日本では効果的な対策が打てないままに、『失われた10年』が過ぎ、『失われた20年』が
過ぎて尚、いまだに本当に有効な打ち手は出て来ず、平成は失われたままに過ぎてしまった
2018年9月11日 火曜日
◆平成の失敗を繰り返さないために『思想』が重要である理由 9月10日 SeaSkyWind
■大きな転換点としての平成
平成が終了する時期が近づていることもあり、昨今では、平成を総括する著作や記事が増えて来ている。昭和と比較すると、長さも半分以下で、300万人以上の戦死者を出して国が滅びてしまうほどの戦争のような大きな出来事があったわけではないとはいえ、平成という時代には、阪神大震災、東日本大震災とそれに伴う原発事故、あるいは世界初の都市型毒ガステロ(オウム真理教事件)、さらにはインターネットの急速な普及等、過去に例のない、そして、時代を一変させてしまうような出来事が凝縮して詰まっており、つぶさに振り返ってみると実に大きな転換点であったことがわかる。
しかも、日本だけではなく、この間、日本を囲む世界も激変した。そもそも平成が始まった1989年というのは、世界的な激動の年で、6月に中国で天安門事件が起こり、11月にはベルリンの壁が崩壊し、12月にはブッシュ大統領とゴルバチョフ書記長がマルタ会談を行い、戦後世界を覆っていた、米ソ冷戦という二極構造が終焉の時を迎えた。
それは日本にとっても一大事で、軍事はアメリカに任せて、安穏として平和憲法遵守のお題目を唱えていればすんだ時代が終わりを告げたことを意味した。
■正しく総括できている?
このように話題の多い平成を語る人は多いが、『総括』となると、必ずしも容易ではないようだ。どうしても語る側の価値観や信念が表に出てくるせいか、違和感のある総括も少なくない。ただ、それでも共通しているのは、平成が失敗、あるいは、衰退の時代だったという認識だ。
だが、何が失敗して、その失敗の本質は何だったのだろう。この点では、議論は錯綜していて、必ずしも収斂しない。あるいは、分析が表層的で、読むに耐えないものも少なくない。例えば、この時期、世界ではグローバリズム/新自由主義が市場を席巻したことは誰しも認めるところだろうが、ある人は、その新自由主義を徹底できなかったことが日本の失敗の原因と述べ、またある人は、新自由主義的な政策こそ失敗の原因と述べる。
失敗を真摯に認めて問題点を明らかにすることができれば、失敗は成功のもとにもなろうが、原因を明らかにできずにいたり、問題に直面せずにほっかむりして知らんふりを決め込むようでは、新しい時代を迎えても、また同じ失敗を繰り返えすだけだ。あるいは、何もできずにすくんでいるうちに、衰退が加速してしまうかもしれない。
平成の入り口の時点で、すでに世界も日本も大きな変化の波にさらされていることは誰もが感じていた。だが、日本では効果的な対策が打てないままに、『失われた10年』が過ぎ、『失われた20年』が過ぎて尚、いまだに本当に有効な打ち手は出て来ず、平成は失われたままに過ぎてしまったという印象が強い。
だが、そうは言っても、様々な改革や新しい挑戦もそれなりに試みられた時代であったことも確かだ。だが、結果的にはそのほとんどはうまくいかなかった。良かれと思った対策も、思わぬ問題につまづき、行き詰まってしまった。もちろん、やる前から問題に気づくことは容易ではなく、やって見たからこそ問題点が明らかになるということはある。
だが、そうであればこそ、平成という『失敗プロジェクト』の『失敗の本質』は徹底的に解明しておく必要があり、それをせずに、また日本人お得意の、『水に流して』しまう、あるいは『問題を先送り』してしまうのであれば、次の時代も平成以上の『失敗プロジェクト』になってしまうだろう。
しかも、次の時代には、少子高齢化や巨額の財政赤字等、スタートラインの時点で、すでに大きな荷物を背負っているばかりか、その荷物は何もしなくてもどんどん重くなっていくのだ。
■いつまでもパラダイスは維持できない
平成は結果的に、改革も身を結ばず、手も足も出ずにすくんでしまった時代となってしまったが、逆に言えば、『すくんでいるだけの余裕があった時代』だったとも言える。
昭和末期までに積み上げて、世界のトップをうかがうまでになっていた富の余禄は非常に大きく、世界の現実に背を向けてすくみ、『ガラパゴス化』していても、それは、江戸時代という長く続いた平和なまどろみの時代が、世界で帝国主義の嵐が吹いていても、世界の現実から切り離されて、海中に浮かんでいることができたことに似ていて、それなりの幸福と満足を享受できた。
