大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2013年08月01日 | 万葉の花

<699> 万葉の花 (102)  しりくさ (知草)=サンカクイ (三角藺)

       白鷺の 染まずありける 白さかな

   湖葦(みなとあし)に交れる草のしり草の人みな知りぬわが下思(したおもひ)        巻十一 (2468) 柿本人麻呂歌集

 『万葉集』にしりくさの見える歌はこの一首のみで、ほかにも一首の植物は、あざさ、いちし、うまら、おもひぐさ、かたかご、さかき、しきみ、すもも、はまゆう、ひめゆり、ふじばかま、ほよ、わらびなど五十種にのぼる。よく知られる植物も見られるけれども、あまり馴染みのないものもうかがえる。しりくさはどちらかと言えば、あまり知られていない方で、四千五百余首の中の一首の晴れやかさを担ってあると言ってよく、この歌はしりくさにとってかけがえのない一首ということになる。

 湖葦(みなとあし)とは水門(みなと)、即ち、港に通じる言葉で、所謂、河口付近の水辺に生えるアシを言う。しりくさは次に来る「知りぬ」を導くために用いられた言葉で、歌の意は「河口のアシに交じって生える草のしりくさのように、人がみな知ってしまった。この私の密かに思う恋しい思いを」というほどに解すことが出来る。

 そこで、このしりくさという植物であるが、原文では「知草」と表記され、これを忘草や思草と同類の言葉として、「知る」から出ているという見解もあるようであるが、忘草や思草のように知草の名が用いられていることがないところをみると、これはそういう使われ方ではなく、単なる「しりくさ」の万葉仮名の当て字とみるのがよいように思われる。

                          

 では、このしりくさであるが、この歌から見て、しりくさは、まず、水辺のアシに交じって生える草本であることが言える。この条件に加え、『倭名類聚鈔』等に藺(い)を鷺尻刺(さぎのしりさし)と言っていることがあげられる。この点からしりくさは「知草」というよりも、むしろ尻草の表記がふさわしく、鷺尻刺(さぎのしりさし)から来ている名であると言ってよいように思われる。

  この鷺尻刺(さぎのしりさし)は、茎の先端が鋭く尖り、飛び来たったサギの尻を刺すという具合に見立てての命名で、藺(い)類の中でも、茎の先端が鋭く尖るサンカクイ(三角藺)を指すものと言われ、サンカクイの別名にサギノシリサシがあることでもわかるように、万葉歌の「しりくさ」はサンカクイというのが定説になっている次第である。

 サンカクイはカヤツリグサ科の多年草で、茎の断面が三角形であることからこの名がつけられている。草丈は一メートル前後で、その先端部分に盛夏のころから花をつける。花序の苞葉が鋭く、茎の先端に伸びて立つのが特徴で、鷺尻刺(さぎのしりさし)という名は鋩(きっさき)のようなこの鋭い形状に負っている。

  サンカクイは全国各地に分布するが、大和では自然に生えているものがなく、『奈良県野生生物目録』(2017年版)にその名がなく、観察出来るところとしては春日大社萬葉植物園の標本展示されているものが参考になる。奈良市佐紀町の磐之媛之命陵のお濠端に群生するものはカンガレイか、判別し難いところがある。写真はシラサギと花を咲かせるサンカクイ。