goo

「太平洋戦争」は日本が始めたものではなかった

「太平洋戦争」は日本が始めたものではなかった

戦勝国史観を受け入れる愚

長い取材、調査の結果、はっきりと断言できるが、いわゆる「南京大虐殺」などというものは、明らかに中国のプロバガンダだ。

共同通信のインタビューでも述べたが、南京で大虐殺などなかったのであり、「大虐殺」などという表現を使って、南京で起こったことを語るべきではないのだ。

散発的にわずかな暴力行為があったのは確かだ。しかし、日本軍が軍命によって組織的に市民、捕虜を虐殺するなどあり得ない。日本軍が南京を占領したことでむしろ治安が回復し、二十万とされた人口が占領一カ月後には二十五万に増えている。そうした事実を踏まえない議論はまったく意味がない。

「慰安婦問題」も同様だ。どんなに調べてみても、日本軍が強制的に慰安婦を将兵たちの性奴隷にしたという事実は出てこない。

たとえば韓国でほんとうに「性奴隷」と呼ばれてもいい犠牲者が出現するのは、大東亜戦争が終結し、日本の統治が終わってからのことである。

韓国の政府当局が、多くの韓国人女性を「在韓米軍慰安婦」として米軍位差し出したのだ。それにもかかわらず、中韓はことあるごとに「南京大虐殺」と慰安婦を歴史認識問題として蒸し返し、日本を貶めることに躍起になっているのである。

しかし、それを許している責任の一一端は日本国民自身にもある、と私は思う。もしイギリスが同様の誹護中傷を受けたら、イギリス人は相手国を決して許さないだろう。中韓が歴史を捏造し、謂れなき誹諺中傷を始めて以来、実に長い期間にわたって、多くの日本国民がその問題に口をつぐんできた。

そもそも、朝日新聞のように火をつけ、煽ったマスコミが何社もあった。

一部の研究者や言論人が反論を試みたが、「日本は戦争に負けたのだから」という声に封殺されたり、あるいは「南京大虐殺や慰安婦を否定する人は右翼だ」とか「戦争賛美者だ」などとレッテルを貼られることとなった。

しかし、いつまでもそのまま放置していい問題ではないはずだ。

私は、いまこそ、日本人自身が、大東亜戦争とは何だったのかを見詰め直し、グローバル化していく世界のなかで、どう立ち振る舞うべきかを考えなければならないと思うのである。

マッカーサーの「復讐劇」だった東京裁判

そういう意味でも、日本の戦後にとてつもない影響を与えることになった東京裁判(極東国際軍事裁判)に、日本自身がもう一度立ち返ってみることが必要なのではないだろうか。

私は、東京裁判の法廷となった市ヶ谷の旧陸軍士官学校講堂跡(現・市ヶ谷記念館)には、何度も足を運んだ。『英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄』をまとめる時にも藤田と訪れた。

東京裁判が行われていた時、市ヶ谷の法廷の空気は邪悪で、毒気が漂っていたと多くの関係者から聞いた。東京裁判は、マッカーサーが演出した「復讐劇」だったのだ。

東京裁判では、「正義、公正」といった、アメリカが美徳と掲げる価値とまったく逆のことが行われた。

日本側が提出した証拠資料はほとんど却下され、それどころか、日本側に有利な論述がされるとすぐさま同時通訳のマイクが切られ、法廷記録から発言が削除された。

そもそも、東京裁判で何が裁かれたのか、整理しておこう。

東京裁判の起訴状は次のような書き出しで始まっている。

以下本起訴状の言及せる期間に於て日本の対内対外政策は犯罪的軍閥に依り支配せられ且指導せられたり斯る政策は重大なる世界的紛争及び侵略戦争の原因たると共に平和愛好諸国民の利益並に日本国民自身の利益の大なる毀損の原因をなせり

「言及せる期聞」とは、一九二八(昭和三)年一月一日から一九四五(昭和二十)年九月二日にかけての期間だが、その間に東條英機元首相をはじめとする日本の指導者二十八名が、「平和に対する罪(A分類犯罪)」、「人道に対する罪(C分類犯罪)」、および「通常の戦争犯罪(B分類犯罪)」を犯したので、その容疑で裁く、というわけである。

