株式日記と経済展望

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ソ連にはノーメンクラツーラと呼ばれる官僚支配階級制度があり世襲制を敷いていました。

2009年04月30日 | 政治


by CyberBuzz

ソ連にはノーメンクラツーラ(赤い貴族)と呼ばれる官僚支配階級制度が
あり世襲制を敷いていました。日本も議員の世襲化でソ連のように滅ぶ。


2009年4月30日 木曜日

世襲新人も世襲現職も「お国替え」で出直せ 4月29日 大西良雄

国会議員の世襲制限が総選挙の争点の浮上しようとしています。その是非を論じる前に、社会がエスタブリッシュメント(既成階級)によって支配され、日本社会から活力が奪われている、その原因について考えてみたいと思います。

戦後64年、大空襲の廃墟から立ち上がり、わが国が世界第2位の経済大国にのし上がったのは、官僚がしっかりしていたからでも政治家が優れていたからでもありません。経済人、ひいては市民、労働者が優れていたからだと私は思っています。この優れた経済人と市民・労働者を育てた装置が、誰でも社長になれる、誰でも学者になれる、誰でも官僚・政治家になれるという「機会の平等」の社会装置だったと私は考えてきました。

崩れた「機会の平等」という社会装置
平等には「機会の平等」と「結果の平等」があることを皆さんも良くご存知だと思います。いま盛んに求められているのは、所得格差の是正をはじめとする「結果の平等」です。「結果の平等」を求め過ぎると、怠けものが税金で救われる、いわゆるタックス・イーター(税金のただ食い人)を産むという批判もあります。たとえば、外車を乗り回しているのに生活保護費を貰っている人たちや働く気がないのに仕事先を変えて何回も失業給付費を貰っている人たちのことをタックス・イーターといいます。

しかし、いま起きている所得格差などの「結果の不平等」は、どうやら怠けた結果ではなさそうです。タックス・イーターたちの問題でもなさそうです。いまの所得格差は、経済学でいう「所与の」所得分配の格差から生じる「所得獲得機会の不平等」によってもたらされているといえます。たとえば、親に資産・所得がないために子供が勉学の機会が得られない、成績が良くても進学できない。その結果、まともに就職できない、職を得ても短期の単純労働でスキルが身に付かず正式社員になれないという不平等です。

親に資産・所得があるか、ないか、は子供にすればどうしようもない「所与の」問題です。その所与の所得分配格差で生涯所得が決まるとすれば、こんな理不尽なことはありません。よく指摘されることですが、東大、京大、一橋、早慶などエリート大学の学生の親の平均年収は、それ以外の大学の親の平均年収よりはるか高いというではありませんか。親に資産・資力がなければ、入試学力を身につけることができず、エリート大学には入れない時代になりました。

私の学生の頃は、親が貧乏でも子供が優秀であれば親類縁者が学資を出し合うような助け合いもあって、教育機会が子供たちの間で平等に与えられていたように記憶しています。貧乏人の息子・娘でも勉強ができれば最高学府に入学でき、官僚・政治家あるいは経営者、学者になれたのです。親の資力とは別に親類縁者の支援や奨学金で学び立身出世できるという「機会の平等」の社会装置があったから、誰もが夢を持つことができ、努力を重ねることもできたのです。その市民・労働者の努力と一所懸命さが日本に活力をもたらしたのです。

まるで貴族院のような衆議院
しかし、それも遠い昔のことになりました。いまや「機会の平等」は薄れ「機会の不平等」がどんどん膨らんで来ているように思えます。その膨らむ「機会の不平等」の典型例が世襲議員の跋扈です。世襲候補は親族から地盤(後援会)、看板(知名度)、鞄(金脈)を与えられ最初から有利な選挙戦を戦うのです。親族から譲られるものが何もない対立候補者よりずっと有利であることは疑う余地がありません。それでも落選するとすればよほどのぼんくらなのでしょう。

世襲議員支配には、眼を覆いたくなります。麻生内閣の閣僚17人中12人、つまり7割が世襲議員です。現職の自民党衆議院議員303名のうち107名、つまり3人に一人が世襲議員で「石を投げれば世襲に当たる」という状態です。野党(現職)にも16人と少数ですが世襲議員がいます。民主党代表の小沢一郎をはじめ党幹部には鳩山由紀夫、横路孝弘、赤松広隆、羽田孜と世襲議員がたくさんいます。国民新党代表の綿貫民輔も世襲です。少ないからといって胸を張れる状態ではありません。

