団塊タケちゃんの施術日記

一人二人生の旅立ち

自分のすべてを空っぽにして死んでいきたい

2012-08-16 09:43:12 | 健康・病気

天台宗の総本山、比叡山延暦寺で「千日回峰行」を二度満行し、「大阿闍梨」と呼ばれる酒井雄哉さん(85)が「自分のすべてを社会に残して、空っぽで死んでいくのが理想、一番いいのじゃないか」と話していました。週刊文春の連続インタビュー「私の大往生」に掲載されていました。酒井さんは、財産はもちろんだが、知識も「自分の経験を次の若い人たちに伝えていく。本に書いてもいい、お喋りな人は口頭でもいい、自分の学んだ事を伝え切って、死ぬ時には何も残ってないってのはいいよね」と語っていました。

酒井さんは戦時中、予科練に入り、特攻隊の基地であった鹿屋飛行場(鹿児島県鹿屋市)に勤務しました。そこで、米軍機の機銃掃射を受け、足の速かった友人は森に逃げ込んだのに即死し、足の遅い酒井さんが助かりました。戦後、大学の図書館に勤めたり、両親が東京・荻窪で始めたラーメン屋の手伝いをしたりしましたが、どれも長続きしませんでした。33歳の時、妻が自殺、その後40歳で比叡山で得度しました。

10年ほど前、講演の依頼で山中の「飯室不動堂」の酒井さんを訪ねたことがあります。壮絶な人生を歩いたとは思えない、たんたんとした調子で物静かに話すおじいさんという風情でした。部屋の隅に置いた花瓶の花の生け方を、同行した友人が「いいですね」というと、「適当に生けているのです」と言って、手元の花を花瓶に放り投げて入れたのが印象的でした。

酒井さんは「一日一生」という言葉を残したい、とも言っています。「今日の自分は今日でお終い。明日はまた新しい自分に生まれ変わる」とも。「要するに今が一番大切ということ」と話しています。

「空っぽにする大切さ」を、タケちゃんは実感したことがあります。そのことは次回に。

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