江戸川教育文化センター

「教育」を中心に社会・政治・文化等の問題を研究実践するとともに、センター内外の人々と広く自由に交流するひろば

「副校長補佐」という仕事ー6(本業はやっぱり事務②)

2020-10-24 | 随想
慣れない仕事は疲れるが、パソコンを使った作業は今の教員にとっては当たり前になっている。
(今更言うのも野暮な話だが)

職員室の机上には全員が同じパソコン(当然ながら区が配備)を設置されて使っている。
私自身が初めて私物以外のパソコン使用を義務付けられたのは、定年退職して非常勤教員になった時だった。
一気に仕事が増えた感じがした。

何故こんな事をあらためて問題にするかと言えば、アナログからデジタル化したことによる変化は想像以上に学校社会に大きな影響を与えたからだ。

個人的にはパソコンが普及する前からワードプロセッサー(ワープロ専用機)を使っていたので、ただ文章を作成するだけなら抵抗はないが、コンピュータの様々な機能を駆使して仕事に活用する(させられる)経験は浅いし、あまり使いたくはない。
例えば、直接声を掛け合ったりして連絡すれば済むものを、何でもメールで行うのはいかがなものかと思う。
必要なデータだけ送れば済む話だが、これも昔に比べたら必要以上に増えている。
要するに、簡単に送れるためどうでも良いような細かい事まで連絡してくるようになったのである。

「教育のコンピュータ化」や「GIGAスクール構想」については別途述べるべき内容だが、少なくともパソコンの使用が義務化されたことにより、学校教育における自由の領域が縮小されたことは否めない。
つまり、便利さを隠蓑にして、創造よりは管理が強化されることになったというのが私の認識である。
ここで主に問題化してるのは校務関係の話ではあるが、教科書のデジタル化等々の授業に関わる部分でも当然ながら問題がある。

同じパソコン化にしても、自分たちが必要に感じて自ら開発していくのと、行政側から与えられて活用領域まで決められるのとでは全く異なる意味合いを持つ。

私が学校におけるパソコン化(デジタル化)そのものを否定しないのは、かつて自分たちが試行錯誤しながら通知表を手書き方式からパソコン化した経験があるからだ。
これは、全く自分たちの発想で「ウチの学校ではこんな形の『あゆみ』がいいな」というものを作成したのだから使い勝手も良かった。
もちろん、評価項目や記述形式も自校方式で行い、行政側からの縛りは一切ないものであった。
(因みにこの頃、当局は通知表のデジタル化を計画していたようで、我が校へも何度か見学に来たことがある。参考にしたいので云々ということであったが、数年後に我が校とは似て非なるものを作成して区内全校をほぼ画一化する方向へ舵を切ったのは今でも許すことができない。)

これにより、学期末の成績作成時間が短縮して余裕ある仕事が可能になった。
今のように、一つ効率化するとその分だけ新たな仕事をせざるを得ないような状況にはならなかったのは当然だ。

話がかなり仕事から離れてしまったが、今、現に私が行っている仕事は、管理業務そのものである。
簡単に言えば、出勤簿や休暇簿といった紙ベースのものをやめて全てコンピュータで一括管理するために、その経過措置的な作業をしているわけだ。
未だ紙ベースは使いつつ少しずつパソコンにも入力するという状態である。

しかし、教員たちは授業や生活指導で多忙なため、一定の所までは管理職側で準備しておくわけだ。
その作業を「補佐」の私が中心に進めている。
かつての私、いや1ヶ月前には考えられないような作業をしているのだ。

(つづく)

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