森林ジャーナリストの裏ブログ

表ブログに書けない、書く必要もないドーデモ話をつらつらと。

林業元年

2006-12-29 12:47:43 | 林業・林産業

 

今年取材した林業家が口にしていたのは、「林業元年」であった。

なかなかよい言葉だ。ここ数年を、新たな林業を展開する元年としてほしい。

ただ、冷やかすわけではないが、この林業家の考え方は極めて古い(苦笑)。


列状間伐を否定し、いまだに選抜式。また間伐こそが林業に欠かせないと信じきっている。でも、日本の林業は、長い間無間伐施業でうまく回っている時代もあったのだ。とはいえ昔と同じ林業が盛んになれば、日本の森林はよくなると無条件に信じられても困る。地下足袋ばかり履いていては、職種の中で危険度ナンバーワンの汚名を返上できない。

基本的に林業は木を伐るし、それは土壌も荒らせば生態系も攪乱する。野放図に林業をするのは、決して自然によいことばかりではない。

昔の林業を信奉して、このやり方を続ければよいんだ、今日本の森林がおかしくなっているのは昔通りにやっていないからだ、というのは復古主義である。昔のやり方は、今に通じない部分もあるし、昔のやり方自体が自然破壊の面もある。

「林業元年」と言う限りは、新しい技術も導入しなければならないし、新たな理論も組み立てる必要がある。何が現代の林業に大切か、見極めなければならない。
それは頭脳労働でもある。

きっと日本の林業は変わる。その変わり目は、すでにやってきている。

 

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6 コメント

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日本の林業は変わる。 (田中淳司)
2006-12-30 17:21:04
 木材製品が工業製品と一緒のレベルにしないと使われない時代になって、対応に四苦八苦してますが、単価ばかり追求するあまり、大面積伐採するのには疑問を感じます。
 後の植林育林がされない現状を見過ごして良いのか。
 自然環境を相手の林業は、半分は公益的職業として、国が関わっても良いのではないか。

 しかし今の林野庁はだめだ。ただ飯を食っている。
 何をやってるのか?資産を売って食ってるのか?

 本来は、林野庁が先導すべきですよね。

 森林は、人間が生きていく上で重要な資源ですが、
だれが守り、管理するのか?
林業を先導するもの (田中淳夫)
2006-12-31 00:14:24
本当は、林野庁が新しい林業の向かう方向し、森林組合が現場を先導するべきでしょう。
でも、なかなか本来の役割を果たせない、果たそうとしない。それにはいろいろ理由があるのだろうけど、でも、私は変わり目には来ていると信じていますよ。

今は環境と木材生産を両立させている先進的林業地とされているヨーロッパも、数十年前までは略奪的林業でした。その変わり目は、ほんの数年の間に起きています。
長い目で見て、ああ、あの時が日本の林業の変わり目だったんだな、と思えるのが今であることを期待しています。
その林業家のもとで働いている者です (金子)
2007-01-07 19:34:03
この文章を読んで、非常に不快に感じたのでコメントさせて頂きます。

よく読めば、特定の誰かの事を書いている訳ではないとも取れますし、書いてある内容自体は十分に納得がいくものです。しかし、この文章から受ける印象は、まるで「この林業家」が「昔の林業」に固執しているかのようです。
確かにあの時、ウチの社長は列状間伐を否定しておりました。また、今現在は間伐をする事が非常に重要であると言う事も強調していたと思います。社長は極端なモノの言い方をするので、誤解を招く事もよくあるのですが、列状間伐を100%否定している訳ではありませんし、昔ながらの林業に固執してもいません。
むしろ、木材生産業であった今までの林業を超えるには何をすれば良いのか、自然環境と調和しつつ木材を育てるためにはどのような山づくりをしたら良いのか、働く者が誇りを持ち、安全に作業するためには何が必要なのか、森林と社会とをどのように結び付けていったら良いのか等の事を、自らが先頭に立って、地下足袋履いて山で作業しつつ、本を読んだり、様々な人の話を聞きながら、常に考え、議論しています。私の様な若僧の意見でも、しっかりと耳を傾けてくれます。ウチの会社が手入れした山を見れば、分かる人にはその事を理解して頂けると思うのですが、見て頂きましたか?それでも「考え方が古い」とおっしゃるのなら、それは考え方の違いだろうと思います。その場合は、こんな所に書くのではなく、面と向かって言って下さい。

