株式日記と経済展望

株式をはじめ政治経済外交文化歴史などの論評です。

FDRをまだ褒めそやすアメリカ人歴史家が多い。しかしF・D・ルーズベルト大統領ほど劣悪で莫迦な大統領はいなかった

2018年06月26日 | 書評

FDRをまだ褒めそやすアメリカ人歴史家が多い。しかしF・D・ルーズベルト大統領
ほど劣悪で莫迦な大統領はいなかった。「歴史修正主義」が正しかった


2018年6月26日 火曜日

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 6月26日

 「ベルリンの壁」を造語したチャーチルは、それで敗北を認めた
  FDRは二人の共産主義スパイに操られ、米国外交を完全に誤った

  ♪
渡辺惣樹『第二次世界大戦 アメリカの敗北 』(文春新書)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 FDRをまだ褒めそやすアメリカ人歴史家が多い。しかしフランクリン・D・ルーズベルト大統領ほど劣悪で莫迦な大統領はいなかった。
FDRは神聖ローマ帝国の版図をごっそりとスターリンに贈呈し、さらにシナを共産主義者に売り渡した。

ところが戦後のアメリカでは、FDRはJFKを超える偉大な大統領だったとし、真実をいう歴史家やジャーナリストに「歴史修正主義」というレッテルを貼る。マッカーサーやニクソンらが展開した共産主義のスパイ摘発も、左翼ジャーナリズムが「赤狩り」などと批判している裡に有耶無耶になり、ハリウッドは依然として赤の巣窟である。
 だが、そのねじ曲げられた嘘も、いよいよ歴史学的に通用しなくなった。
長らく覆い隠されてきた歴史の真実が、遅きに失したとはいえ、つぎつぎとあらわれてきた。
 真珠湾が日本のだまし討ちではなく、FDRが暗号を解読しながらハワイの司令官には知らせず、意図的に日本の奇襲を誘い出して、一気にアメリカの世論を対日参戦にもっていった陰謀であったことも、いまでは広く知られる。
 これまで薄々は気づいていたが、証拠がなくてFDR批判に精彩を欠いたのも、アメリカが機密情報を公開しなかったことが大きい。
 フーバー元大統領はFDRに騙されていたことに気がついて、長い年月を掛けて『裏切られた自由』(邦訳はやはり渡辺惣樹氏、草思社)を世に問うた。
 そしてもう一つ。
 FDR政権に潜り込んだ共産主義のスパイが、巧妙に上役に取り入って政権を操り、外交を操り、いずれもがスターリンに繋がっていたことだった。そして「ヴェノナ文書」の開封によって、すべての謎が白日の下に晒された。
 「歴史修正主義」が正しかったのである。

 米国を誤った道に陥らせた世紀のスパイはFDR政権で高官になりあがったホワイトとヒスである。
 
 本書は渡辺氏が、出そろった証拠を適宜駆使しつつ、この二人の大物スパイの行状に焦点を充てながら近現代史の再叙述を試みる意欲作である。
 まずはホワイトである。
 「かれはモーゲンソーの右腕としてたちまち頭角を現した」。
というのも、FDRは無学で歴史に無知であり、そのうえ「勉強嫌いで、専門のはずの歴史学でも戦史本を読む程度であり、経済学には全くの無知だった。FDRは『馬の合う』お友達モーゲンソーを財務長官に登用した。モーゲンソーも出来の悪い学生であり、経済学の素人だった。それがホワイトの出世に有利に働いた」のである(37p)。

 フーバー元大統領は戦後のドイツを視察して食料援助をきめた功労者、ヒューマニストだが、トルーマンはフーバーの報告に基づいてドイツ緊急援助を決め、怪しげなモーゲンソー計画を取りやめて、『マーシャルプラン』に移行した。
 「トルーマンは、ただただドイツを憎む二人の男(モーゲンソー、ホワイト)の復讐心がつくった」戦後復興計画の愚かさを認め、とくにモ?ゲンソーを「煉瓦頭の能なし、くそもミソも分からないきちがい野郎」(57p)と罵っていた。
 なぜこれほど彼らはドイツを憎んだか。
ふたりともユダヤ人であり、復讐心に燃えていたからだ。「敵の敵は味方」とばかりにスターリンに機密を売り渡していた。まわりにもスパイはごろごろといた。
 けっきょく、病気がちのルーズベルトの信任があつかったので、国務省の頭越しに、外交は、モーゲンソー財務長官が仕切る場面が多く、「対日最後通牒であるハル・ノートの原案はハリー・ホワイトが書き、ドイツ農業国化政策(モーゲンソー・プラン)は、モーゲンソーとホワイトが立案した」(192p)。
 ヤルタ会談の勝利者はスターリンだが、「FDRが人生最後の場面で、その夢(国連をつくり代表となること)の実現のためには何もかも犠牲にしても構わないと覚悟していることを、二人のスパイ(ホワイト、ヒス)を通じてわかっていた」(147p)。

