江戸川教育文化センター

「教育」を中心に社会・政治・文化等の問題を研究実践するとともに、センター内外の人々と広く自由に交流するひろば

「取掛西貝塚と1万年前の人々」-発掘調査報告から学ぶ-

2018-02-15 | 随想
私が小学生と歴史の授業を楽しんでいた頃は、「縄文時代とは今から約12,000年前から10,000年ほど続いた時代」だとしていた。
その後の弥生時代は、紀元前5世紀から古墳時代までのせいぜい1,000年足らずの期間と考えていた。(その後、紀元前10世紀まで遡るという研究結果も示されたが)

ところが、最近知ったのだが、縄文時代も研究が進み当初は3区分(前期・中期・後期)だったものが、その後の研究で前後に早期と晩期が付け加わり、さらに早期の前にも草創期があったという研究により、今では縄文時代は6区分に分けて考えられるようになったという。
したがって、今では「縄文時代は約15,000年前から・・・」ということになる。

その間には地球も気温変化による土地の変動もあったわけだから、生活様式も少しずつ変化していったのは容易に想像できる。
だから、「縄文時代」と一括りで同一に見るのは間違っている。

さて、そんなこともあって、今回の船橋市による催しには興味を持って参加した。以下、当日の感想を述べてみたい。







縄文時代ブームの様なものが時々起こるのだが、今、身近な所で縄文貝塚が発掘調査されている。
船橋市の「取掛西貝塚」は76,000㎡もの大規模なものだ。
2008年の第5次発掘調査で、日本最古とされる「縄文時代早期前半末葉の動物儀礼跡」が発見され話題となった。

今回は文化庁や千葉県教委の指導のもと、史跡保存整備に向けての調査を昨年から3カ年計画で実施されている。
関東周辺では、今までに1万年前の貝塚は5ヶ所程しか見つかっていないという縄文期の貴重な遺跡である。

市内では今までにも何度も遺跡が発見され発掘調査が行われたが、私の見てきたほとんどが調査後は埋め戻され宅地化されている。
私有地でやむを得ないこともあろうが、国や自治体がさらに保護に取り組むことが期待される。
もっとも、狭い日本にあっては代々住み続けるために遺跡の上に住居を建てる必然性があるのも頷けるが…。

しかし、この大規模な取掛西貝塚だけはしっかり残して後世に伝えてほしい。

船橋市教委社会教育課の主催(企画運営は、『ふなばし市民大学校生涯学習サポート学科』)による講座が葛飾公民館を会場としてされた。
案内チラシのトップには「1万年前の縄文ワールド」〜取掛西貝塚発掘から見えたもの〜との記述。

会場には発掘された土器や装飾品等が一部展示されていた。
講師を務めていただいた白﨑智隆さんの話は、ステージに設置されたスクリーンにプロジェクターで航空写真や各種資料を映し出しながらテンポよく分かりやすいものだった。
考古学者らしく発掘された事物を踏まえながら考察していくという実に説得力もあった。
また、大きな遺跡の調査は全て掘削するのではなくトレンチという溝を掘って部分から全体を類推する方法もあることを知った。

今回の調査は1T〜11Tまで11ヶ所のトレンチを設定しての発掘だった。
そこから発見されたのは、土器などの他に縄文時代早期や縄文時代前期の竪穴住居跡が20件以上もあったという。
この時期としては希少な貝層(ヤマトシジミ主体)を住居内で発掘されたというから確信の持てるものだ。
私は、このヤマトシジミを手に取って1万年前の世界に思いをはせた。

今年は引き続き西側を調査するという。
大いに夢がふくらむ。
尚、講演会の休憩タイムには講師と所長の石坂さんもご一緒されて、発掘品を囲む様な形で質問をしながら具体的な話も聞けた。

それにしても、歴史は事実を具体物や事象によって裏付けられたものがいかに重要かと気付かされる講演会であった。
これは、縄文時代に限らず人類が歩んできた道程を検証するための視点としてこれからも大切にしていきたい。


<すばる>
ジャンル:
歴史
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 道徳教科書「おかしいだろ、... | トップ | 卒業式の主役は子どもたちでは? »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

随想」カテゴリの最新記事