>地下足袋ばかり履いていては、職種の中で危険度ナンバーワンの汚名を返上できない。

おっしゃる通りです。しかし、机の上で考えているだけでは、森林は何も変わりませんし、日本の林業を全て機械化するというのも不可能でしょう。今、誰かが地下足袋を履いて山に入らなければ、日本の森林も社会も維持出来ないと私たちは考えています。だから、ある程度の危険は覚悟の上で山に入ります。これは私たちの勝手な考えですし、所詮は自己満足の為ですから、誰かの為だと強調するつもりはありません。しかし、この文章の流れの中での、この一文は私たちに対しての思いやりが無さ過ぎます。大げさだと思われるでしょうが、危険と隣り合わせで、日々緊張感を強いられている私たちにとっては、こうした些細な一言でも致命的です。実際に今日は、この文章が頭にちらついて、作業に集中する事が出来ませんでした。思考実験は結構な事ですし、異なる意見を持つのも構いません。しかし、人を傷つけるような書き方をしない配慮はして欲しいです。

ついでに、以前(12月21日)に書いていた以下の文章についてもコメントさせて頂きます。

>足るを知る、という言葉があるが、それは十分に豊かな生活を経験した人がいうと、わかりやすい。しかし、貧乏人がいうと、負け惜しみに聞こえる(⌒ー⌒)

私のような者が言うと、「負け惜しみに聞こえ」て、わかりにくいと言う事でしょうが、現在の日本人はみんな、「十分に豊かな生活」をしていると私は感じています。いわゆる発展途上国を旅して来ての感想です。世界的、歴史的視野に立てば、私たちは「豊か過ぎる生活」をしているのですから、「足るを知る」必要があるのだと考えています。

長々と失礼いたしました。
異なる意見 (田中淳夫)
2007-01-08 10:07:25
金子さん、こんにちは。
もし私の書いた文章が「不快」で「傷ついた」と言われるのでしたら、あやまるしかありません。
ただ、読めばわかるとおりに、金子さんの会社社長のエピソードは、その後の意見の導入部に使わせていただいただけです。内容は、極めて一般論です。

ちなみに地下足袋の件は、何も比喩的なことではなく、山仕事に履くのは、地下足袋か安全靴かという問題です。この身軽さを取るか安全性を取るかは、すでに林業界で論争になっていることで、私は、ほかの林業家にも問いかけています。私自身は、少なくてもチェンソーなどを扱う際は安全靴を履くべきだという意見に賛同しています。

異なる意見、立場を記したり表明するのは難しいですね。またそうした異論の受け止め方も。今後気をつけます。
あえて記せば、私が「列状間伐」や「無間伐施業」という発想もあると話した際に、くだんの社長は、いかにも馬鹿にしたような返事をしました。その点に関しては、私も「不快」だった。今考えれば、この話を導入部に使ったのは、それが理由かもしれません。
ありがとうございました (金子)
2007-01-08 21:03:46
誠実なご返答、どうもありがとうございました。
社長の受け答えで不快感を与えてしまった事は申し訳ありませんでした。

地下足袋の問題についてですが、私は爪先に鉄板の入った地下足袋を履いております。私は不器用で鈍いので、せめて装備で安全性を高めなければいけないと個人的に考えています。カナダのBC州で林業を半年間した事があるのですが、その時は義務的にヘルメット、イヤーマフ、安全靴、チェーンソーの防護ズボン(チャプス)を着用させられました。その時はそれが「当たり前」だったので、不便や不満を感じる事はありませんでした。ただ、それが「当たり前」になっていない日本で、それら全てを装備すると言うのは、ある種の勇気が必要だったりしますので、その辺の議論は大いに盛り上がって欲しいと思います。
ちなみに、「カナダの山はなだらかだから、そんなものを着けていられるんだろう?」と言われる方もいるかも知れませんが、BC州の山は日本の山に似て、結構急な斜面もありました。
装備の近代化 (田中淳夫)
2007-01-09 01:14:32
金子さんが謝ることではありませんよ(笑)。

鉄板入りの地下足袋というのは、折衷案というか、一つの方向でしょう。
手前味噌でいうならば、私が推進しているチェンソーアートでは、チャップス着用は義務、イヤーマフ、安全靴、それにゴーグルの着用も推奨しています。
チェンソーをもっとも扱う林業家に欠けている面を、チェンソーアートというホビーで推進して、林業家にも啓蒙することも目的としています。

それと、ご指摘のとおり「日本の山は急峻だから」というのは逃げ口上だと思います。ヨーロッパもアメリカも急峻な林業現場だらけです。外国から来た林業家にもそう弁解して恥をかいたケースもあります。(これは速水林業の速水さんの受け売り)

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