日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

品格の高いKドクタ一

2007-09-15 11:59:46 | Weblog
今でも、品格ある人として、いつも思い出しています。
 そのドクタ一は、大学の心臓外科のK教授。仲人を頼むのに医局員がその教授にどれだけお礼をすればいいのか、悩んでいた(助教授から教授になられたばかりであった)。で、周辺にさぐりを入れて聞いてみた。30万円とのことで、それを結婚式後にその教授に渡した。教授は、とてもとても恐縮して、15万円返してきた。
 私は、この教授(当時助教授)から、沢山のことを学んだ。朝は早くから来られ、夜は、病棟で遅くまで医局員に、いろいろ指導されていた。論文も、臨床的に直ぐに役に立つ感じの内容のものばかり。
 私は、K先生のアドバイスで、心カテを切開法から穿刺法にすることが出来る様なった。又、(小児科医による)心カテの検査の時に、K先生、忙しいはずなのに、心カテ室に常に顔を出していた。
 たまたま年の暮れ、私とK先生が、沢山の医学生に囲まれた(その学年の忘年会であった様だ)。で、医学生から、スナックに入ろうと誘われた。私の頭は、これだけの人の飲み代を払うのにどれだけいるのかとそのことで頭が一杯であった。
 迷っていた。その時であった。K先生は、「せっかくだから、田原先生、皆に一杯ずつおごって、それで早く出ましょう」と言われた。で、学生が勧めるスナックに入って、K先生のお話があって(どんな内容だったのか、今でも、お金のことで頭が一杯だったので、全く思い出せない)、沢山の医学生に1杯ずつ水割りが与えられて、私とK先生が1万円ずつ出して、その場を去った。(K先生は、バイトを下の医局員には積極的にさせていたのに、K先生はせず、お金に窮していたのを周りの人はよく知っていた)
 心臓のカンファランスで、今までの同じ様な手術実績から、上手く行かない確率が高いと予想される症例が呈示された。ある心臓外科医が、「今度は上手く行くかも知れないから、してみたい」と言う意味のことを言った。その時だった、いつも柔和な顔をされているK先生が、すかさず、「患者さんの命をどう考えているのか!」と言って、一喝した。その時、ここに素晴らしい医師がいると感じて、私は深く感動した。
 K先生、その後教授になり、病院長になり(K先生自身は、臨床が好きで、病院長などなりたくなかったのだが、周囲の強い希望でやむなくなっていた)、(当然)次期学長とまで言われていたが、残念なことに、急に病気で亡くなられた。その亡くなり方にしても、K先生の生き方が現れていた。
 小児の外科の救急疾患では、いつも気軽にテキパキと小児科医の要求に応じて手術してもらっていたのだが、K先生自身が具合が悪くなった時、時間外で大変だろうと思って遠慮して、直ぐに病院に行かなかった。それが災いして、翌朝、帰らぬ人になってしまった。K先生は、終始、他人に寛容で自分に厳しい至誠を保たれていた。
 このK先生の最も素晴らしいこと、それは、先生自身が、自分の自慢話を決してしようとしなかったことだ。
 現在、時に、時間にル一ズなドクタ一、約束を守らないドクタ一、他人に仕事を押しつけるドクタ一、人の悪口ばかり言うドクタ一、自慢ばかりするドクタ一、金にきたないドクタ一、肩書きを気にするドクタ一を見かけることがあります。品がないと思います。K先生程には自分はなれないですが、少しでもそれに近づける様に、努力して行きたいと思っています。



この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 為になるかも知れない本(そ... | トップ | リファイン建築 »
最新の画像もっと見る

Weblog」カテゴリの最新記事