団塊タケちゃんの施術日記

一人二人生の旅立ち

コンサートの打ち上げからホノルルマラソンに参加することに

2018-08-03 09:57:03 | 健康・病気

すずききよしさんのコンサートがあり、その打ち上げで中華料理店に行きました。1986年夏のことでした。一緒に出演した歌手の高石ともやさん、さとう宗之さん、紙ふうせんの後藤悦治郎さん、平山泰代さん、スタッフのみなさんが一緒でした。

宴が盛り上がったところで、マラソンランナーでトライアスロンの優勝経験がある高石さんから「ホノルルマラソンは時間制限がありません。歩いてもゴールできます。一緒に走りませんか」と誘われました。高石さんは小学生のお嬢さんを含む家族3人で参加するといいます。後で確認したら、高石さんは誰にでも「一緒に走りませんか」と呼びかけていたそうです。

お酒が入ってよい気分だったこともあり、「走りましょう」と答えてしまいました。かけっこが大嫌いな私がこんな返事をしてしまったのは、お酒のなす力なのでしょう。

小学校6年のとき、100メートル競走で20秒もかかり、クラスで一番でぶの男子と同じタイムでした。中学校に入っても50メートル走が9秒6で、いつも同級生から大きく遅れて走っていたのに。運動会の日は「いつも雨降れと祈っていた私がなんで」と後から再三後悔しました。

その年の9月に大阪版編集者に異動になり、午後3時から深夜までの勤務となりました。勤務時間帯が変わったからといって、睡眠サイクルがそう簡単に変わるものではありません。午前3時半ごろ帰宅して風呂に入って4時過ぎ床についても、朝7時ごろには目が覚めます(3か月ほどたつと、午前4時に寝たら、7時間程度眠れるようになりました)。

そこで、初マラソンに挑むため「42.195キロを走るために」というマニュアル本を購入しました。短距離からスタートし、最後は42.195キロの完走を目指し、朝食後、自宅周辺から走り始めました。

途中で15キロマラソンやハーフマラソンの大会に参加し、完走できたので自信が少しづつつきました。1986年12月7日、ホノルルマラソンでは、途中歩きましたが、4時間27分で完走できました。

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