世襲議員はさらに増殖しそうです。300の衆院小選挙区には、与野党含め実に184名もの世襲議員及び世襲予備軍がひしめいていると「週刊ポスト」(5月8/15日号)は指摘しています。大変な数です。次の総選挙で彼らがすべて当選するようなことになれば衆議院が戦前の華族世襲の貴族院のようになってしまいます。「機会の不平等」によって選出された貴族のような世襲議員が、教育や就業の「機会の平等」を守り「機会の不平等』から生じる所得の格差を是正するというのですから、なんとも滑稽、面妖ではありませんか。

世襲新人も世襲現職も「お国替え」
かといって世襲現職は放っといて、小泉進次郎さんのような世襲新人の立候補だけを禁止するというのも公平さを欠きます。どうせやるなら世襲現職も世襲新人もすべて国替えさせたらどうでしょう。イギリスでは、「下院議員は親子が同じ選挙区から出馬することを規制している」「政治家の子供が立候補する際、親と違う選挙区に送り込む」(「週刊ポスト」同号)そうです。
小泉進次郎さんを小泉純一郎さんの神奈川11区からではなく小沢一郎さんの岩手4区から出馬させたらどうだろうとも「週刊ポスト」は言っています。

確かに名案です。世襲だからといって世襲新人の立候補を禁止すれば、25歳以上であれば誰にでも与えられる被選挙権を奪い、職業選択の自由を侵す憲法違反になりかねません。しかし、党が所属候補者の選挙区を変える、つまり「お国替え」をさせれば、地盤も看板も鞄もない対立候補との機会の不平等はなくなります。選挙区世襲が地域利権世襲に直結する弊害もなくなります。何より立候補禁止による憲法違反が避けられます。

残る問題は世襲現職の取り扱いです。総理経験者、閣僚、与党の派閥領袖、野党のリーダーなど日本の統治を担う政治指導者のほとんどが世襲現職です。世襲現職がとぐろを巻いて日本の政治を支配しているのです。彼らは、選挙区に利益を誘導するのを民主主義と勘違いしている利権民主主義者たちです。彼らの利権政治が日本国民に莫大な借金を残しました。そのざんげの気持ちがあるなら、この際、彼らに利権民主主義からの離脱を宣言させ、その証しとして党主導のもといっせいにお国替えをさせることです。

残念なことにこの名案は、世襲現職たちによっていとも簡単に葬り去られるでしょう。われわれのできることは、唯一、世襲新人、世襲現職問わず、「世襲候補者」には投票しないことです。ですから、選挙区世襲と地域利権世襲の関連を断ち切る覚悟さえ選挙民にあれば、世襲政治家は次の総選挙から直ちに消えてなくなります。これまで世襲を許してきたのは選挙民ですから。



恐るべき民主主義社会 新 田   論

似非共産主義である社会主義の教義(ドグマ)は、世襲・相続を認め、私有財産を禁じた点に集約されます。
社会主義が似非共産主義である所以が、この矛盾に凝縮されていると言ってもいいでしょう。
真の共産主義は私有財産を認め、世襲・相続を認めない点にあります。
似非共産主義である社会主義は世襲・相続を認め、私有財産を認めない点にあります

私有財産と世襲・相続の関係が、まさに“タマゴが先か、ニワトリが先か”の原因と結果の関係になっているのです。
“私有財産を禁ずれば、相続するものは無いから、相続も禁止したことになる”
似非共産主義者たちは主張するでしょう。
私有財産の禁止を以て、相続の禁止にもなるというわけです。
私有財産禁止が原因で、相続の禁止が結果というわけで、一見道理に適っているように思えます。
似非共産主義者たちは、そこで罠を張ったのです。
世襲による相続の永代継続であります。
財産には有形財産と無形財産があり、有形財産は相続によって継続をするが、無形財産は世襲によって継続する違いがあります

似非共産主義者たちが張った罠とは、有形財産を継続する相続を私有財産の禁止によって否定したが、無形財産を継続する世襲を認めることによって、実質財産の永代継続を肯定したことであります。
ソ連にはノーメンクラツーラ(赤い貴族)と呼ばれる官僚支配階級制度があり、世襲制を敷いていました。
ノーメンクラツーラ(赤い貴族)は子々孫々、永代継続されたのです

