爺つぁま日記

北緯40度北東北の美しい自然と爺つぁまが行く四季の釣り

18-02-06 困ったもんだ

2018年02月06日 | トイレの話

新雪10センチ、時に強い風、氷上の歩き難さを考慮してワカサギ釣行は断念した。
厳しい冷え込みの予報だったが、朝の気温氷点下4℃台と暖かくさえ感じられる。
しかし春の訪れは、まだまだ先のこと。
陽射しこぼれる日中もたいして気温上がらず、やっぱり今日もツララは融けない。

立春を過ぎても水回りの凍結防止は欠かせない。
今朝一番、不凍水栓を開けることを忘れたままウ〇コ。
洗浄ボタンを押したが、当然シャワーが出ない。
半ケツのまま扉を開けて前室にあるバルブを開く。
途端にシャワーが吹き出して、便座カバーや床はおろか壁に掛けたカレンダーまで濡らす。
さっさと停止ボタンを押せばいいだけなのに、水浸しのトイレを呆然と眺めているだけのオラ。
オラは女房にこっぴどく叱られながら、近ごろの身体能力や反応の低下を嘆いたのであった。
嗚呼・・・歳はとりたくないもんだ。

コメント (2)

16-10-18 有料トイレ

2016年10月18日 | トイレの話



久々にトイレの話である。

先日クルマで田舎へ向かった時のことであった。
この日、寝冷えで腹具合が今一つ。
家を出る前にしっかり出してきたはずなのに、またしても急を要する便意。
田舎の村にも近ごろは水洗が普及、爽やかトイレなるものもあちこちに出来ていた。
おかげで最悪の事態は避けられ用事を済まし、さてと腰を浮かしたところ、ズボンの尻ポケットからチャリンチャリンと硬貨が落ちた。
それはウン悪く和式便器上の未だ流していないその部分に突き刺さった。
いつもよりかなり緩めのウ〇コだったこともあって、さすがに手を伸ばすことはできなかったオラであった。
しかし比重の大きい硬貨は水を流すことで残るはず、しかも田舎だから水圧も弱いはずだと読んだ理系のオラは躊躇なくハンドルを捻った。
予想に反してかなりの水圧で、あっという間に全てが流れ去った。
尻ポケットの残り金額から、流失したのは350円と判明。
20代の頃、汲み取り便所に財布ごと落として以来、半世紀ぶりの失態であった。
有料トイレは、先日の山小屋トイレの協力金100円以来である。

コメント

12-02-10(金) 昭和45年・Ⅱ

2012年02月10日 | トイレの話



さて、そのポットン便所の続きでありますが・・・。
月に一度のバキュームの後は、固形物がすっかりなくなって最も危険な水溜り状態。
勢いよく跳ね返ってくる飛沫に対して、会社の同僚達はどんな策を講じているのか訊ねてみた。

1. 最も多かったのは予め新聞紙やチラシを真下に落としてから行うと言うもの。
2. 続いては括約筋をフルに使って、出来るだけ小出しに落としていく方法。
3. ごく少数派としてはブツが投下された直後、エイヤッとタイミングよく腰を浮かすと言うもの。

それまで小刻み小出し派だったオラ、多数派である新聞落し込み型を試してみた。
しかしヒラリヒラリと舞い降りる紙を、やや1.5mの直下に上手く着水させることはかなり難しく、到底不器用なオラに出来る技ではなかったのだ。
次に試したのは、予め両手に広げた新聞に行った後に、改めて落としてやると言うバリエーション。
かなり有効ではあったのだが、その時の姿形があまりにもスマートさを欠くことから1回で止めた。
腰を浮かす方法も、信じられない高さに戻ってくるオツリから逃れ切れないこともあった。
なによりもその運動量が冬の着膨れには大変だし、床のきしむ音も気になったし、時には間違いもあったりして・・・・・。

そこである日、ハタと思いついた妙案。
何年か後に水洗化がされるまで続いたその方法は次回へ。
ま、たいしたことではありませんが・・・。

 

コメント

12-02-05(日) 昭和45年

2012年02月05日 | トイレの話



落差が一定の時、物体が自由落下した時のパワーはその質量に比例する。
落下物がデカいほど、着水した後の跳ねっ返りは大きくなる。
即ち当時のトイレ事情の中にあっては、派手なオツリを貰うことになるのである。

住宅のそれはバキューム泣かせの高粘度、しかし住宅以外になると水に近い超低粘度。
時が経ち会社勤めをするようになったオラは、その低濃度トイレにおけるオツリ対策に知恵を絞った。
昭和45年、某大手企業系ディラーとは言え木造借家住まいだった。
板壁で仕切られてはいても、床下のコンクリート槽は隣りのご婦人用と共通。
ケツが乾くのも忘れ息を潜める中で、光の反射を上手く利用することで、ウンが良ければ水面に映るお隣りの様子がくっきりと見られることもあった。
そんな一種の楽しみもあったにせよ、「大」をこなすにはそれなりの覚悟と様々の工夫が必要だった。
さて、その工夫の一端は次回に。

 

コメント

12-02-04(土) 「春分」

2012年02月03日 | トイレの話



オラが生まれた片田舎でも、昨今は農業集落排水事業の恩恵で水洗化がだいぶ普及している。
さらに辺地であっても簡易水洗に取り替えることで、トイレの快適さでは一昔前とは雲泥の差がある。

何処までも広がる水田地帯、その遥か彼方に雪を頂く県境の山に沈む夕陽、風呂を沸かす亜炭を焚く匂いとほのかな肥溜めの臭いとの融合、それらの全てがオラの原風景。
戦後間もなく物心ついたばかりの頃、オラの田舎では吹き曝しの外便所。
1坪ほどのコンクリート打ちっぱなしの肥溜め(溜壷)の上に隙間だらけの粗末な小屋掛け。
肥溜めの上に歩み板を数枚渡したその隙間に、注意深く用をたすってのが一般的だった。
日本全国総貧乏物資不足の時代、板壁の5寸釘に紐で閉じた新聞紙がぶら下がっている家はいい方で、使途不明の荒縄が対角線に張ってあったり、不思議な竹べらが立てかけてあったりと、幼心にそこは何やらミステリアスな空間であった。
怪しくたわむ一枚板がいつか折れはしまいか、ちょっとしたはずみに足を踏み外しはしないか、用便のたびに恐怖に怯えるオラでもあった。
恐怖を覚えた要因はもうひとつ、自由落下式跳ねっ返りタイプだけにあの忌わしきオツリの存在。
後年社会人となったオラ、水洗化が普及するまでオツリ対策に頭を悩ます訳だが、その懐かしの妙案の幾つかは後日紹介するものである。

 

コメント

12-02-03(金) トイレについて考える

2012年02月03日 | トイレの話



今朝もまた氷点下2桁、我が家のトイレの凍結はもう恒常化。
連日の解凍作業で、要領も手順もすっかり慣れて僅かの時間で復旧するようになった。
近年の便利生活は水洗だシャワー便座だ混合水洗だと、凍結の心配しなければならない箇所を思いっ切り増やしてくれた。
これらは我が家の如き断熱構造に欠陥のある建物には、中途半端に導入すべきではないシロモノだったかもしれない。
決してこんなことが起こりうることはなかった昔のポットン便所が懐かしい。
古き良き時代を懐かしみながら、次回からはそのポットン便所にまつわる幾つかのお話しをしてみたい・・・・・、釣りに行かない日はあまりにも暇だから。

 

コメント