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同調圧力が強い日本にあっては異端児として扱われ、しかも功績に見合った処遇を諦めるくらいでなければイノベーションは生み出せなかった

2018年10月23日 | 経済

同調圧力が強い日本にあっては異端児として扱われ、しかも功績に見合った処遇を諦める
くらいでなければイノベーションは生み出せなかった、元東芝のエンジニア・舛岡富士雄さん


2018年10月23日 火曜日

日本でイノベーションが起こらないのはなぜか?ある投資家の答え 10月22日 岩崎日出俊

世界から相手にされない日本人

「10年後、20年後の日本に希望はあるか?」

この問いに投資家として客観的に向き合ったとき、私はどうにも悲観的にならざるを得ません。

象徴的なのは、昨今のシリコンバレーにおける日本企業の「扱われ方」です。シリコンバレーには先進国・新興国を問わず世界各国の企業が見学にやってきます。しかし日米双方の関係者から私が聞いたところでは、最近はシリコンバレーの企業を訪問・見学したいと申し入れた日本企業が、相手先企業からすげなく断られてしまうケースが増えている、といいます。

これが20年前であれば、東芝や日立、パナソニックの社長がAppleを見学しに行きたいといえば、スティーブ・ジョブズが自ら出迎えてくれたでしょう。Appleと、技術力のある日本のメーカーがコラボすれば、世界にまだ存在しない、何か新しいビジネスができる期待が十分に持てたからです。

しかし今のシリコンバレーにそうした空気はありません。彼らからすれば、日本の大企業に来てもらったところで、もはや教えてもらえることはなにもないし、ギブアンドテイクが成立しない以上、会うのは時間のムダだということになるのです。

なぜこんなことになってしまったのか。一言で言えば、アマゾンやGoogleなどのグローバル企業が文字通り血の滲むような努力をしてイノベーションを起こそうとしているのに対して、日本企業はイノベーションや「創造的破壊」といった言葉を口先では好む割に、実行が伴わないことが知れ渡ってしまっているからです。(中略)

運動会と「均一性」

イノベーションとは、要は「人と違うことを考える」「これまでとは違った新しい発想をする」ということです。その意味で皆が均一性を志向し、他人と違うことを怖がる同調圧力ほどイノベーションを阻害するものはありません。

日本人が均一性を好むということは、日本人論としてよく語られるものでもあり、それを克服すべきと考えている人も少なくないと思います。ただ私は、日本社会に刻み込まれた均一性の呪縛は、私たち日本人が自分で考えているよりずっと根深いものかもしれない、と思うことがあります

私の見るところ、それを何よりも象徴しているのが「運動会」です。実はこの運動会、学校などで教育の一環として行われているのは日本と北朝鮮、そして韓国や台湾、中国東北部(旧満州)の一部だけであるということを、皆さんはご存知だったでしょうか?(中略)

そう考えれば、「イノベーションだ」「創造的破壊だ」とわかったようなことを口にしながら、その一方では均一性を刷り込むために始まった運動会を相変わらず学校行事として受け入れ、子どもたちに組体操をさせているのは喜劇でしかありません。

極端な話、トップが「創造的破壊」を掲げている会社で、「団体としての結束力を高めよう」として全員参加型の「社内運動会」が行われている、なんてことがあるかもしれないのです。

最近ではIT企業が数社合同で運動会を開催するなど、社内運動会はここにきて復活の兆しがあるそうですから、これは決して笑い話ではありません。

異端児を受け入れられない国に未来はない

現在スマートホンの基幹部品となっているNAND型フラッシュメモリを発明したのは、元東芝のエンジニア・舛岡富士雄さんであり、舛岡さんはこの功績によって、ノーベル賞開催の時期には必ず候補として名前を挙げられるほどになっています。しかし舛岡さんは、東芝入社後は地方の工場勤務に回され、必ずしも自分がやりたい研究ができる環境には恵まれなかったそうです。

大企業の地方工場だと、休みの日もそれこそ運動会など、会社の行事がたくさんあります。舛岡さんがそうした行事にどの程度かかわっていたのか実際のところはわかりませんが、基本的に休みの日は一人で寮の部屋に閉じこもり、自分の専門分野の研究に没頭していたそうです。

結局、舛岡さんが休日に寮に籠もって論文と格闘し、その後開発に漕ぎ着けたフラッシュメモリは、東芝の収益の大半を稼ぎ出す主力商品になりました。しかし舛岡さん自身はこれだけの功績をあげながら、東芝では部下・予算がつかない「技監」というポストに追いやられ、研究を続けることができなくなり退社せざるを得ませんでした。