私有財産を禁止しても、権力の世襲は認められていたのであります。
権力者にとっての憲法・法律は自分の言葉ですから、私有財産などまったく必要ないのは、北朝鮮の金正日政権が証明しています。
世襲によって永代相続をしているわけです。
相続税はあっても、世襲税がない所以でもあります

世襲さえ維持できれば、相続も相続税も無用の長物になるのです。
堤一族は西武グループを相続ではなくて、世襲で維持しようとしたのです

世襲議員が続出するのも、相続ではなくて、世襲で財産を維持しようとしているのです。
現代社会は何もかも世襲で財産を永代継続しようとする風潮が蔓延しています。

政治家の世襲。
医者・宗教者・弁護士・教師といった聖職者の世襲。
歌舞伎役者から漫才師までの芸人の世襲。
プロスポーツマンの世襲。
近い将来起こるであろう高級官僚の世襲は、塾通いから進学校を経て東大へのエスカレーターシステムが確立された時点で成立するでしょう

私有財産の概念と世襲・相続の概念の矛盾。
世襲を上位とし、相続を下位とする、世襲・相続の階層構造。
相続税の正体は、民主主義社会での被支配者の私有財産の合法的没収に外なりません。
現代先進社会を中心に、貧富の格差がはげしくなっています。
中産階級社会であった日本でも、未曾有の貧富の格差現象が出始めていて、ホームレスの大量発生はその兆候に外なりません。
わたしたちが標榜する民主主義社会とは、嘘と偽りと罠に塗れた恐るべき社会であることを自覚する時がやって来ているのです。


(私のコメント)
選挙が近づいてきましたが、世襲の国会議員が多くなってきて、自民党では51%もの議員が世襲国会議員ということです。選挙で選ばれているからいいではないかと反論する人もいますが、小選挙区制で、自民党の支持者が候補者を選ぼうと思っても、自民党公認候補が世襲議員だったら選びようが無い。

自民党の幹部にとっては世襲議員のほうがやりやすい面もあるのでしょうが、小泉内閣以来四代続けて世襲の国会議員が首相になっている。つまり世襲議員でないと総理大臣になれないといった時代になっているのです。まさに徳川幕府の時代に逆戻りしているような錯覚を覚えますが、世襲がなぜいけないかという事は幕末の世を考えれば分かる事だ。

徳川の旗本八万騎も世襲の旗本でしたが、長州征伐に招集をかけても旗本は子供と老人ばかりしか集まらなかった。だから8万を越す幕府軍が1万足らずの長州軍に敗れてしまうほど旗本も堕落してしまうのであり、国会議員も世襲の国会議員は自ら望んで政治の世界に入ってきたのではなく、父親が国会議員だったから利権を守る為の世襲なのだ。

先週の「報道2001」でも国会議員の世襲について討論していましたが、数が少ない頃はたいした問題ではありませんでしたが、自民党衆議院議員244人のうち126人が世襲議員であり51%を占め、民主党も176議席中48人が世襲議員であり27%になる。世襲議員のどこが悪いと開き直る気持ちもわかりますが、新しく国会議員を目指そうとしても世襲の公認候補にはじかれてしまう。

大西氏のブログでも、現職の世襲国会議員はお国替えで出直せと主張していますが、選挙区を替えても当選できるだけの議員はどれだけいるだろうか? 同じような議員制度のイギリスでも議員の世襲は認められておらず、党が選挙区を決めて立候補させる。自民党や民主党などが世襲を容認してきたのは、そのほうがやりやすかったからでしょうが、弊害も目立ち始めた。

新田氏のブログでもあるようにソ連では「赤い貴族」と呼ばれる官僚支配階級が出来ていたそうですが、日本でも官僚の世襲化が進みつつある。ソ連では私有財産の相続は認められていないが権力の世襲は認められてきた。共産主義国家においても身分の固定化が起きて、貧しい農民は貧しい農民のままであり、赤い貴族は支配階級として固定化されてしまった。