ちなみに、この「A」「B」「C」というのは、もともと小文字のa,b,cで、別に罪の重さを意味していなかった。「イ」「口」「ハ」とでも訳すべきだった。

裁判は一九四六(昭和二十一)年五月三日から一九四八(昭和二十三)年十一月十二日にかけて行われた。東条英機ら七名が、いわゆる「A級戦犯」として処刑されたと言われているが、前述の「A分類犯罪」では無罪となっている。有罪となったのは「B分類犯罪」による。つまり、東条英機元首相ら七名は、いわゆる「B級戦犯」として死刑判決を受け、処刑されたのである。この観点からも、東条英機元首相ら処刑された七名を、「A級戦犯」と呼ぶことは、名誉棄損に値する。

しかし、この東京裁判そのものが国際法から逸脱したものだった。そもそもマッカーサーには東京裁判を開廷する管轄権などまったくなかったし、多くの被告が裁かれた「平和に対する罪」も、それまで存在していなかった罪で、まさにとってつけた事後法だったのだ。

そんな「裁判」などとは呼べない法廷で、東条英機ら敗戦国の戦時リーダー七名が、いわゆる「A級戦犯」との汚名を着せられ、絞首刑に処せられたのである。実際は、「A分類」では無罪。「B分類」の一般戦争犯罪で有罪となり、絞首刑に処せられたのである。

ところが、戦後の日本は、その東京裁判に立脚した歴史観、いわゆる「東京裁判史観」、あるいは「戦勝国史観」を受け入れてしまったのだ。

現在の日本では、実に多くの日本人が、「大東亜戦争は日本軍の卑怯な真珠湾攻撃で始まった。だから、東京裁判の結果を受け入れるのは当然だった」と考えているのではないだろうか。

あるいはまた、「南京大虐殺があったのだから、中国が何を言ってきても謝るべきだ」とか、「韓国を植民地にしていたのだから慰安婦問題を突きつけられても仕方がない」と思ってはいないだろうか。

そして、そうした思いは、巨大メディアや政界、財界、、教育界、さらに政府中枢にさえ温存されている。日本は、戦勝国史観を刷り込まれてしまっているのである。

それをいいことに、中国や韓国は偽りの歴史を捏造し、「反日プロバガンダ」を世界中に発信し続けている。そのために、日本は名誉を著しく棄損され、国益を大きく損なっているのである。本当に嘆かわしい状況だ。

日本は覚醒の時を迎えている

繰り返しになるが、東京裁判がデタラメだったのだ。「戦勝国史観」ばまったく史実に反する戦勝国アメリカのプロバガンダに他ならない。

どうして日本と日本人を貶めるストーリーが、巨大メディアから政府中枢にまで温存さ
れ、発言されるのか。

日本は一刻も早く、この病を完治しなけれぱならない。「慰安婦問題」も「南京大虐殺」も、歴史の事実としては存在しない。もはや、それらの言葉を報道で使うべきではないのである。

すべての元凶は、GHQ(連合国軍総司令部)最高司令官ダクラス・マッカーサーが主導した東京裁判にある。

さらにGHQ主導の下、NHKはまったく事実ではない南京大虐殺など、日本軍の残虐行為に関する虚構を国民に向けて報道し、罪の意識を植え付けた。WGIP(ウォー.ギルト・インフォメーション・プログラム)も注目されている。こちらも朝日の慰安婦報道に加えて、しっかりと検証することが必要だ。

戦後七十年である。いまこそ日本人は敗戦と占領の呪縛を知り、失われた独立主権国家としての気概を取り戻すべき時を迎えているのである。

「太平洋戦争」を仕掛けたのはアメリカだった

私にはネーサン・クラークという伯父がいた。二〇一五年五月に九十六歳で他界したが、アメリカとイギリスの二つの国籍を持っていた。

伯父は、一九四一年の初頭からインドに展開していたイギリス軍部隊に所属していた。鋭い観察力を有する人物だったが、その伯父から聞いた話がある。

一九四一年中頃のある日、伯父はイギリスの統治下にあったビルマ(現・ミャンマー)のラングーン空港に降り立った。そこで膨大な数のアメリカ軍の爆撃機が展開しているのを目の当たりにし、我が目を疑った。

