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「SNSで知り合う人のほとんどは信用できる」と回答した日本人はわずか12.9%だが、英国は68.3%に達する

2018年07月29日 | その他

「SNSで知り合う人のほとんどは信用できる」と回答した日本人はわずか12.9%だが、
米国は64.4%、英国は68.3%に達する。逆に日本人の87.1%は「信用できない」と答える


2018年7月29日 日曜日

他人を信用できない「ROM専」日本人のせいで経済が伸びない? 7月24日 加谷珪一

<SNS大好きなのに活用し切れていない日本人。この、広域プラットフォームを活用するのに必要な能力こそ、まずリアルな世界での...>

ソーシャルメディアは、もはや社会になくてはならない存在となっているが、日本ではネット空間でのコミュニケーションは所詮、バーチャルなものであるとの意識も根強い。だが、ネット空間でのコミュニケーションのあり方は、実はリアルな世界の延長線上にあり、両者を区別することは難しい。

ネットの利用状況調査の結果を見ると、日本人はリアルな世界でも他人を信用しない傾向が強く、ネットの利用形態もこうした状況を反映した形になっている。見知らぬ他人を「信用」する能力は、資本主義の原動力の一つだが、この部分において日本社会には改善の余地がありそうだ。

日本人のネット利用はもっぱら「ROM専」

総務省が公表した2018年版情報通信白書には、ネット利用をめぐる興味深い調査結果が掲載されている。同白書によると、日本人のソーシャルメディアの利用方法は極端に閲覧するだけの「ROM専」に偏っており、自ら情報を発信している人は少ない。

フェイスブックにおいて自ら積極的に情報発信を行っている日本人はわずか5.5%で、米国(45.7%)、ドイツ(25.9%)、英国(34.9%)と比較すると大きな差が付いている。日本ではフェイブックそのものがあまり普及しておらず、そもそも「利用していない」という人が過半数だが、利用している人の中での比率という点でも、日本は16.7%と各国(40%~50%台)よりも低い。

他の媒体もほぼ同様で、ツイッターで積極的に発言している人は9%となっており米国の半分程度しかいない。ブログ利用者の中で、閲覧のみという人の割合は米国の2倍もある。

日本におけるソーシャルメディアの利用が閲覧に偏っているのだとすると、ネット空間上で飛び交う情報は、少数の人によるものということになり、全体像を示していない可能性が出てくる。ネット空間上の情報や言論に偏りがあるという話は、多くの利用者が気付いていたことではあるだろうが、この調査結果はそれを裏付ける材料の一つといってよいだろう。

「みんなの意見は正しい」が成立するには条件がある

日本の場合、発信する人が少数ということに加え、ネット上の情報の多くが、すでに存在している情報のコピーであるケースも多く、同じ情報が拡散されることでさらに偏りが生じている可能性が否定できない。

情報に偏りがあり、その情報源が独立していない場合、いわゆる「集合知」が成立しないというリスクが生じてくる。集合知というのは、簡単に言ってしまうと「みんなの意見は正しい」という考え方である。

グーグルなどが提供している検索エンジンのアルゴリズムには、集合知の考え方が応用されているが、集合知が正しいことの事例としてよく引き合いに出されるのが、1986年に起きたスペースシャトル「チャレンジャー号」の事故である。

事故直後、まだ原因も良く分からない段階から、ガス漏れを起こしたリングを製造している会社の株だけが下落した。正式な調査結果が出るよりもはるか以前に、市場は原因を完璧に特定していたのである。

グーグルの検索エンジンはこの考え方を応用し、多くの人がアクセスするサイトは有用であると判断し、これによって検索結果を順位付けを付けるという仕組みを開発した(それだけで判断しているわけではないが、アクセス数やリンクは大きなファクターであることは間違いない)。

しかしながら、「みんなの意見は正しい」という命題が成立するためには、①意見の多様性、②意見の独立性、③意見の分散性、④意見の集約性、という4条件を満たしている必要がある。つまり、多様な価値観を持った人が集まり、皆が他人に左右されず、独自の情報源を使って自分の考えを表明した結果を集約すれば、必然的に正しい答えが得られるという理屈である。