最近の日本における閉塞感は格差社会がもたらしたものと言えますが、ワーキングプアの家庭は子供も教育が受けられずにワーキングプアのままになる。官僚支配階級の家は豊かな学習環境に恵まれて東大を出て中央官庁に就職をする。外務省の小和田家も一つの例ですが、皇族との縁戚関係となって貴族階級化していく。

他にも職業によっても世襲化が進んで、医者・宗教者・弁護士・教師といった聖職者の世襲も顕著になってきた。大分県では教職の汚職事件で教職の世襲化が進んでいる実態がありましたが、地方公務員もコネによる採用が進んで世襲化が進んでいる。このような身分の固定化が進めば社会の活性化が阻害されて停滞していく事になる。

日本でも支配階層の固定化が進んできて、被支配階層の固定化も進んできた。支配階層にとっては奴隷は奴隷のままでいてくれたほうがいいのであり、中川秀直元幹事長は移民を1000万人受け入れようという構想を持っていますが、奴隷は日本人であろうと中国人であろうとかまわないと言うことだ。安い賃金で使える被支配階層は多いほどいい。

ソ連が滅んだ原因の一つは「赤い貴族」たちの腐敗堕落にあるのであり、革命の後継者たちも二代目三代目になると巨大国家ソ連の統率が取れなくなり分解が始まった。中国においても二代目世代になって腐敗堕落が進んできて、ソ連のように三代目にはいると統率が付かなくなって分解していくだろう。日本だって戦後から三代目になって総理大臣も世襲総理になってスランプ状態が続いている。

民主党は党議で世襲候補の禁止を決めましたが、現職の世襲候補はどうなるのだろうか? 小沢代表も鳩山幹事長も世襲なのですが、自分たちはいいが後はダメだというのでは都合が良過ぎる。ならば大西氏が言うように現職議員はお国替えで立候補するようにすればしめしが付く。

有能な人材に政治家になってもらうには開かれた組織にすべきですが、世襲の総理大臣が続けば日本も滅んで行くだろう。三代目になれば会社も国家もおかしくなるのであり、自民党をぶっ壊すと言っていた小泉首相も自分の次男を後継者にするようだ。選挙区の有権者もしがらみがあるから小泉進次郎に票を入れるだろう。


やっぱり「世襲議員」は禁止すべきだ! 鈴木康之 2008/11/30

幕府をぶっ潰した、第15代最後の将軍・慶喜(77、在職1年)の評価は難しい。後年、明治維新の功労者とも評されている。

 麻生太郎首相(2か月在職中)が、解散の時期を失し迷走している。安倍晋三元首相(在職1年)、福田康夫前首相(在職1年)に次いで3度目の投げ出し・辞任劇があるのかもしれない。自民・公明の与党は「もはや麻生では戦えない」からである。ふと、家定-家茂-慶喜と継がれた徳川将軍家の行く末が重なり、思われてならない。

 文芸評論家の野口武彦氏が「政体(レジーム)の末期に人材が払底するのはなぜか」と問い、次のように答えている(中央公論12月号)。「賢者は歴史に学ぶ」べきであろう。

 「古今東西を問わず、落ち目の国家に共通して発現する人間法則が見えてくる。政体の末期にはまず支配層から人材が払底するのである」

 「幕末、将軍・老中をはじめ幕府上層部から人材がいなくなる最大の原因は世襲制である。老中など幕府要職は身分的に固定して停滞するのは避けられない。支配層に統治能力がないのだから、幕府は薩長に倒される前に自壊していたに等しい」

 「生まれたばかりの維新政権が思い切った(大規模修繕)をやってのけたことは疑いない。一つの政体が存続するか否かは、支配層の自己修繕能力の有無に関わっている」


(私のコメント)
国家を統治するという事は精神的にも肉体的にもきつい仕事であり、能力的にも秀でた能力が要求される。二代目三代目にそれだけの能力や精神的肉体的なタフさがある事は極めて希であり、ソ連のゴルバチョフはエリートとしての脆さがあった。最近の日本の総理大臣にもおぼっちゃん育ちの弱さがあるのであり、海千山千の海外の指導者に比べるとひ弱さを感じる。

自民党には総理が担えるような人材がいなくなったという事は国家としても末期症状であり、民主党にチャンスでもあるのですが、民主党の幹部も世襲議員では政権交代の意味がない。だから民主党は小沢代表も鳩山幹事長も引退するくらいの覚悟がないと政権交代は無理だ。

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