日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

韓国演奏旅行の5日目

2012-05-13 08:01:21 | Weblog
 5月12日(土)、朝10時前に蘆先生が来られて、清州のバスターミナルまで見送って頂きました。最後の最後まで、蘆先生に大変お世話になりました。蘆先生あっての私の演奏旅行でした。
 蘆先生が歴史の先生だったと言うことを今回初めて知って驚きました。歴史に付いて、私には今まで何も言わない感じで来ていました。清州市で私に会う人も、日本との歴史に付いて、話してくる人は、誰もいませんでした。そのことに関して、気を使われていたと思います。
 帰る時に、蘆先生から手紙を頂きました。それを読んで、国際理解の為に頑張られている蘆先生の気持ちがよく理解できました。もう70歳に近いのに、日本語の勉強を今も積極的にしています。私に書いた日本語の文を見ても、(私は、ハングルが殆ど上達していないのに)難しい日本語で立派に書かれていて、蘆先生がどんどん日本語が上達していて、恥ずかしい思いです。(今から、本腰で、ハングル、勉強したいと思います!)
 蘆先生は、日本には、10回程来られています。ヨーロッパ各地やアメリカやカナダやオーストラリアやその他、多く国に、それもしばしば、1カ月や2カ月間程も、長期に滞在してきていて、世界の教育の現場を実際に見ています。紳士で、考え方はもちろん国際的で、歩き方も力強く、今回、蘆先生から多くのことを学びました。
 蘆先生は、正に、忠清北道の教育に関しては、パイオニア的存在と思いました(忠清北道の教育長の経歴があり、又、忠清北道で一番レベルの忠清北道大学でも、教えていました。)。
 蘆先生の周りには、蘆先生に影響を強く受けた校長先生方がいて、その先生方が、同じ様な生き方をしていることに、更に驚きました。(蘆先生の周りの校長先生方、今の時代をよく把握していて、英語はもちろん、日本語も留学経験がある関係で上手で、それに、スマートフォンで、暇があれば、中国語の勉強をしていました。生徒に行動で影響力を与えている、そんな感じに思えてなりませんでした。
 この日は、仁川から福岡に行く17:10発の飛行機が、航空会社のトラブルで、19:00と遅れました。遅れた陰で、演奏を聴け、古風な姿の行列も見れました。
 日本と韓国、今後、いい方向で、切磋琢磨して、WBCや女子フィギャースケートの様に、世界をリードして行けたらと願います。
 21時過ぎに、博多駅の周りをウロウロして、予約してなかったので、ホテルを探して、やっと「東横インホテル」に泊まることが出来ました。

http://www.youtube.com/watch?v=l_WAzI-isDQ
http://www.youtube.com/watch?v=YLEkxsa0aQw
http://www.youtube.com/watch?v=Me1b4VaBLxg 

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韓国演奏旅行の4日目

2012-05-11 07:06:36 | Weblog
 5月11日(金)、蘆先生が9:00前に来られて、ホテルを出発しました。まず、歴代の大統領の別荘に行きました。その見学には、予約が必要で(個人がバスで行く場合は、予約なしでいい?)、それには、車の番号記載までありました。(←蘆先生が、前もって予約されていました。ありがとうございました。)
 その別荘、2.003年4月18日から民間人に開放していました。名前が以前は「迎春斎」と言っていたのですが、今は、「青南台(チョンナムデ)」と言い、とても見晴らしのいい所でした。
 湖があり、ゴルフ場もあり、散歩コースがいろいろとありました。2007年には、大統領歴史文館も出来ました。そこで上がったり下がったりと歩いて、かなりの運動量になりました。
http://chnam.cb21.net/home/main.do?menu_grp_key=3

