江戸川教育文化センター

「教育」を中心に社会・政治・文化等の問題を研究実践するとともに、センター内外の人々と広く自由に交流するひろば

夏休みの宿題

2019-09-11 | 随想
夏休みが終わり新学期が始まって10日余りが経ったが、夏休み明けに子どもたちはどんな顔をして登校しただろうか…?
また、教員はどんな顔で何を語ったのだろうか…?

現役を離れた私が気になる問題である。

昨年の今頃、私は新聞のある記事から「夏休みの宿題」のことを考えていた。
今、たまたま読み返してみたが、全く心境は変わらず同じである。
あつかましいようだが、以下に再掲する。

今年の夏休みが始まる前に、子どもたちとどんなことを語り合っただろうか?
特に現役教員の皆さんには考えていただきたい。



作家の安岡章太郎の小学生時代のエピソードとして紹介されていた記事(東京新聞8/31付『筆洗』)があった。

「夏休みの最終日まで宿題に手を付けなかった。白紙の宿題帳を見た母は驚きと怒りで<お前、死になさい、お母さんも死にます>と口走った(『まぼろしの川』)。そこから母子による宿題との闘いが始まる。でたらめな答えを二人で書き込み続けた。<その夜のことを、私は一生忘れまい>。作家は初めての徹夜に大人になったような興奮も覚えた。話は傑作の短編小説『宿題』にもなる。」


「この子あって、この母あり!」いや、「この母あって、この子あり!」かもしれないが、実に微笑ましい光景として私は受け取った。
当の本人たちにとってはそんな流暢に構えていたわけではないだろうが…。


「夏休みの宿題」なんて、およそそんなもの。
何も目くじら立てて対応するようなものでもないはずだが、いったん「宿題」として子どもや家庭に課すからには、責任は教員側にある。

課された当の子どもや親たちにの思いに、教員はどれだけの想像力が持てるのであろうか?


私は自分が現役時代に行ったいくつかのパターンの「夏休みの宿題」を思い起こした。
けっこう罪作りな事もしたと思うが、「そんなもん、やってもやらんでもいい」という考えが根底にあったのも確かだ。

もちろん、宿題なんて出さないこともあったし、複数クラスあった学年では宿題について共通の認識で臨んだこともあった。
結論から言うと、単学級の時は出さないことが多っかたし、学年で協調する時は自由な枠を可能な限り広げて「おもしろ宿題」的にやったこともある。

ところが最近では、担任が自由な発想ができずに頑なに宿題にこだわったり、逆に親側から要求されて身動きが取れなくなったりしているのではないだろうか。


では、どうしたら良いのだろう?

この安岡少年の様に最終日まで白紙の様な子にはどう対応するのであろうか?
「でたらめな答え」を書き込まれた宿題を見て、どんな言葉掛けをするのであろうか?

筋から言うと、宿題を出した責任という視点では、それを子どもができなかったら手をさしのべて共に成し遂げるようにしなければならないのだが、この忙しくも慌ただしい今の学校でそんなことを行う時間さえないだろう。

であるならば、「やって来なくても別にいいじゃないか」と教員側が開き直るしかない。
つまりは、自分の責任放棄を子どもたちに転化するのではなく、自らが開き直るしかないのである。

最悪なのは、責任放棄しながらも子どもを責めるやり方だ。
「何でやって来なかったのか⁉︎」
「やるのが当然でしょう!」などと言うのは教員失格の烙印を押されても仕方ない。


「母と子でデタラメを書き込み続けた」というエピソードを、目の前の子どもたちと共に笑い合える関係こそまともな関係ではないだろうか。
そして、「本当のところ、みんなはどうしたい?」
「どんな夏休みがいいのかな?」と話し合えたら素晴らしい。

できたら、それを来年の夏休みが始まる前に行ってほしいと切に思う。



<すばる>

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