今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

別宮山 光明寺 金剛院 南光坊(愛媛県今治市別宮町3-1)

2022年08月29日 | 神社・仏閣
訪問日 令和4年5月30日

別宮山 光明寺 金剛院 南光坊
四国八十八カ所第55番札所
真言宗御室派の寺院
四国霊場のうち「坊」がつく寺院はこの南光坊だけ
今治市の中心街にあるが起源は古く、航海の神、総鎮守・伊予一の宮の大山祇神社と深くかかわる歴史を有する
推古天皇御代2年甲寅(594年)に勅により大三島に造立
その後、越智玉澄公が文武天皇の勅を奉じて、大宝3年(703年)風波のため祭祀がおろそかになるのを憂いて当地に勧請
「日本総鎮守三島の地御前」と称して奉祭した

山門(四天門)
外側と内側に二体づつ四天王を配置し寺を守護する



南光坊の別称『日本総鎮守三島地御前』の扁額



四天王像
四天王は、「天部」に属し、仏教の守護神となる
*持国天/増長天/広目天/多聞天の頭文字をとって「持増広多(じぞうこうた=地蔵買うた)」という語呂合わせがある
 仏教世界を四つに分け、須弥山を中心としてその方角を護る

持国天(東)






増長天(南)






広目天(西)






多聞天(北)









手水舎



大師堂
本尊:弘法大師像



第二次世界大戦時、数多の焼夷弾が落とされたが、この堂の屋根を滑り落ち、堂内にいた避難者の全員が無事であったという



弘法大師(空海)は弘仁年間(810年 - 824年)四国巡錫の時、別宮に参拝して坊で法楽をあげたとされる






金毘羅堂
第二次世界大戦時、大師堂とともに空襲を免れた






薬師堂(瑠璃光殿)






弘法大師像



本堂
本尊:大通智勝仏
脇侍:観音菩薩立像と弥勒菩薩立像
巡礼者が多く、近づく事も写真を撮ることもできなかった



修行大師と本堂



撮影日 令和4年5月30日
コメント
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