大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2012年05月20日 | 万葉の花

<261> 万葉の花 (2) つた、つな (都多、津田、綱、葛)=テイカカズラ (定家葛)

     愛の花 定家葛の 花の愛

 つのさはふ 石見の海の 言(こと)さへく 唐の崎なる いくりにぞ 深海松(ふかみる)生ふる 荒礒(ありそ)にぞ 玉藻は生ふる 玉藻なす 靡き寝し子を 深海松の 深めて思へど さねし夜は いくだもあらず はふつたの 別れし来れば 肝むかふ 心を痛み 思ひつつ 顧みすれど 大舟の 渡の山の もみち葉の 散りのまがひに 妹が袖 さやにも見えず 妻ごもる 屋上(やかみ)の山の 雲間より 渡らふ月の 惜しけども かくらひ来れば 天伝ふ 入日さしぬれ ますらをと 思へるわれも しきたへの 衣の袖は 通りてぬれぬ                                                                      巻二(135) 柿本人麻呂

  いはつなのまたをちかへり青丹よし奈良の都をまた見なむかも            巻六(1046) 詠人未詳

 『万葉集』に「つた」の見える歌は長歌五首、「つな」の見える歌は短歌二首で、あわせて七首になる。これに石(いは)にかかる枕詞の「つのさはふ」の「つの」を「つた」、「つな」と同じであるとする説に従えば、『万葉集』にツタ(蔦)と思われる植物の登場は十一首に及ぶ。冒頭にあげた人麻呂の135番の長歌の「はふつた(都多)」や1046番の短歌に見られる「いはつな(石綱)」のように、ツル性の這う蔓の特性により、次に続く言葉を示す枕詞の役目に用いられていることがわかる。

 この135番の長歌は人麻呂が妻と別れて石見の国から大和の都へ上り来るとき詠んだ「石見相聞歌」と呼ばれる一連中の一首で、この長歌では「はふつた(都多)の」と見え、「別れし来れば」という次に来る言葉にかかる枕詞として用いられているわけで、他の四首すべてがこの「はふつたの」という枕詞として用いられている次第である。一方、1046番の短歌は「岩に這うツタのようにまた若返って奈良の都を再び見ることが出来るだろうか」という意で、「つな」は「いはつな」の表記で用いられ、これも枕詞として用いられているのがわかる。

 そこで、この「つた」や「つな」がいかなる植物であるかが問われるところであるが、「はふつたの」とあることから蔓性のツタ(蔦)が考えられ、石を這う義として、賀茂真淵が、昔は角(つぬ)、綱(つな)、蘿(つた)を同じにとみて用いているゆえに、蘿を綱とも角ともいうと言っているところに従えば、「つな」にもツタが考えられる次第である。そこでツタであるが、ツタには地錦(つた)と絡石(つた)の二系統があり、地錦は「錦」とあるように秋に紅葉し、現在一般に認識されているツタ(蔦)であり、一方の絡石は「絡」の字が見られるように岩などに絡むところがもっぱら強調されて見えるツタで、紅葉を見ないツタとして見られていることが知れる。

 こうした観点から『万葉集』に登場する「つた」や「つな」を見るに、「はふ」という特徴を殊更に訴えて歌に取り入れている点から紅葉が印象的な地錦ではなく、絡石のツタであるということになる。で、常緑のテイカカズラ(定家葛)があげられるところとなっている。だが、固有の種を限定していうものではなく、ツル性のツタ類であれば、どのツタでもよいのではないかという見解もある。

 どちらにしても、『万葉集』に「つた」や「つな」のようなツル性の植物が思ったより多く登場を見るのは、自分の心情を歌にする抒情歌の特質から必然的に選ばれていると見ることが出来る。つまり、詠人は蔓性植物の蔓の特性をもって自分の事情を表現していると見て取れるところがある。135番の人麻呂の長歌で言えば、「はふつたの 別れし来れば」とあり、これは自分と妻の別れの事情を表現するのにツタの蔓が枝を分けるように、別れて来たことを言っているわけで、「はふつた」が「別れし来れば」の心情に強く絡んで、その言葉の綾と枝を分けて這い伸びるツタの特性とによってその別れの心情を歌の中で強めているということになる。

 なお、時代が下るに従って、ツタは『万葉集』のように用いる例は少なくなり、近代においては紅葉を詠んだ地錦のツタ(蔦)が主体となり、ツタと言えば、この紅葉の美しいツタが認識され、絡石のツタは種名のテイカカズラで呼ばれるのが普通になった。ところで、ツタとは言わないが、山地に生え、樹木や岩壁などに絡みついて這い上がるイワガラミ(岩絡み)というユキノシタ科の落葉ツル性の木本がある。深山に多いツルアジサイ(蔓紫陽花)に似るが、このイワガラミは平地でも見られ、大和でもよく見かけるので、ツタについてはこのイワガラミも連想されるが、どうであろうか。

 テイカカズラはキョウチクトウ科の常緑ツル性の木本で、中世の歌人藤原定家に因んでつけられた定家葛である。この名は、式子内親王に恋慕していた定家が死後もこのツタになって内親王の墓に纏わりつく謡曲「定家」の物語によると言われる。因みに五、六月ごろ咲く風車形の白い花冠の花は香りがよく、陶芸家、富本憲吉が好んで描いたことにより、憲吉の出身地、奈良県の安堵町では町の花に指定している。別名はマサキノカズラ、チョウジカズラ。 写真はテイカカズラ(奈良市内)。