団塊タケちゃんの施術日記

一人二人生の旅立ち

学習塾、予備校がいっぱいの佐賀

2015-10-06 09:51:59 | 社会・経済

佐賀市の城下町を自転車で走ってきました。ホテルの自転車を一日500円で借りて、佐賀城跡、佐賀城本丸歴史館、佐賀県立博物館、佐賀新聞社などを見て回りました。街を走っていて、目についたのは学習塾、予備校が多いことです。道路に面したガラス窓に「九州大〇〇人合格」「佐賀大××人合格」と大きく掲示されていました。中には、「九州大合格〇〇さん」と個人名が書かれた掲示もありました。

「地方再生」の掛け声は繰り返し政府から流れますが、地方は確実に衰退しています。地方には働く場が年々狭まってきています。地方勤務が長かった私の体験では、地方で安定した就職先を探そうとすれば、県庁、市役所、警察、教職員くらいしかありません。国の支援を受けて、工業団地を次々と造成しましたが、コスト面などで進出する企業はほとんどなく、雑草が茂ったままのところが目立ちました。

佐賀市は県庁所在地ですから、JR佐賀駅前などには銀行の支店、ホテルといった中高層の建物があります。でも、とりわけ立派な高層建築は、県庁や市役所、国の出先機関でした。郊外の町に出ますと、鉄筋の建物は町役場、小中学校、病院しか見当たりません。

佐賀藩は、教育に力を入れ、財政難に陥った藩を立て直した歴史があります。10代佐賀藩主、鍋島直正は藩校弘道館を拡充し、教室、講堂、武芸場、寄宿舎などの施設を整備し、優秀な成績を収めた者は身分にかかわらず、藩政の中枢に登用したといいます。

同時に、役人を5分の1に削減、借金の8割放棄と2割の50年割賦を商人に認めさせるなどの大ナタを振るう一方、磁器、茶、石炭などの産業を育成し、藩財政を再建しました。それらの政策を断行したのが、弘道館から起用された人たちとされています。軍事力にも力を入れ、明治維新では、薩長土肥として官軍の一角を担いました。

教育の力の大きさを知る県民性からでしょうか、学習塾、予備校に通う児童・生徒が多いのだろうと思いました。経済成長を期待できず、格差が拡大する一方の現在、子どもたちの将来を考えると、息苦しい気持ちを覚えました。

 

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