団塊タケちゃんの施術日記

一人二人生の旅立ち

「あゝ上野駅」を聞いて

2020-11-27 10:39:00 | 社会・経済

NHKFMラジオの「歌謡スクランブル」で、井沢八郎さんの「あゝ上野駅」が放送されました。東京五輪が開かれた昭和39年の5月に発売された曲です。

上野は おいらの 心の駅だ/くじけちゃ いけない 人生が/あの日 ここから 始まった

の歌声に続いてセリフがはいりました。

「父ちゃん、僕がいなくなったんで 母ちゃんの畑仕事も大変だろうな。今度の休みには必ず帰るから、そのときは父ちゃんの肩も母ちゃんの肩も、もういやだっていうまで叩いてやるぞ。それまで元気で待っててくれよな」

上野駅は東北から集団就職する中学卒業生の終着駅でした。高度成長期、「金の卵」と呼ばれた子どもたちの支持と共感を集め、「あゝ上野駅」は100万枚のヒット曲になりました。

集団就職をした15~18歳の父母ならば、30代後半から40代です。働き盛りが畑仕事で疲れ果てているの、思ってしまいました。1960年代の働き盛りはそんなに疲れていたのか?

私たち団塊の世代は、40代はモーレツ社員として働き、コマーシャルでも「24時間闘いますか」とはっぱをかけられました。

そんな話をカミさんにしたら、「私の中学時代、父や母の腰や肩をよくもまされたわ」との言葉が返ってきました。

団塊の世代から事務職などの頭脳労働が中心になりましたが、60年代の働き盛りは肉体労働が主でしたから、疲れ方が違うのかもしれないと思い至りました。

 

 

 

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