Sbagliando si impara. (間違うことで人は学ぶ。)

イタリア語の勉強に、nonna ひとりでフィレンツェへ。自分のための記録。

月夜の森の梟 

2021年11月09日 | 読書
ホテルを出ると、あたりには秋の午後の長い日差しが射(さ)していた。散歩気分になり、
肩を並べてのんびり歩いた。どこからか金木犀の香りが漂ってきた。
橙(だいだい)色の小さな花をつけた金木犀は、香りが感じられてもどこにあるのか、
すぐにはわからない。さほど大きな樹(き)ではないから、民家の塀や立ち木の向こうに
隠れてしまう。風に乗って流れてくる甘い香りが、束(つか)の間、ふわりと鼻腔(びこう
をくすぐっていくだけ。
その時も同じだった。あたりを見まわしてみたのだが、金木犀の樹を見つけることはできな
かった。甘ったるい香りだけが、いつまでもあとをつけてきた。幸福な秋のひとときだった。
夫が発病する前々年、地元のホームセンターで金木犀の鉢植えが売られているのを見つけた。
平均気温の低い森の中ではなかなか育たないとわかっていたが、買い求め、庭の日当たりの
いい場所に置き、冬場は室内に移して大切に管理した。
 小さな金木犀は一度も花をつけないまま、夫の死後、鉢の中で静かに枯れていった』
                                     好書好日(Good Life with Book より


朝日新聞「be」特集で毎週連載されていた小池真理子作「月夜の森の梟」が発売されました。
夫である作家藤田宜永をしのぶエッセイです。
美しい文章に作者の哀しみが私の心に一層浸みてきて、同志でもあった夫を失った
小池真理子さんが、この深い悲しみの中へ消えて行ってしまうのではないかという
虚無感を味わいました。

私は数年前に身近な知人を失った時、「人生は一度きりで、あまりにも短い」と気付き、
強い悲しみと同時に空虚感でいっぱいになりました。
彼女から貰った”大葉の苗”の土の中に隠れてた小さな球根が今年も芽を出しました。

秋は突然訪れ、冷たい風と共に去って行く、図書館へ続く道