 その後、「大清湖美術館」に行きました。行くと、何と、日本でも有名になっている韓国の画家「朴永大」さんが玄関に立っていて、いきなり握手を求められました。朴さんがずっと説明してくれて、昼食も朴さん夫妻と一緒に摂りました。蘆先生の好意で、ドングリの実から造ったものを食べさせてもらいました。(←美味しかったです!)
 その後、沃川商業高校に行って、持って行った太鼓を(運動着を着て運動場にいる)全校生徒の前で差し上げることが出来ました。(校長先生から、大切に使わせてもらいますと言われましたが・・・そうであればいいのですが、少し不安ですが・・・)。
 その後、校長先生の車で、太鼓を造っている所に見学に行きました。そこの社長さんから、日本の太鼓と韓国の太鼓の造り方の相違も教えて頂きました。牛40頭の皮を使い、6人で3年も費やして造った世界一大きな太鼓の説明も受けました。それに、その隣にある博物館にも行って、忙しい中、その社長さんからずっと説明して頂きました。(ありがとうございました!)
 その後、その近くにある滝を見てから、今まで食べたことのない韓国のうどんを食べることが出来ました。そこで、11年間も日本にいて、その間、東京にある韓国大使館に勤めて教育を担当していたことのあるその沃川商業高校の校長先生から、日本の韓国や日本の教育の相違点、問題点などを教えて頂きました。(←大変勉強になりました。校長先生好意のうどん、美味しかったです!)
 この日は、いつもより早く、19時半過ぎにホテルに帰りました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%8D%97%E5%8F%B0(←青南台の説明)
http://video.google.com/videoplay?docid=3710609639118942237#(←朴永大の作品)

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韓国演奏旅行の3日目

2012-05-11 07:03:05 | Weblog
 5月10日(木)、朝早くから蘆先生が来られて(毎日お世話になります)、(清州から少し遠方にある)沃川でのフェスティバルでの演奏の為に、9:00にホテルを出発しました。
 日本の同志社大学で学んだこともある世界的に有名な詩人「鄭芝溶(정지용:チョン・ジヨン、てい・しよう)」の生家にまず行きました(今回のフェスティバルも、彼の存在で行われているものなのですが・・・)。
 それから、朴大統領の奥さん実家にも、見学に行きました。
 その後、大きな会場に行き、11:10から演奏しました。
 フェスティバルは、沃川商業高校の生徒が中心になって行われている様子で、自分の前に、生徒の素晴らしい子どもたちの演奏がありました。その後で、気が引ける思いでしたが・・・篠笛で「アリラン」と「さくらさくら」→盆踊り太鼓で「ばんば踊り」と「河内おとこ節」と「きよしのズンドコ節」を演奏し、決められた20分間を使い切ってしまったので、最後の持ち曲の炎症は、止むなく省略しました。
 広い室内会場なのに、テープの音が小さくて、壇上からは音が上手く聞き取れにくく、家内が後ろの席から撮った録画を後で見ると、「河内おとこ節」がずっと少しずつ遅れていました。自分の演奏が終わって、11:30になって、会場での演奏会が終わり、多くの学生が会場から出て行きました。
 その後、280年経っている古家で、主催者の好意で、韓国料理をごちそうになりました。沃川商業高校の校長先生が同席され、日本語が上手で、楽しく話が出来ました。何と、日本に11年間も住んでいて、天草にも3度も来たことがあると言われました。
 その後、「清州大成小学校」に行きました。自分の演奏の前に、そこの子どもたちのチェロとバイオリンとフルートの演奏がありました。それが、又、小学生とは思えないレベルで、驚きました。その後に、私の下手な演奏となりました。(次第に自信がなくなって来る感じでしたが・・・)
 予定通りに、篠笛で「さくらさくら」→盆踊り太鼓で「河内おとこ節」と「きよしのズンドコ節」→ハーモニカで「ふるさと」→テープのピアノに合わせて「荒城の月」→拍子木で「一本締め」→和太鼓演奏の順でしました。昼食に頂いた「マッコリ」の影響が少し出て、盆踊り太鼓、少し、乱れた感じでしたが・・・?!
 その後、(見晴らしのいい)「牛岩山」に行って、清州市の全景を眺めてから、上党山城に登りました(11年半前にも登りましたが)。最後に、(入場料無料の)「国立清州博物館」に行きました。
 晩餐では、「清州大成小学校」の校長先生の好意で、本場のサムゲタンをごちそうになりました(大変美味しかったです!)。先生は、1980年代に日本に4年間いて、日本語がペラペラでした。そこで、清州大成小学校の校長先生から、想像も出来ない様な「清州大成小学校」の教育の実態を知ることが出来ました。(その内容は、後日に・・・) 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%84%AD%E8%8A%9D%E6%BA%B6

