団塊タケちゃんの施術日記

一人二人生の旅立ち

133人の韓国孤児を育てた「38度線のマリア」望月カズ

2020-11-24 09:26:45 | 健康・病気

大阪韓国文化院(大阪市北区中崎2丁目)で開かれている、韓国の風土と人々を撮り続けている写真家藤本巧さん(71)の写真展「誠信の交わり」の中に「民族の垣根を越えて韓国の人たちと接した日本人 韓国の地に眠る」という特別企画があり、6人の日本人が取り上げられていました。

6人とも私がまったく知らない人たちでした。その一人が韓国の孤児133人を育て、「38度線のマリア」と呼ばれた望月カズさんでした。

その経歴を読んで、とてつもない過酷な運命を生き抜いてきたことに驚きました。父の顔を知らないまま、4歳で母親と満州に渡りましたが、6歳のとき、母が亡くなり孤児に。農奴として転売されながら、生き抜きました。

戦後、ソウルにいたとき、朝鮮戦争が勃発、銃弾で倒れた女性の胸に抱かれた男の子を助けたことから、孤児を育てることを決意したといいます。バラックを建て、肉体労働や露天での理髪業を営み、時には売血をして孤児たちを育て続けました。

1963年に理髪業の資格を取得してから、「愛の理髪師」として、その名が知られるようになり、手記の「この子らを見捨てられない」はベストセラーに。この本を原作にした映画「愛は国境を越えて」は日本でも上映されました。

長年の重労働から体調を崩し、1983年11月12日、ソウル市内の自宅で亡くなりました。56歳でした。「富士山の見える所で眠らせてほしい」と生前、話していたことから、静岡県の瑞林時に分骨埋葬されています。

圧倒された生き方でした。「望月カズ」はウイキペディアにも載っていましたから、私が知らなかっただけかもしれませんが、すさまじい人生を生き抜いた日本女性でした。

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