株式日記と経済展望

株式をはじめ政治経済外交文化歴史などの論評です。

日本の未婚率や離婚率の上昇を近年の特殊な状態だと勘違いされているが、「皆婚と非離婚」のほうが異常値だった

2018年04月01日 | その他

日本の未婚率や離婚率の上昇を近年の特殊な状態だと勘違いされて
いる方が多いようですが、「皆婚と非離婚」のほうが異常値だったと言えます。


2018年4月1日 日曜日

独身が5割超、江戸男子に学ぶシングルライフ 4月1日 荒川和久

日本の未婚率や離婚率の上昇を近年の特殊な状態だと勘違いされている方が多いようですが、むしろ逆で、明治末期から大正・昭和にかけての「皆婚と非離婚」のほうが異常値だったと言えます。

もともと未婚も離婚も多かった

もともと日本人は未婚も離婚も多い人々でした。江戸時代から明治初期にかけての離婚率に関して言えば、当時の世界一だったかもしれません。現代の離婚率世界一はロシアの4.5(人口1000人当たりの離婚者数、2012年)ですが、江戸時代はそれを超える4.8だったといわれています(2006年参議院調査局第三特別調査室「歴史的に見た日本の人口と家族」より)。江戸期の離婚率の高さについてはこちらの記事(「夫婦は一生添うべし」が当然ではない理由)を参照ください。

未婚についても同様です。先日、歴史人口学者の鬼頭宏先生と対談させていただいたのですが、17世紀くらいまでは日本の農村地域でさえ未婚が多かったそうです。

結婚して子孫を残すというのはどちらかいえば身分や階層の高い者に限られていて、本家ではない傍系の親族や使用人などの隷属農民たちは生涯未婚で過ごした人が多かったのだとか。たとえば、1675年の信濃国湯舟沢村の記録によれば、男の未婚率は全体で46%であるのに対して、傍系親族は62%、隷属農民は67%が未婚でした。

それが、18世紀頃から傍系親族の分家や小農民自立の現象が活発化したことで、世帯構造そのものが分裂縮小化していきます。それが未婚化解消につながったひとつの要因と言われています。つまり、今まで労働力としてのみ機能していた隷属農民たちが独立し、自分の農地を家族経営によって賄わなければならなくなると、妻や子は貴重な労働力として必須となるからです。結婚とは、農業という経済生活を営むうえで欠くべからざる運営体の形成だったのです。

こうして農村地域の未婚率は改善されていくわけですが、それにしてもまだ1771年時点の男の未婚率は30%(前述信濃国湯舟沢村)もありました。農村よりも未婚化が激しかったのが江戸などの都市部です。幕末における男の有配偶率を見てみると、現代の東京の有配偶率よりも低いことがわかります。

このグラフを見ておわかりのとおり、男女で有配偶率が大きく違います。それは、江戸が相当な男余りの都市だったからです。1721(享保6)年の江戸の町人人口(武家を除く)は約50万人ですが、男性32万人に対し、女性18万人と圧倒的に男性人口が多かったのです。女性の2倍、圧倒的に男余りでした。つまり、江戸の男たちは、結婚したくても相手がいなかったのです。「茨城県が1位!『ニッポン男余り現象』の正体」という記事にも書いたとおり、現代の日本も未婚男性が未婚女性に比べ300万人も多い男余り状態です。江戸と今の日本はとても似ていると言えます。

独身男性であふれていた江戸だからこそ、最も栄えたのが食産業でした。今も独身男性は消費支出に占める食費の割合(エンゲル係数)が30%近くあります。特に外食費比率が高いのですが、ソロ男たちは、外食費や調理食品、飲料や酒の消費額は、実額で一家族分以上消費しています(外食費は1家族以上!独身男は「よき消費者」だ)。