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韓国演奏旅行の2日目

2012-05-10 06:14:50 | Weblog
 夜通し、何か音がしていました。ネズミかなと思っていましたが・・・→冷蔵庫の音でした。(いろんなことを経験しますね・・・)
 5月9日(水)、蘆先生が9:20に迎えに来ました。10:00前からユネスコ世界記録遺産になっている「清州古印刷博物館」で、、「直指」についての20分間のビデオを見たりしました。
 その後、10:40に「忠北老人福祉会館」に到着して、11:10から演奏しました。演奏前に、(日本語を3年振りに話すことになった)日本語の上手な人の助けで、用意していた自己紹介を紙を見ながらそのままハングルで言いました。皆さん、ニコニコして真剣に聞いたくれました。
 演奏内容は、いつもの感じで、篠笛で「さくらさくら」→篠笛で古賀政男メドレー→篠笛で「上を向いて歩こう」→盆踊り太鼓で「ばんば踊り」と「河内おとこ節」→ハーモニカで「ふるさと」→テープのピアノと二重奏で「荒城の月」→再び盆踊り太鼓で「きよしのズンドコ節」→篠笛で「アリラン」→拍子木で「一本締め」→和太鼓演奏の順でしました。
 アコーディオンと二重奏の「青い山脈」を演奏するつもりが、そのテープを何故か持ってきてなくて(本番で気が付いて)、急遽、「きよしのズンドコ節」の盆踊り太鼓を打ったのですが、次に「アリラン」の曲を篠笛で吹いたのですが、まだ、息が上がっていて、苦しい状態での演奏となり、いい音色が出なかったのですが・・・←何と、これが一番受けた感じでした。
 他に韓国の歌をとか、受けることあまり期待してなかったハーモニカも受けて、もっとハーモニカの演奏を聞きたいと言われました。韓国の歌をしっかりと練習しておくべきだったと反省しました・・・(10年半前の時は、数曲、韓国の曲を演奏していたのですが・・・←自分で書いた楽譜さえあれば、出来たのですが・・・)。
 最後に、家内と私の為に、会場の皆さんが大きな拍手をして下さいました。帰り際に、お礼を何人からも言われました。
 昼食は、その会館のスタッフと楽しくしました。スタッフの皆さん、終始ニコニコ顔で、こちらもリラックス出来て、食事が摂れました。(・・・←昼食は、会館のおごりでした。ありがとうございました。)
 後で、聞いて頂いた人の平均年齢は75歳と聞いて、驚きました。韓国のお年寄りは、元気ですね!この会館でのカルチャーに、多くのお年寄りの人が熱心に参加しているとのことでした。
 蘆先生の来るまで、13:15過ぎに「亨碩中高等学校」に行きました。体育館に沢山の生徒が沢山集まっていました。蘆先生は、ここの校長先生だったんですね。校長室に蘆先生の写真が飾られていました。
 自分の演奏の前に、世界で活躍している人の「パンソリ」があり、自分の後には、中学生によるバンドの演奏がありました。(←家内はそれを見て、、かって息子が中学校で演奏していた時のことを思い出していましたが・・・)
 自分が(恥ずかしながらも)メインって感じで、篠笛で「さくらさくら」→篠笛で「アリラン」→篠笛で「上を向いて歩こう」→盆踊り太鼓で「河内おとこ節」と「きよしのズンドコ節」→ハーモニカで「ふるさと」→拍子木で「一本締め」→和太鼓演奏の順でしました。ここでは、最後の和太鼓演奏が一番受けた感じで演奏しました。
 それから「雲甫(うんぼ)美術館」に行き(以前行った時のことを思い出しました)、その後、きれいな「梧倉湖水公園」を散策した後に、蘆先生の奥さんも同席されて、4人で18:30から有名な所(Dweeunbark Village)での晩餐となり、凄い本格的な韓国料理を頂きました。(韓国料理は、野菜が多くて、出される種類が多くて、健康的ですね・・・大好きになりました!)
 暑い日の過密スケジュールで疲れましたが、とても楽しい1日でした。
 関係者の皆さん、深く深く感謝申し上げます!
*写真は、亨碩中高等学校のある先生から撮って頂き、帰り際に、フラッシュメモリーとして渡されました。(韓国のITの利用、凄いですね!)