同調圧力が強い日本にあっては異端児として扱われ、しかも功績に見合った処遇を諦めるくらいでなければイノベーションは生み出せないということを、舛岡さんのエピソードは物語っています。

協調性を生み出すという意味では、運動会にも意味はあるのでしょう。しかし、昨今ではその側面だけが強調され過ぎているように思えます。

企業はもちろんですが、まず、全国の小中学校で従来型の運動会を廃止する。突飛に聞こえるかもしれませんが、そういうところから変えていかないと、この国はいつまで経っても「均一性の呪縛」から抜け出せないのではないか…。私はそう思うのです。

 



(私のコメント)

最近の日本企業からは、画期的な新商品や新サービスが生まれにくくなっています。今ででもアメリカで発明された技術に少し手を加えて商品化したりしてきましたが、それが日本企業の強みだった。もちろん日本独自に新製品を開発した例もありますが、それが最近ではなくなってしまった。

リストラで研究開発費などがカットされて、新規プロジェクトも経営陣によって中止に追い込まれて、新製品が出にくくなってしまった。ホンダのアシモのロボットの研究も中止されたし、ソニーのアイボも出井社長によって開発が中止された。最近復活したようですが、AI技術を生かすには欠かせない分野だ。

そして日本のお家芸だった、DRAMや液晶やリチウム電池や新幹線技術など、片っ端からコピーされて、安く作られて市場を失っていった。JTなど古くなった製造装置を北朝鮮に売ってしまったら、偽物のセブンスターがアジアで売られていたといったこともある。

これでは日本の家電産業も景気が悪くなるわけですが、その原因を自分たちが作り出していたのだ。技術が盗まれないようにしていても、技術者ごと引き抜かれてしまえば防ぎようがない。日本では技術者に対する待遇が悪く韓国や中国に企業に高給で引き抜かれてしまう。

それほど日本企業は技術に無頓着というか、製造装置ごとそっくり売ってしまって中国や韓国で安く作られてしまう。東芝も稼ぎがしらのNAND型フラッシュメモリの部門を売り払ってしまいましたが、東芝の経営陣は何を考えているのでしょうか。東芝の経営者は大型のM&Aに手を出してしまって大赤字を出している。

そんな金があるのなら新規開発事業になぜ金を出さないのでしょうか。そして画期的な新発明をしても、その技術者を閑職に追いやってしまって退職に追い込んでいる。日本の会社は技術者だけを特別待遇したくないのだろう。

記事によれば、「結局、舛岡さんが休日に寮に籠もって論文と格闘し、その後開発に漕ぎ着けたフラッシュメモリは、東芝の収益の大半を稼ぎ出す主力商品になりました。しかし舛岡さん自身はこれだけの功績をあげながら、東芝では部下・予算がつかない「技監」というポストに追いやられ、研究を続けることができなくなり退社せざるを得ませんでした。」ということです。

学校や会社でも感じたことですが、日本では一括採用であり、年功序列であり、どんなに優れた能力があっても、抜擢人事はありえない。反対に落ちこぼれ社員であってもクビになることもなく、無能でも年功で出世ができるシステムだ。日本では社内の協調性が大切にされて異端者は排除されてしまう。

これらの会社とは全く正反対の会社がアマゾンであり、「同時にそのイノベーションの元になる革新的なアイディアは、従業員をオフィスで何時間もパソコンにしがみつかせたところで、あるいは会議室で延々会議させたところで絶対に生まれてはこないものだという信念を持っているからです。」というように、社員のイノベーションを大切にしている。

日本では学校でも会社でも、特別に才能のある人がいると変人奇人扱いして追い出してしまう傾向があるようです。だから日本ではビル・ゲイツやスティーブ・ジョブスのような人間が出てこない。日本では大学を中退したら単なる落ちこぼれになってしまう。

画期的なアイデアを思いついても、会社内でそれを作ろうとしても日本の会社では認められないだろう。記事では、「ただこの取り組み自体は、アメリカ企業では一般的だったりします。たとえばGoogleには、社員が一日の勤務時間の20%は業務以外のことに費やしてよいとされる「20%ルール」がかつて存在し、同社の主力サービスである「Gmail」や「グーグルマップ」は、いずれもその時間から生まれています。」ということですが日本企業では不可能だ。

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