ファストフードも居酒屋も

独身男の食欲が旺盛なのは江戸時代とて一緒で、握りずしは今でいうファストフードとして生まれたものです。当時の握りずしは、今のおにぎり大のサイズがあり、江戸の男たちは歩きながらそれをほお張ったのでしょう。屋台のそば屋も天ぷら屋も対象ターゲットは江戸の独身男たちでした。酒屋で酒を買ったせっかちな江戸っ子たちが、店先で飲み始めたことから、つまみのサービスが始まり、そこから「酒屋に居る」という意味の居酒屋業態が栄えることにもなりました。(後略)



(私のコメント)

日本は平和な時代が70年以上も続くと、江戸時代化するのかもしれません。明治から昭和初期までの時代は戦争に次ぐ戦争の時代であり、国民皆婚時代が異常だったのでしょう。まさのその時代は産めよ増やせよの時代であり、兵士を増やすには国策としてそうしなければならなかった。

兵士ばかりでなく、満洲などへの開拓団を送り出したり海外移民なども積極的に行われた。国民を増やすことが国勢の増大につながり、経済的にも労働力として増やすことが求められたのだろう。だから夫婦ともなれば4、5人の子供を育てる家族も多かった。

終戦直後まで多産多死時代であり、平均寿命も50代のままだった。それが団塊の世代の時代になると、国民病と言われた結核などの病気が克服されるようになり、少死化の時代になり、平均寿命が飛躍的に伸びた。経済的な発展が加わると豊かな生活を求めるようになり、産めよ増やせよの時代ではなくなった。

しかし急激な少子化は社会構造もひずみを生んで、社会問題を引き起こす。経済的にも一定数の若年労働者がどうしても必要であり、政府や経済界は外人労働者でそれを埋めようとしている。政府は前から少子化問題に取り組むと言っているが、効果的な政策が打ち出せていない。

急激な少子化を防ぐには、子供を持ては豊かな生活ができるような政策が必要であり、結婚して子供を持てば子ども手当などで、旦那の稼ぎが少なくても育児ができるようにすればいい。プロレタリアートの本来の意味は、子供を作るしか貢献できない労働者のことであり、社会主義的な政策が必要だ。

長期的に見れば、少子化は平和な時代が続けば起きる現象であり、江戸時代もそうだった。荒川氏の記事にもあるように、明治から昭和にかけての国民皆婚時代は例外的であり、平和が続けば国民は結婚しなくなり子供も作らなくなる傾向が出てくる。貧富の差が広がり生活するのがやっとといった独身男性が増えれば結婚は無理になる。

それに対して富裕層は結婚して子供も作れますが、貧困層に比べて富裕層は少ない。ならば富裕層は経済的な余裕があるのだから、二号さんや三号さんを認めて子供を作らせればいい。国民皆婚時代から見れば倫理に外れるのでしょうが、時代がそのように変わってきて、昔から富裕層はお妾さんを囲っていた。

現代においても非婚化が進めば、必然的に少子化も進むのは、必然的結果であり人類の生理的な調整現象でもあるのだろう。江戸時代も平和が続いて経済も停滞して人口も3000万人程度で停滞が続いた。食糧生産の限界もあったからだろう。現在の1億2千万人の人口は多過ぎるくらいですが、食料やエネルギーを海外から輸入しているから維持ができる。

未婚者の増加や離婚率の上昇は、経済的社会的に見れば必然不可避の問題であり、皆婚と非離婚であった方が異常値であったと見るべきだろう。私も30代で独身でいると「なぜ結婚しないのか」と散々言われましたが、結婚しないと性格が異常だとかロリコンだとか体に欠陥があるかのように言われた。結婚するほどの経済力もないのに結婚して破綻した例は身の回りにありすぎるほどある。

結婚しないと幸せになれないとか、結婚しないと親不孝とか散々言われますが、結婚して不幸になったり、結婚して親に迷惑をかけている例もありすぎるほどある。これらは個人の問題であり、他人に言われてするような事でもないのに、周りを気にして結婚するほど自主性のない人が日本には多い。20代30代の若さでもセックスレスになるのは無理して結婚するからだろう。まさに本末転倒の社会だ。

『社会』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 中国は米国の攻撃・暗殺後に... | トップ |   
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

その他」カテゴリの最新記事