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韓国演奏旅行の1日目

2012-05-08 22:01:44 | Weblog
 5月8日(火)、9時10分にホテルを出発して、福岡国際空港に着きました。そこの1階にあるクロネコで、前もって輸送していた荷物を3つもらって、10時前から大勢の人の後に付いて並んで(太鼓と太鼓の台と大きなトランクをクロネコで運んでもらった3つの荷物を検査機に通してチェックしてもらって)、受付を終えました。
 11:50に出発して、仁川空港に着いたのは、13:20過ぎでした。入国審査を済ませ、バス乗り場に行くまでは良かったのですが、それから問題が起きました。
 高速バスの9番乗り場に乗ればいいとだけ思って、まず、9番を探しました。その近くの切符売り場らしき所で尋ねると、やはり、私のチョンジュの発音が悪いのか、どっちのチョンジュかと尋ねてきました。忠清北道のチョンジュとハングルで慎重に言うと、納得してくれました。紙にも書いてくれて、確認してくれました。で、ここでは買えない、9番に行ってと言われました。
 で、9番に行くも、ハングルで書かれた清州の名前がどこにもない。おかしいなと思って独りでウロウロそこら辺を歩いて、ある人に尋ねると、その人が指差して、手前のバスに乗れって感じで言う。しかし、そのバスには、どこにも清州と書いていない。無視して、家内が待っている所に戻ると、さっきの無視した人が慌てた風に向こうから手招きしている。で、家内と一緒に一応行って解った。指差したのが、道路を隔てての向こうに停まっているバスだったのです。慌てて道路を横切り、バスの前にある切符売り場で切符を買って、ギリギリ間に合って、14:00のバスに乗れました。
 10年半前だと、直ぐに乗れた感じで、切符も車中で運転者の人から買えたのですが、今は、乗る前に買って、しかも、指定席で、それに、休憩で1回止まるだけで、それ以外は、ノンストップでした。(バスはとても立派になっていました!)
 高速道路の道は広く、バスも快適で、16:20に無事に清州市の(終点の)バス停に着きました。そこからタクシーで、(今から4泊する)ホテルまで行きました。
 それからが又、大変でした。そのホテルの部屋で、(インターネットで買った安い日本製でない)変圧器が(家からわざわざ持ってきたのに)初運転で直ぐに壊れ、その後、部屋の電気も付かなくなり、(たどたどしいハングルを言いながら)受付の人から何度も(7~8回?)部屋にも来てもらって、最後は、部屋を替えてもらいました(・・・←こんなこと、初めて!)。幸いに、次の部屋は、前よりも広くていい部屋でした(←ラッキー!)。
 その後、盧先生が19時過ぎに来られて、久し振りに会いました。盧先生、この日の午後は、(50分×4回の)大学での講義(人間と教育)を終えて、とても疲れているはずなのに、21時前まで私たち二人の為に、時間をさいてくれ、又、とても美味しい本場の韓国料理をごちそうしてくれました。チョンマール・カームサハムニダ。

