与えてるミュージシャンはインディーズを中心に、北はスラング・オキ・ブルーハーブ、東北は大友良英・遠藤みちろう(福島出身)、関東は・西村茂樹(ルーズ・ラウドマシーン)・坂本龍一・加藤登紀子、関西はソウルフラワーユニオン、沖縄は喜納昌吉がよく目立つ…


最近は、イギリス80年代の反戦反核動物愛護のパンクバンド「クラス」が、アート集団チンポム絡みで取り上げられる様になって来た…(クラスはフォークランド紛争反対を表明して、国会でも取り上げられた…。)



そしてマザーテレサやダライ=ラマからガンディーやキング牧師に続き、南方熊楠や田中正造や安藤昌益が再評価される様になって来た…。

世間の尊敬興味の対象も、皇帝王様→戦国武将→革命家→社長→コンサルタントの武力暴力と金と地位権力のパワーゲームの指導者勝負師参謀から、マザーテレサ・ダライ=ラマ・ガンディー・キング牧師・南方熊楠・田中正造の【非暴力】系の思想家・行者に少しずつだが……
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〈門句〉より……

2012-06-23 07:04:37 | 日記
@28ban 〈門句〉……対話の中で、意見感想考え説教説法説得注意忠告警告進言提言諌言、視線整え姿勢整え呼吸整え考え整え心整え、自他が言えるか聴けるか問えるか応えれるか、言わせられるか聴かせられるか問わせられるか応えさせられるか、考えて観る。furano.tv/naritasan#布部#furano#hokkaido#japan


※大抵の人は人前で相手に言う事が苦手で、言う事が得意でも、一方通行で言うのみで、聴くのが問うのが応えるのが苦手な個人地域が在る。そもそも、【言う、聴く、問う、応える】事が【対話・交渉・駆け引き・根回し】が苦手な事に気付いて居ない個人地域も在る。


神事・仏事・御先祖様事・祭事・伝統文化・新文化(街興し行事・外来文化・其他)を通して【三世代対話】が在る個人地域か、考えて観る。

其対話コミュニケーションの強弱深浅濃薄と種類と数により【身内友達同世代仲良し文化】か【仲良し好き嫌い不問の血縁地縁同胞同志文化】の何れが強く深く濃いか、考えて観る。


それにより個人地域の対話に措ける、【対話・交渉・駆け引き・根回し・仲裁】の器量容量度量技量力量を、視察観察推察洞察し臨機応変に【言う・聴く・問う・応える】【言わせる・聴かせる・問わせる・応えさせる】事を、心掛ける。
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