 ▲ホワイト、ヒス、そしてモーゲンソー

 もう一人のスパイ、アルジャー・ヒスは苦学してハーバード大学に学んだが、同大学教授でFDR政権に影響力を発揮したユダヤ人のフェリックス・フランクファーターの薫陶を受けた。
 「多くの門下生を」フランクファーター教授はFDR政権中枢に送り込む役割を果たした。なかにはディーン・アチソンらがいた。
 すでにヒスがスパイであることはFDRに伝えられたが、それを伝えたバールにFDRは、『その辺の湖に飛びこんで頭を冷やせ』と叱責した。

 チャーチルもまた敗北者となって英国を没落させた。戦後、訪米したチャーチルにトルーマン大統領は大統領専用車に招待し、地元の大学で講演をさせている。
 「バルト海のシュテェチン(現ポーランド)からアドリア海のトリエステ(現イタリア)まで、ヨーロッパ大陸を横切る『鉄のカーデン』が降ろされた。(中略)西側民主主義国家、とりわけイギリスとアメリカは、際限なく力と思想の拡散を続けるソビエトの動きを抑制しなくてはならない」
とチャーチルは吠えたが、時すでに遅かった。
 「英国はナチスドイツとの戦いで国富の四分の一を失った。英国の対外負債は140億ドルにも上り、ケインズは、『英国の外貨資産は底をついた。五年以内に国家破産する』と警告していた(1945年4月)。その結果がブレトンウッヅ体制であり、世界を支配する通貨はポンドからドルに完全に取って代わられた。チャーチルの『敵の的は味方』とする単純な思考がもたらした英国の没落であった」。(321p)。

 そして、本書にはもう一つの深読みがある。
アメリカは英国の没落を究極的に意図して対のではないのか、という中西輝政氏が提議しているFDRのかくされた意図、
つまり世界通貨の覇権をにぎるためには英国を対独戦に挑ませ、その国力を破壊することではなかったのか、という深読みの発想も下敷きになっている。


(私のコメント)

アメリカは第二次世界大戦において、本土が戦争に巻き込まれることはなく、戦争の勝利しましたが、ヨーロッパとアジアは大変な戦争被害がもたらされた。ヨーロッパと日本が戦災で疲弊した半面で、アメリカは武器を売りつけて大儲けをした。その意味では濡れ手に泡のうまい話だったのです。

アメリカのFDルーズヴェルト政権は、ロシアの共産主義政権とは親密な関係であり、FDルーズヴェルト政権は共産主義のスパイに乗っ取られた政権だとも言えるようだ。ロシアの共産主義政者を資金援助したのも、中国の共産主義政権誕生に力を貸したのもアメリカであり、FDルーズベルト政権は親共産主義政権だった。

戦後の間もない頃は、アメリカから共産主義かぶれのアメリカ人がやってきて、日本では公職追放が行われて、共産主義者が大学教授などに入り込んでしまった。ソ連が崩壊するまでは、共産主義が進んだ政治体制だと信じ込まされていて、学生たちは共産主義の大学教授にイデオロギーを吹き込まれてしまった。

私が大学生の頃は、そのような学生運動が一番盛んな頃であり、日本も共産主義政権がいつ誕生してもおかしくはないような冷戦体制だった。日本人の多くはソ連や中国のような独裁体制は望んでいなかったが、共産主義に対する幻想はマスコミなどを通じて揺るがなかった。インテリほど共産主義にかぶれていた。

しかし私はソ連の共産主義体制は経済的に破綻しており、行列を作らないと物資が手に入らないような体制は先がないことは見抜いていた。ソ連は独裁体制であり情報を統制していては、近代工業化に適応できないことは明らかだ。だからソ連は70年あまりで崩壊した。

アメリカは共産主義中国の誕生にも大きく関わってきましたが、これほどソ連や中国の共産党政権に深く関与したにもかかわらず、アメリカは戦後まもなく中ソの共産主義と対決することになった。冷戦の始まりですが、朝鮮戦争でそれは表面化した。ヨーロッパでも鉄のカーテンがひかれて、アジアもヨーロッパも分断された。

アメリカでも共産主義者への追放運動が起きましたが、多くのソ連のスパイが摘発された。アメリカは大きくぶれる国であり、同盟から敵対関係になる事は珍しくない。日本もアメリカの気まぐれな外交に振り回されてきた国であり、アメリカの動向には注意していかなければなりません。

このような事が起きるのは、親共産主義の民主党と、反共主義の共和党という二つのアメリカがあるからであり、民主党政権では中国には融和的であり、共和党政権では中国に非融和的なのは、イデオロギー的な対立があるからだ。太平洋戦争に突入したのも、日本に原爆を落としたのも民主党政権であり、米民主党の反日外交は歴史の因縁が絡んでいる。

この事は、2004年の株式日記にも書いてきましたが、二つのアメリカは水と油だ。


◆反日の民主党のF・D・ルーズベルト大統領は日本へ18発もの原爆投下を承認していた。しかし共和党は日本との戦争にも反対し、分割占領にも反対していた。 2004年11月29日 株式日記

コメント (29)