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韓国演奏旅行の前日

2012-05-07 21:57:04 | Weblog
 平成24年5月7日(月)、朝7:28のバスに乗りました。大矢野町のサンパールで乗り換えて、「熊本バスセンター」に着いたのは、10時ちょっと過ぎでした。これでも、遠回り道がなく、乗り換えでの待ち時間が少なくて、時間が普段程掛からなかった方ですが・・・。
 「熊本バスセンター」に隣接する「熊本市民百貨店」の8階で、「高野山秘密パネル展」が開催されていました。「四国八十八カ所お砂踏み」があって、ずらっと88枚の掛け軸が飾られていました。それぞれの掛け軸の前で、入場者の多くの人が、順に足で踏んでいました。体力的やいろんな条件で、やむなく四国に行けない人の場合、これで替わりになれるといいのでしょうが・・・。
 やはり、原則的には、自分の脚で、「四国八十八カ所巡り」をするといいと思います。私も、自分の脚で、伊勢や出雲(や宇佐神宮や京都や奈良や宮島や鎌倉や久能山東照宮など)に参って、ホントに良かったと思っています(11月には、日光東照宮にも参りに行くつもりにしていますが・・・)。(イスラム教徒も、一度は、メッカの巡礼をすることになっていますが・・・)
 お坊さんは、厳しい修行されていますね。凡人も、棚から牡丹餅式に待ってばかりせずに、自分の出来る範囲で、幾つになっても、修行らしきことをするべきだと常々思っています。「苦は楽の種、楽は苦の種、自分は他よりちと良けれ(ば、それで満足)」と私の父は言っていましたが・・・今の時代であれば、やはり、月並みな言葉ですが、「感謝」、「努力(修行)」、そして、「祈る」ことが大切ではないでしょうか(人間の力では、どうにもならないこともありますから)・・・?!
 その後、再びバスに乗って、熊本バスセンターから熊本駅に戻って、熊本駅の近くの所で(前回と同じ所で)昼食を摂って、新幹線で博多駅に行きました。熊本駅から博多駅まで、「さくら」で、わずか40分足らずでアッと言う間に着きました。新幹線は、ホント、超速いですね!。博多駅の近くのホテルに着いて、荷物を置いて、再びホテルを出て、博多駅をゆっくりと散策しました。
 博多駅では、新しく出来た建物に、いろんな店舗が入っていて、時間の経つのを忘れる程でした。熊本駅も大分駅も、つい最近、新しくなって見違える様に良くなっていますが、博多駅は、九州で一番大きな所だけに、それ以上に、変身している感じがしました。
 この日は、レンジャーズの「ダルビッシュ投手」が初めて負けて、4勝1敗となりました。三振を11も取ったのに・・・(残念ですが、しかし、し、イチローにしてもダルビッシュにしても、勝ってもあのクールな顔、いいですね・・・←正に、サムライ!)。フランスでは、サルコジさんが破れて、「オランド大統領」が誕生しました。
 日本の株がドッと下がり、ユーロがドッと落ちて、1ユーロが103円台にもなりました。ちょっと前、1ユーロが180円、ずっと前には、1ドルが360円もしていたのに(今は、1ドルが80円を切っていますが・・・)。
 海外旅行者には、円が高くて、申し訳ない気で一杯ですが・・・世の中、この先、どうなるのか分からないので、お金を持っている人は、生きている内に、今、有効に(!)使うべきですね。
 退職しても、能力があれば、出来る範囲で、世の中の為に、それ相応に、いろいろするべきだと思いますが・・・?!

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韓国での演奏・・・

2012-05-06 15:34:41 | Weblog
 今年のゴールデンウィーク期間中は、外来は、あまり忙しくありませんでした。5月1日と2日の平日も(常勤医の代わりに昼間の代診をしましたが)、インフルエンザの検査でB型が陽性の子が数人いたり、水痘や気管支喘息や急性胃腸炎の子もいましたが、思っていた程、多くありませんでした。
 しかし、ゴールデンウィーク中に入院した子(低出生体重児や気管支喘息や菌血症など)で、病棟には、何度も足を運びました。
 そんな中で、韓国へ行く準備をしていました。(1尺4寸の太鼓をインターネットで注文して、それを持って行きます)。
 韓国から、詳細な予定表が来ました。
 それによると・・・→
 清州市へ着いた翌日と、その次の日の2日間が演奏となっていました。
・2日目
 午前・・・「忠北老人福祉會館」で演奏
 午後・・・「亨碩中高等學校」で演奏
・3日目
 午前・・・「管城文化會館」で演奏
 午後・・・「大成初等學校」で演奏
 となってしました。
 それに、晩さん会が、初めの日と2日目と3日目の3回も、予定されていました。熱烈歓迎って感じに思えて、感謝感激です。(ありがとうございます、合掌!合掌!)。

