扇子と手拭い

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マクラは落語の八寸

2012-12-16 23:30:52 | 日記
▼マクラは大事な役どころ
 落語にはマクラが付き物だが、これがなかなか難しい。落語のマクラは、音楽でいえば前奏曲、懐石料理なら八寸といったところか。この出来がよければ、後に続く本題の噺もすんなりいく場合が多い。だからマクラは、落語にとって極めて大事な役どころなのである。(敬称略)

 新春の高座にかけるため、落語「雑俳」の稽古をしている。新宿の落語講座には通っていないので、故春風亭柳昇の音源だけが頼り。この人の「雑俳」は何度聴いても面白いので、やってみようという気になった。ところが、マクラで早くも躓いた。元の音源は次の通り。

▼バカバカしさが愉快
 あたしは競馬、競輪、麻雀、釣何もやりませんで、まあ、好きなのはタンカですね、1回乗ったことがありますが・・・。俳句も好きで18ん時に作ったんで我ながら傑作だと思ったのは「古池や蛙飛び込む水の音」・・・、これ私が作ったんすよ、ホント。聞いたらおんなし様なのがあるんですってね。驚いたね、江戸時代、私の盗作した人がいるんですってね・・・。

 という具合だ。このバカバカしさが愉快で、思わず吹き出してしまう。ところが、自分がやると、ちっとも面白くない。どこか空気が抜けている。これに対し、柳昇の語り口は独特の早口で、部分的に何を言っているか分からないところがある。が、全体を通して聴くと、ほんわかとした柳昇のリズムで噺が流れており、心地いいのである。

▼どうにも超えられない壁
 この違い。超えられない壁である。ひとの.真似をするだけではダメ、と改めて悟った。人はそれぞれ波長が違う。そこで柳昇のマクラの材料を参考に、自分なりに作ってみた。「雑俳」は俳句をネタにした噺なので、こんな風にした。

 近ごろ、新聞やなんか見ますと、素人が作った俳句で上手いのが載ってますね。「信濃川 雪の越路を真っ二つ」・・・。雪化粧をした越後平野に太い線を1本引いたように流れる信濃川が目に浮かぶようですね。「雪の朝 二の字二の字の下駄の跡」。これ、6つんなる女の子が詠んだ、ってんですから、すごいですね。あたしなんかだと、雪の朝 下駄で、すっ転んで尻の跡。そうかと思うと、「黒犬を 提灯にして雪の道」。・・・。雪道に黒犬を連れて歩くと、提灯代わりになるてんですが、そんなの、なりゃしませんが、なるような気がする、てんです。

▼俳人か廃人どっち?
 口に出して読んでみたが、イマイチしっくりこない。落語は川の流れのように澱みなく運ばないといけないのに、スムーズに流れない。三転四転の手直しの挙句、結局、たどり着いたのが以下である。

 私、雪の降る季節になると、思い出す俳句があるんです。「雪の朝 二の字二の字の下駄の跡」・・・。これ、6つんなる女の子が詠んだ、ってんですから、驚きました。朝起きて外を見たら一面が真っ白な雪景色。子どもだから多分、積もった雪の上を下駄で歩きまわったんでしょうね。そしたら綺麗に下駄の跡がついていた。何だか情景が目に浮かぶようですね。この子は田捨女と言って、のちに有名な女流俳人になった。はいじん、たって薬やったんじゃないんですよ、俳句の方の俳人ですから。でね、さっそく、あたしも真似して一句作ってみました。「雪の朝 下駄ですっ転んで尻の跡」・・・。

▼まずは、やってみよう
 「はいじん、たって薬」を、最初は「はいじん、たって覚せい剤」としたが、言葉がきつすぎる、として「薬」に改めた。だが、「薬」で「俳人→廃人」が分かってもらえるか心配だ。腕に注射する仕草を加えた方がいいのかどうかも、思案のしどころ。「俳句の方の俳人ですから」の文言は、邪魔ではないか、と迷っている。落語は耳から聴く想像芸だから聴き手に理解してもらうのが難しい。

 で、「雪の朝 下駄ですっ転んで尻の跡」のあと、一呼吸おいて「こんちわ」。「おや珍しい、八っつあんじゃないか。まあまあお上がり」と本題に入る、という寸法だ。このマクラで、客がすんなり噺に入ってくれるか気がかりだ。が、思案ばかりしていては、前に進まないので一度、これでやってみることにする。