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慰安婦の数が20万人とされていますから、この世代の実に30%もの女性が慰安婦になった事になります

2015年05月31日 | 歴史

慰安婦の数が20万人とされていますから、この世代の
実に30%もの女性が慰安婦になった事になります。


2015年5月31日 日曜日

『「慰安婦」問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明』に足りないこと 5月26日 諌山裕

上記の歴史学会の声明に足りないこと。

(1)歴史的事実とする資料の提示がない。

 声明文の中に書ききれないであろう資料は、リンク先を明示するか、別紙資料を用意した方がいいのでは?
 「強制連行された「慰安婦」の存在は、これまでに多くの史料と研究によって実証されてきた。」という資料は、研究者達にしか目にできないもので、私たちが見て、読んで確かめることができない。この一文だけでは、真偽を判断する材料にはならず、説得力が乏しい。

(2)人数の明示がない。

 慰安婦がいたことを否定する人はいないと思う。それは日本だけのことではなく、韓国が米軍のために用意した慰安婦もいたのだし、ベトナム戦争で韓国がベトナム人を慰安婦にしたことからも、過去の戦争には付随したものだったともいえる。

 問題はその規模。
 韓国は20万人などという、信じがたい数字を挙げているが、70年前の時代に短期間で20万人を輸送するのは不可能なくらい大変なことだったのではないか? 交通機関の発達した現代ですら、20万人を輸送するのに、どれほどの船舶・飛行機が必要か、コストはべらぼうにかかる。
 戦時中、兵員を輸送する船舶は、民間の船を転用することが多かったようだが、一度に運べる人数は、500~1,000人くらいだったようだ。船の大きさにもよるが、定員超過で4,500人くらいが限度だったとか。戦艦大和の定員ですら、最大3,332人。
 仮に船で3,000人を一度に運ぶとしても、延べ134往復も、戦地とのあいだを行き来しなくてはいけない。軍事行動として兵士を運ぶだけでも大変なのに、慰安婦を運ぶことに艦船を割り振るのは、割に合わない気がする。陸路であれば、もっと少ない人数しか運べない。

 韓国が執拗に慰安婦を問題にする一因は、20万人という数字にある。
 歴史家として事実の究明を真義とするのなら、実際の慰安婦が何人だったのかの解明もしてほしい。20万人もいたのなら、名乗り出た生存者や身内の親兄弟子供が少なすぎる。親2人、兄弟2人、子供2人いるとしたら、関係者は120万人いることになる。しかし、本人あるいは親族が慰安婦だったと名乗り出た人は200人あまりしかいないのはなぜ?

 生存率は25%ほどだったとされているので、200人の母数は800人になる。逆に、20万人の25%は5万人である。このギャップはどういうわけ?

 これについては、興味深いブログがあった。

慰安婦20万人説は大ウソ! : 在日朝鮮人から見た韓国の新聞

慰安婦が満17歳以上という条件で募集されていましたが、
アメリカの調査でも分かっている通り、実際、在職者年齢は19歳以上でした。
また調査の結果、慰安婦の中心年齢は20代前半でした。

ここから計算です。

1920年の朝鮮半島の人口が1691万人。
1930年の朝鮮半島の人口は1968万人。
この10年間で277万人が増えていますので、1945年時点で20代前半の人口は半分の138.5万人。
男女比はおよそ105:100なので、1945年に20歳代前半になっていたであろう女性の人口は67.6万人であったと推計されます。

慰安婦の数が20万人とされていますから、この世代の実に30%もの女性が慰安婦になった事になります。
また、生存率が25%という数字を良く見かけますが、これが本当なら、
戦後、20代前半の女性の人口は52.5万人まで減少していたことになります。

(中略)

さぁ、慰安婦として30%も連行され、
生存率25%という過酷な試練の結果、
この世代の女性が67.6万人から52.5万人と出産人口が22%も減った結果!

人口のくぼみができていませんでした。
60~64歳のところの人口が大きく減っているはず

通常の戦争であってもその痕跡が残りますが、
強制連行された結果、出産人口が22%減というのは、
それ以上、くっきりとした大きな痕跡を残さないのはおかしいのです。


 現実的に考えて、一度に連れて行ける慰安婦の人数は、数十人ではないかと思う。それも兵員や武器・食料などと一緒に運んだはずだ。
図録▽アジア各地における終戦時日本軍の兵数
 によると、陸軍=296万3300人、海軍=38万1800人というデータがあるが、20万人というのは、海軍の兵力に匹敵する数字だ。
 慰安所の数は、一説には400カ所というのがあるが……