(以下、挨拶文を自分なりに作成してみましたが、現地に行って、チェックしてもらおうと思っています・・・)
 こんにちは。
 私は、日本から来ました田原正英と申します。年齢は、63歳で、今月の28日には、64歳になります。 (←韓国では、年齢を数え歳で言って、関心事の大きな部分を占めます・・・)
 (昨日、一昨日、火曜日に)私の妻と一緒に、韓国に来ました。今までに、韓国へ、私は、6回も来ています。
 清州市には、10年前に来ました。盧載恮先生のお陰です。
 今回も、盧載恮先生のお陰で、笛と太鼓の演奏が出来ています。
 皆さんに気に入ってもらえると嬉しいです。
 昨年、日本は、東日本で、大きな地震と大きな津波がありました。その時、韓国や多くの外国の方から温かい励ましや援助を頂きました。本当にありがとうございました。
 안녕하십니까?
 나는, 일본에서 온 다하라 마사히데라고 합니다. 연령은, 63세로, 이번 달의 28일에는, 64세가 됩니다.
 (어제, 그저께, 화요일에) 나의 아내와 함께, 한국에 들어왔습니다. 지금까지, 한국에, 나는, 6회도 와 있습니다.
 청주시(州市)에는, 10년전에 들어왔습니다.盧載恮선생님의 덕분입니다.
  이번에도 ,盧載恮선생님의 덕분으로, 피리와 북의 연주가 되어 있습니다.
 여러분에게 마음에 들어 주시면 기쁩니다.
 작년, 일본은, 동일본에서, 큰 지진과 큰 해일이 있었습니다. 그 때, 한국이나 많은 외국 분에게서 따뜻한 격려나 원조를 주셨습니다. 정말로 고마웠습니다. 
 

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原発停止・・・

2012-05-06 12:23:44 | Weblog
 日本にある全ての原発が停止しました。
 地震がどこでいつ起きても不思議でない火山国の日本では、原発の安全性がもっとされて、設置されてくるべきだったのでしょうが・・・。
 火力発電所は、大都会の沿岸部に、沢山建てられています。事故が起きても、さほど深刻になると思われていないのでしょうか・・・?!
 (川崎市の)沿岸部の石油コンビナートの場合、地震や津波で火が付いてしまえば、アッと言う間に、大惨事となっても不思議でないと思うのですが・・・(気仙沼の悲惨な実例が目に浮かびますが・・・)?!
 原発は、何故か、大都会を避ける感じで建てられています。原発では、事故が起きないとの前提で・・・?!だとしたら、人の沢山いるいる大都会でも建てられていいはずですが・・・ひょっとして事故が起きた場合に困るので、大都会に建てられないと言うことではないでしょうか・・・←何か、矛盾を感じますが・・・?!
 使用済み核燃料の安全な処理さえ、まだ、今の科学では、未解決なことが多いことは、多くの人が知る所です。半減期がとてつもなく長いので、想定外の大きな地殻変動でもあれば、子孫に負の遺産を残すことになり兼ねません・・・?!
 関西電力の夏場の不足が言われていますが・・・→(古賀氏の説明ですと、関西電力の経営上の問題が深刻で・・・)関西電力の経営状況(2011年度)は、純資産1兆5298億円の内、原子力発電関係に8907億円費やされていて、それがなくなれば、6391億円の資産でしかなくなり、それに、(2011年度の)赤字が2422億円あるので、残りの資産がわずかとなりますが・・・。(←今まで、数少ない電力会社に電力を委ねて来たのが、間違いだったのかも知れませんね・・・?! )
 人は、神様でないので、過ちを犯します。しかし、それを反省して、より良い方向に変えることは、出来るはずです。
 原発の場合は、その狭い周辺だけでなく、周りに大きな影響を及ぼします。日本だけの問題にとどまらないこともあります。人類がまだ経験しないことを、長い期間に今から経験するかも知れません。
 日本人の今からの生き方が問われている感じがしてなりません。