その点からすると、発信者の数が少なく、情報に偏りがあるという状況では、その信頼性が低下してしまうことになる。

「信用」することもひとつの能力

同調査では、ネットで知り合う人の信頼度についても国際比較している。「SNSで知り合う人のほとんどは信用できる」と回答した日本人はわずか12.9%だが、米国は64.4%、英国は68.3%に達する。逆に日本人の87.1%は「あまり信用できない」「信用できない」と答えており、ネット空間で知り合う相手に対して信用していないという現実が浮き彫りになっている。

だがこの話はネット空間に特有のものではないようだ。ネットかリアルかは区別せず「ほとんどの人は信用できる」と回答した日本人はわずか33.7%しかおらず、その割合は各国の半分しかない。つまり日本人は基本的に他人を信用しておらず、ネット空間ではその傾向がさらに顕著になっているに過ぎない。

日本人は猜疑心が強く、他人を信用しないという話は、海外でビジネスをした経験のある人なら、実感として理解できるのではないだろうか。

米国は契約社会といわれるが、それは一部のカルチャーを極端に取り上げたものにすぎない。米国では意外と信用ベースで話が進むことが多く、後で金銭的に揉める割合も低い。中国に至っては、一旦、信頼関係ができると、ここまで信用してよいのだろうかというくらいまで、相手から信用してもらえることすらある。(後略)



(私のコメント)

「株式日記」を書いていて感じるのは、コメント欄を解放しているのに書き込まれる件数は10~30件程度だ。しかもブログ記事とは関係のないコメントも多い。「株式日記」は決してマイナーなブログではなく、ユニークアクセスは8000件程度で、ページアクセスは20000件程度だから、数日に一度程度来て数ページ読まれていくといった読まれ方をしている。

批判的なコメントも載せているのですが、炎上する事はほとんどなく、コメントの数が少ないように感じている。メジャーなブログではコメント欄を解放していないところが多いのですが、反論されたり嫌がらせされたりするのが嫌だからだろう。しかし私は言っていることには自信があるから、反論や嫌がらせにも平気でスルーしている。

一般的に確かに日本人は自分の意見を言いたがらない傾向が強い。私は子供の頃から上司や先生にもズケズケとものを言ってきて、それが正論だから五月蝿がられた。論争しても時間が経てば私の言っていることが正しいことが分かってきて来ることが多い。

「株式日記」も1997年から書いているから20年以上になりますが、バックナンバーを見てもらえば炎上するようなことは書いてこなかった事が分かる。炎上するのは非常識と思われるようなことを書くから炎上するのでしょが、有名人であったり影響力のある人のブログが炎上しやすい。

加谷氏の記事にもあるように、日本人はもっぱらROM専であり、スマホなど見る人は多いが書き込んでいる人は少ない。外国人は議論が大好きな人が多いが、日本人は議論することはあり好まない。日本人は議論すると感情的になってしまうからだろう。学校などで議論する訓練がされていないから感情的になってしまうのだろう。

「総務省が公表した2018年版情報通信白書」に書かれたデーターだから信用できるのでしょうが、フェイスブックで情報発信している人は5、5%しかいないそうです。これでは少数の人の意見がまかり通ってしまう確率が高くなりますが、日本の学校や会社などでは、自己主張の強い人間は嫌われる傾向がある。

記事では、「日本人は猜疑心が強く、他人を信用しないという話は、海外でビジネスをした経験のある人なら、実感として理解できるのではないだろうか。」というのは意外ですが、詐欺事件の多さから見ても、信用して被害にあう人が多いのはどうしてだろうか。それほど日本人は信用できない人が多いのだろうか。

私は、外国では詐欺などの犯罪が多くて信用できないといった見方でしたが、データーでは逆のようだ。日本では昔ながらの村社会が崩壊してしまって、他人が信用できなくなってしまったのだろう。相互監視が効かなければ詐欺事件が横行してしまう。同じ会社内の人しか信用できなくなり、ネットで知り合う人は信用ができないといった事があるのだろう。

だからネット上でのビジネスも、日本でなかなか進まないのもネットは信用ができないといった事があるからだろうか。ネットは匿名性の世界だから、責任を問われることがない。だからネット上ではアラシが横行して嫌がらせをする人が多い。

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