慰安所と慰安婦の数 慰安婦問題とアジア女性基金

昭和17年(1942年)9月3日の陸軍省恩賞課長の報告では、「将校以下の慰安施設を次の通り作りたり。北支100ヶ、中支140、南支40、南方100、南海10、樺太10、計400ヶ所」とあります。


 この報告書が本物だとしても、本当のことを報告しているとはいえない。大本営発表にもあるように、虚偽の戦果を発表したり、成果を出したように嘘の報告をすることは、多かったと思われるからだ。その点、当時の軍隊は指揮系統が腐っていたとはいえる。

 慰安婦は存在していたし、強制性もあったことは事実だろう。
 それを否定しているわけではない。

 当時は、日本人にすら「自由」はなかった。赤紙で強制的に徴兵されていたのだし、軍や政府を批判すると非国民として問答無用で逮捕されるような時代だ。
 現代のような自由も人権もなかった。人権を尊重されなかったのは、慰安婦だけではなかった。

 歴史を直視するには、慰安婦の人数も実態に近い数字を割り出す必要があるように思う。
 1000人よりは多いだろうけど、1万人よりは少ないかもしれない。しかし、20万人は疑問符だ。また、前述の「 慰安婦問題とアジア女性基金」のデータによれば、日本人慰安婦が20.4%いたことになっているが、そのことはほとんど話題になっていない。(後略)



(私のコメント)

中国や韓国の歴史教育はプロパガンダであり史実がどうであったかは問題ではないようだ。従軍慰安婦が20万人と言うのもプロパガンダであり、南京大虐殺が30万人もプロパガンダだ。数字は大きければセンセーショナルだから根拠も無しに大きな数字が独り歩きをする。

しかし科学的に考えればそれが物理的に可能かどうか考えればプロパガンであである事は直ぐに分かるはずだ。従軍慰安婦が20万人と言う説も当時の朝鮮半島の若い女性の数からすれば大きすぎる数字であることは考えれば分かる事だ。

最近ではアメリカの歴史学者の声明でも20万人は言わなくなりましたが、アメリカの歴史教科書では20万人と書かれているそうです。戦後の人口構成からしても従軍慰安婦に大きな犠牲者が出たそうですが、人口構成から見てもその証拠が無い。

実際に従軍慰安婦が日本軍に強制連行されたというのなら、軍の資料などが残されているはずですが見つかってはいない。それに対して米軍慰安婦や韓国軍慰安婦についてはアメリカの公文書などでも確認されている。むしろ日本軍慰安婦は高給をもらって多くの貯金を蓄えていたというアメリカの公文書はある。

一体アメリカや日本の歴史学者の団体は、一種のプロパガンダの団体であり歴史学の団体ではないようだ。歴史のウソを暴き出すには数字のウソを暴くのが一番説得力がありますが、物理的に不可能な事は誰にでも分かる。物的な証拠にしてもアメリカ軍慰安婦や韓国軍慰安婦の存在を示す公文書があるのに日本軍慰安婦の公文書が無いのは焼却されたからだという説があるが、戦中戦後の混乱期に膨大な公文書を全部焼却する事など不可能だ。

このような従軍慰安婦の問題は、90年代になって大きく扱われるようになり、これは冷戦の終了でソ連が崩壊してアメリカは日本の経済力に矛先を定めた事から出て来た事なのだろう。東京裁判では南京大虐殺が問題となりましたが、終戦直後なのだから南京に行けば物的な証拠はいくらでもあるだろうし証人もいくらでもいたはずだ。

従軍慰安婦でも本当なのなら終戦直後なら当事者本人や親兄弟などがいて、日本軍が銃を突き付けて娘をさらって行ったなどと言った証言はいくらでもあったはずだ。しかし朝鮮人の警察官もたくさんいたし、事実そんな事があれば警察沙汰になって問題になっていたはずですが、警察などでもそのような文書は見つかっていない。新聞記事すらない。

むしろ民間業者に軍の名を借りて騙す例は新聞記事でもなっていたからあった事は分かっている。逆に言えば軍が強制連行しなくても民間業者がいくらでも売春婦を確保できていたという証拠になる。当時は売春は女性の商売であり認められていた。

つまり70年前の事を持ち出してきて現代の倫理観で人権問題として裁くのは間尺に合わないのですが、要するに従軍慰安婦問題はプロパガンダであり歴史問題ではない。これは東京裁判を正当化しようとしたアメリカの仕掛けた事であり、アメリカの歴史学者はようやく従軍慰安婦問題から誤りの一部を認めだした。


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