経営コンサルタントの海部美知氏は、2008年に日本が『パラダイス鎖国』の状態にあると述べたが、清潔で犯罪も少なく、収入が低くても楽しめることが多い平成日本は、まさに一種のパラダイスの状態にあり、『今のまま、このままがずっと続けば満足』という心理が蔓延した。だが、どうやらそのパラダイスを維持するのも限界に来ている。(後略)
(私のコメント)
日本の長期停滞は、日本の課題であり、原因の究明と解決の課題が求められます。昨日はアメリカのいたぶりが原因だと書きましたが、原因は複合的でありアメリカだけが原因ではない。日本の金融政策の失敗でもあり、株や不動産の暴落に対する金融政策が思うようにできなかった。
アメリカは、朝日新聞などを通じて日本の世論をコントロールしていますが、朝日新聞社にはニューヨーク・タイムズの日本支社がある。つまり朝日新聞社はアメリカのコントロール下に有り、90年代の大手新聞社は世論形成に大きな力があった。日本政府はこの世論に迎合せざるを得なかった。
日本は経済面のみならず精神面でも痛めつけられて、南京大虐殺やら従軍慰安婦問題などを焚きつけたのは朝日新聞であった。アメリカは日本を生かさず殺さずの状態に置くことで、アメリカの利益を吸い上げていく。アメリカの標的となったのが円高であり、70円台から120円台までの間を激しく上下した。
政府日銀の金融政策で円ドル相場はコントロールできるのですが、日銀は頑なに金融緩和をしなかった。インフレになるといったことが理由ですが、そのために日本はデフレになってしまった。それが黒田総裁の金融緩和で一気に円安になり、円高による不況はなんとか回避することができるようになった。
80年代までは米ソの冷戦時代であり、アメリカは同盟国との支援を必要としていたが、ソ連崩壊後はそれが必要なくなり、日本に対する支援もなくなり、逆にジャパンバッシングに政策転換をした。日本という太った豚はアメリカにとって収穫期に入って富を吸い上げていった。
平成に入っての30年間は、日本にとっての試練の時代であり、多くの一部上場企業も潰れた。銀行や保険業界なども再編されて整理統合が進んだ。新興国などが投資ブームに乗って高度経済成長するのに、日本だけが取り残されてしまった。オウム真理教事件や東日本大震災などの大災害も起きて、対応に追われてしまった。
若い人は、就職氷河期やワーキングプアなどの格差社会にもなり、派遣社員となって低賃金で働かざるを得なくなってしまった。バブル期までの株や不動産投資で一攫千金を得るといったことは出来なくなり、株式投資は今や外人投資家が相場を動かす時代になってしまった。
土地などの相場も、東京などの一部を除いて下がり続けていますが、土地は持っていれば資産となって損はしないと言われていましたが、今や不動産は負動産となって只でも買い手がいないといった負動産が増えてきた。売りに出しても売れないのだから売れない不動産は税金がかかるだけの負動産になってしまった。
平成の30年間は、後世に停滞の時代と記憶されるのでしょうが、政府は公共投資をストップして建設業を衰退させてしまった。そのために東日本大震災の復興事業やオリンピック需要や、大災害時の復興にも差つかえが出るまでになってしまった。
事務職などの仕事は希望者であふれかえっているのに、建設業労働者や運送事業者は慢性的に不足してミスマッチが生じている。アベノミクスで失業率が低下して雇用環境も改善の見通しが出てきましたが、円安で観光客も増えて盛り場では外国からの観光客でいっぱいだ。
次の元号がどのようになるかわかりませんが、平成よりもいい時代になるのだろうか。停滞から衰退の時代になるのだろうか。少子高齢化という状況では生産性の向上にはいいチャンスだと思うのですが、日本はデジタル革命に乗り遅れてしまった。アメリカからの技術情報も入って来にくくなってきた。
中国はアメリカの最新技術をパクりながら高度成長してきた。日本は多くの技術が中国や韓国に流出してDRAMや液晶パネルやリチウム電池などの技術をただで利用してきた。「今や、世界はGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)を擁する米国とBATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウエイ)を擁する中国が激突して経済の覇権を争う様相となっているが、そこに対抗できる日本企業はほとんどない。」と言う状態だ。