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生き方雑感・・・

2012-05-05 11:09:31 | Weblog
 NHKの調査で、50代以上の人に、「定年後の計画」をしているかどうかの質問をしていますが・・・→「計画している」が35%、「計画してない」が65%と解答しています。
 定年後の過ごし方のハウツー、団塊世代の地域活動デビューなどが話題になっている昨今ですが・・・。
 一方、今、「生涯未婚率」が、男性20.1%、女性10.6%にもなっています。つまり、今の日本では、男性では2割が、女性では1割が、結婚を経験してなくて、しかも、その割合がどんどん増加傾向にあるのです。(←当然、少子化となり、労働人口も減少して行きます・・・)
 それと対照的に、熟年の男女の恋愛の増加も、注目されている所です。子どもにも手が離れ、つれもなくなって、それから華を咲かそうとしている人もいます。若い女性と再婚して、生き返った感じになっているお年寄り(←失礼・・・)も現に周りにいます。
 自分のことを考えても・・・→若い時は、ゆっくりと考える暇もないって感じでした。睡眠不足との闘いが長く続いていて、死と言うことに関して、真剣に悩んだ時期がありました。死は誰にも逃れられない、もう、諦めるしかないとの結論が出て、今を真剣に生きようと思って、やっと落ち着くことが出来る感じになりましたが・・・?!で、40代の前半の時は、70歳まで生きられればいいなあとまで思っていました。
 そんな中で、今も、若い人のカリスマ的存在である「尾崎豊」が、根強く若い人の間で慕われています。「尾崎豊」が活躍した当時は、校内暴力などが横行し、学校は厳しい管理体制で、世間は、学歴学歴って感じでした。(二期校コンプレックスや高学歴崇拝時代・・・)
 そんな中で、「尾崎豊」は、それを鋭く見詰め、若者の心の中に溶け込んで行ったのです。決して、反逆児ではなく(彼は、皆が思っている様な反抗的な人間ではなく、とても素直な人間・・・)、現実や現実での厳しさを受け止めて前へ進むことを訴えたかったのではないでしょうか・・・。
 彼は、実際に、演奏の合間に、大勢の観客の前で次の様に言っています・・・「人生は、きっと皆のしたいことの為にある・・・今の内に(したいことをして)うんと沢山心の財産を増やしておくといいと思う・・・」と。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E5%B4%8E%E8%B1%8A
 

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金環日食・・・

2012-05-04 10:50:52 | Weblog
 ゴールデンウィーク中に、「東京スカイツリー」に上がった小学生が、「見えん!」と言っていましたが・・・予約だと、天気が悪いと、肝心の景色が見えませんね。同じ高いお金を払っているのに・・・。まあ、人間の力ではどうしようもない運も確かにありますね。
 173年ぶりの金環日食が、17日後の5月21日(月)に見られます。何と、日本で8.300万人もの人が見れることになります。で、次は、300年後とか?!(←エッ!)
 鹿児島では、7時20分05秒~7時24分17秒、東京では、7時31分59秒~7時37分00秒(わずが5分1秒)と、日本では、地域により時間帯が少しずつずれますが、朝の7時半前後と言えば、とても忙しい時ですね。ある学校では、始まりを遅くしたり、中には、休校にしたり・・・。
 金環日食とは、太陽が月に食べられる現象で(月食とは、月が地球の影に食べられる現象)、月と太陽と地球が一直線上に並んで起きます。月が地球より遠い所にあるので、金環が見えるのですが・・・。(近いと、月が地球の前で太陽をすっぽり覆う感じになって、皆既日食になります)。
 そもそも、月は、地球に対して楕円軌道で公転しています。それも、約5度傾いています。地球も、太陽の周りを楕円軌道で公転しています。いろんな条件が重なって、それに、地球は自転しているので、それに合って、かろうじて見えることになります。
 この天体ショー、是非、よく見たいものですね。出来れば、記録に撮りたいものですね。まあ、天気がいいことを切に祈っていますが・・・。
http://naojcamp.mtk.nao.ac.jp/phenomena/20120521/about.html

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