今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

応夢山 定光寺(愛知県瀬戸市定光寺町)

2014年11月19日 | 神社・仏閣
行ったことのない寺を訪れたいと思い道路地図から定光寺を選んだ
寺へと続く細い道に入った所で嫌な予感が

応夢山 定光寺
建武3年(1336年)、覚源禅師が尾張国山田荘水野郷を訪れ、この地方の領主の水野致国と美濃国小田の山内入道が開基檀越となり、臨済宗建長寺派の寺院として創建した

経蔵
嫌な予感というのは、この寺は初めてではなく1年前訪れていたのだ
脳細胞の働きが低下していることは毛髪と共に薄々感じてはいたが、確信に変わった



寛政元年(1789年)に建てられたもので一切経(大蔵経)を収めている
この白い経蔵に違和感があったことも思い出してきた



観音堂



聖観世音菩薩、薬師如来、毘沙門天などを祀っている



仏殿(重要文化財)



1340年に建立され災害に遭い、1534年に修理再興された



通称は「無為殿」



本尊は延命地蔵願王菩薩



薄暗い堂内に千体他地蔵を祀る



仏殿正面の木に遮られてしまうが、これはこれで趣がある



源敬公廟(重要文化財)



尾張徳川家初代徳川義直の廟所



獅子の門(重要文化財)



左甚五郎の獅子の彫刻があるらしいが、門が建物に護られていてよくわからない。



龍の門(重要文化財)



ヒッチコックや横溝正史のように時々画面の片隅に登場する私だが、この門ほど重要な存在ではない



源敬公廟・石塔(重要文化財)
慶安3年(1650年)に尾張徳川家初代徳川義直が没すると、その翌年から3年をかけて源敬公廟(徳川義直廟墓)が造営され、尾張徳川家の菩提寺となった



源敬公は義直の諡号



自ら「二品前亜相尾陽候源敬候」と号し石塔・位碑に刻ませる



印象に残っているのは殉死者の墳墓
源敬公に殉じた家臣の碑(前列5基)と陪臣の碑(後列4基)



客殿



敬霊閣 法要等を行う所



庫裡
聚星寮 僧院において炊事など日常の雑務を行う所



鐘楼
この下で住職が作業をしていたため上の部分だけ



地蔵尊 合同供養墓
本尊「延命地蔵尊」の石仏。仏殿脇に安座し合同墓となっている
身寄りのない方、祭祀継承者のない方、お墓を建立する予定のない方の為の合同墓



二度三度訪れることによって新たな発見があるのも寺のいいところだ



 


撮影 平成26年10月15日

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