もみさんの一日一冊遊書録( 2011年9月1日 スタート!: メメント・モリ ) ~たゆたえど沈まず~

年とともに人生はクロノロジー(年代記)からパースペクティブ(遠近法)になり、最後は一枚のピクチュア(絵)になる

161218 「真田丸」最終回、ちょっとお粗末な出来で残念でした。一年間楽しませて頂きました。

2016年12月18日 22時15分47秒 | 徒然・雑感
12月18日(日):  

  一年間、我慢するところは我慢して、それなりに楽しんで見てきた「真田丸」の最終話を観終わった。三谷幸喜と俺は同じ大河ドラマ世代である。『花神』の大村益次郎に対する思い入れなど大河ドラマに対して同じ感受性を共有しているのを感じてきた。

  しかし、今日の最終回は頂けない。三谷幸喜は”群像劇”としての「真田丸」にこだわり過ぎて相当悩みに悩みぬいて、結局ハズレを引いたようだ。今日の真田幸村の最期のシーンを見てスカッとした歴史愛好家はいないだろう。奇を衒ったシーンが、ご都合主義的でほぼすべてが外れていた。肝心かなめの幸村と家康の対峙のシーンが理屈っぽくてお粗末すぎた。このシーンにセリフは要らない!このシーンでは、NHKの準大河ドラマ「真田太平記」(1985)の方が圧倒的に納得のいく素晴らしいものだった。

  一年間楽しんできただけに、少し残念である。真田十勇士を55歳のサスケ一人でまかない切ってしまったのも、豊臣の救いようのない愚かさを大蔵卿の局一人に責任を着せてしまったのもお粗末だった。これでは「滅びの美学」が描き切れていない。三谷さんと主役の堺雅人さんには「最後はちょっと残念だったけど一年間お疲れさまでした」と言いたい。「草刈正雄さんの真田昌幸はとてもよかったです。」「同じ日曜日の昼放送の大河「武田信玄」(1988)の重厚感・充実ぶりは素晴らしい。」とも言っておきたい。

  あとは、大枚はたいて買った「真田太平記」DVDを観直して、司馬遼太郎「城塞」下巻を流し見でもしようかと思う。

170107 PS.ちょっと訂正。そもそも豊臣家の最期に「滅びの美学」など存在しなかった。大坂城という大き過ぎる箱庭の中で世間知らずのスケール小さい人々が右往左往していただけだ。「滅びの美学」は、大坂城に集った浪人衆にこそあったと思う。
  それにしても、幸村と家康が最後に直接言葉を交わす、それも理屈を言い合うのは野暮で無粋の極み、お子様向けのあってはいけないシーンだったと思う。

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