今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

石鈇山 金色院 前神寺(愛媛県西条市洲之内甲1426番地)

2022年08月25日 | 神社・仏閣
訪問日 令和4年5月30日

石鈇山 金色院 前神寺(まえがみじ)
四国八十八カ所第64番札所
真言宗石鈇派総本山の寺院
日本七霊山の1つ、霊峰石鎚山 (1982m) の麓に位置する
*富士山・立山・白山(三霊山)+大峰山・釈迦ヶ岳・大山・石鎚山



西日本最高峰石鎚山の7合目標高1400mにあり、発祥より千年法灯を守ってきた山岳寺院であった
江戸時代以降の変遷により、麓の西田(標高50m付近)に本拠を移す



狛犬






惣門
駐車場で雨が止むのを待っていたが、目の前を傘もささず、ずぶ濡れになって歩いて行く巡礼者の姿があった
その姿は神々しく感動すら覚えた。私も傘とカメラを持って車から出た



極楽橋
惣門をくぐって参道を進み左に折れて薬師谷川をわたる



更に進むと正面に大師堂が見えてくる
左手には庫裡・納経所がある



鐘楼堂



大師堂



空海(弘法大師)も2度石鎚山を巡鍚した
虚空蔵求聞持法や護摩修行、断食修行などを行ったことが知られている



全身真っ黒い大師像を祀る
不定期で拝観できるという



彫刻



屋根に鳥がとまっているのかと思ったら違っていた



善識上人像(左)と善堯上人像(右)



宗教家の風貌には威厳がある



金毘羅堂(小堂)



穴薬師(側面に掘られた祠)
右が「薬師如来」左が「地蔵菩薩」



修行大師像(レリーフ石像)



水子地蔵像



十三佛像(舟形石仏)



浄土橋
最初の橋が「極楽橋」だった
「極楽・浄土橋」と聞くと渡りたくなる



御滝不動尊
1円玉を投げて滝下の岩肌に張り付くとご利益があるといわれる



大師堂右の石段を登った場所にあり、滝打修行が行われていた



護摩堂
本尊:不動明王
毎月20日護摩が焚かれる



打出の小槌のようなものが3つ置かれている
石でできているので「石鎚」か……



薬師堂
本尊:薬師如来(秘仏)



屋根に注目



拡大してみた
京都の醍醐寺での僧の説明によると昔の人は屋根に金をかけたという



薬師堂(手前)と護摩堂(奥)



本堂
開創は、天武天皇(在位673~86)時代に修験道の祖「役行者小角」
石鎚山で修行を積んだ後、衆生の苦を救済するために釈迦如来と阿弥陀如来が石鈇山大権現となって現れたのを感得し、尊像を彫って安置し祀ったことに縁起する



その後、桓武天皇(在位781~806)が病気平癒を祈願し成就されたことにより七堂伽藍を建立し、勅願寺「金色院・前神寺」の称号を下賜された
以降、文徳天皇、高倉天皇、後鳥羽天皇、順徳天皇など多くの歴代天皇の信仰が厚かった



江戸時代には、西条藩主 松平家の祈願所となり三つ葉葵の寺紋を下賜するなど寺運は隆盛を極めた
明治維新の神仏分離令により寺領を没収され、一時は廃寺を余儀なくされた



明治22年(1889年)に前神寺として復興をはたし真言宗石鈇派総本山として法灯を伝えている



本尊:阿弥陀如来
扁額には「無量寿」
<阿弥陀仏の寿命は無量である>



権現堂
石鈇山蔵王大権現を祀る。三体の権現像が毎月一度開帳され、加持される
2日前の金刀比羅宮の石段の疲労が残り、この石段を上がる気力がなかった(笑)




実は当初の目的は「前神寺」ではなく「石鎚神社 口之宮 本社」だった
朝からの雨で神社の駐車場で待機していた

小降りになったので外に出て「神門」を撮る



神像が天狗とは驚いた(初めての経験)
調べてみると「大天狗と烏天狗」のようだ












少し歩いたが本降りになったのと、本社までの距離を考え参拝を断念した
山頂への参道には「鎖の行場」で名高い試しの鎖、一之鎖、二之鎖、三之鎖がかけられている

撮影日 令和4年5月30日
コメント (2)
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