伯父は大尉だったが、目の前に展開している大規模な軍備増強の目的が戦争以外の何物をも意味しないことをたちどころに悟った。

アメリカは対日戦争の準備を着々と始めていたのである。真珠湾攻撃のおよそ六カ月前のことだった。伯父は言葉を続けた。

「アメリカ政府が、とりわけルーズベルト大統領はアメリカ市民を欺いていた。」と、
伯父の声にはとても強い怒りが込められていた。

その時まだ二十代半ばだった私には、なぜ、伯父がそれほど怒りに駆られていたのかわからなかった。

しかしその後、私は、日本在住五十余年という長い年月を経て、様々な歴史的事実を知るにつれ、実は伯父がタブーともいえる"秘話〃を語ってくれていたのだということを理解したのである。

伯父がラングーン飛行場で膨大な数の米軍爆撃機を目撃した六カ月後の一九四一年十二月八日未明、日本海軍は、ハワイ・オアフ島で米海軍太平洋艦隊に対し、航空機と潜航艇による攻撃を敢行した。真珠湾攻撃である。

アメリカはそれに対し、「卑怯極まりない日本は、極秘裏に大艦隊をハワイに進攻させ、宣戦布告することもなく、休日(日曜日)を楽しんでいた罪もない人々に奇襲攻撃をしかけた」と、自国民の対日感情を煽った。

アメリカの世論は一気に日米開戦へと傾いた。それまで開戦に消極的だったアメリカ国民たちが一斉に戦争へと向かっていったのだ。

しかし、伯父が目撃していたことからも明らかなように、アメリカは、それ以前から着々と対日戦争の準備を進めていた。つまり、アメリカにとっての「太平洋戦争」は日本が始めたものではなかった。アメリカがしたくて仕掛けた戦争だったのだ。

私がこの話をするのは、大東亜戦争がいつ起こり、いかなる方途へと世界を導いたかを見直してほしいからだ。私は、日本人は歴史の真実をもっと知るべきだと思っている。

地球儀からピンク色を消した日本

真珠湾攻撃を契機に、日本が大東亜戦争を始めた時、私はわずか三歳だったが、その後、ピンク色の地球儀を見せられて成長していくこととなった。地球儀のピンク色……それは、当時、世界の半分以上の地域を支配していた大英帝国の領土を示していた。

アフリカはほぼ全域がピンクだった。中国を除くアジアのほとんどもピンクだった。そしてインドも大英帝国の領土であることを示すピンクに染められていた。

しかし、大東亜戦争の結果、地球儀の色は大きく変わっていった。

何が起こったかと言うと、ピンク色だった部分のほとんどすべてが、1950年代初頭には消滅してしまったのだ。

たとえばインドは、一九四七年には独立を果たした。その他のアジア諸国も次々と独立を勝ち取っていった。アフリカでも同様のことが起こった。

つまり、私が育ったのは、ピンク色だった地球が急速に他の色へと移り変わり、ついにはピンク色でなくなってしまうという時代だったのだ。

消えたのはイギリスの支配する地域だけではなかった。他の欧米各国が支配していた地域もまた、次々と独立を果たし、それぞれの色に変わっていった。

事実だけを述べれば、大東亜戦争後、旧植民地が次々と独立できたということだ。

この歴史を振り返る時、現在のように植民地が存在することなく、また多くの民族が平等に過ごせるような新たな世界を人類が迎えることができたのは、ひとえに日本の努力の賜物だと思う。そう思うのは私ばかりではないはずだ。現に、マレーシアのマハティール元首相も「日本のアジア占領がアジア地域への侵略ではなく、アジアをヨーロッバの植民地支配から解放したものだという主張は真実だ。日本の進攻によって、我々はヨーロッパ人が絶対的なものではないと知った。日本による占領は、我々を一変させた。……日本軍は物理的にイギリス軍を排除したのみならず、我々の世界観を一変さぜたLと、日本の軍事進攻と占領を高く評価した。

それにしても、なぜアメリカは、日本を大東亜戦争に引きずり込んだのか、そもそもアメリカは、どのようにして日本を食い物にしようとしたのだろうか。

さかのぼそれを理解するには、歴史をはるかに遡り、マシュー・ぺリー提督の人生にまで言及しなければならない。(P34~P44)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「死んでほしい夫」にならない方法

「死んでほしい夫」にならない方法

小林:夫が常に妻への感謝の気持ちを忘れず、さらに、その感謝を言葉にしていると、うまくいく場合が多いようです。結局は夫婦間であっても言葉にしないと想いが伝わらないものなんですよね。それを理解している夫が、妻に「死ね!」と思われずに済んでいるように思います。もちろん夫にしてみれば、仕事でストレスを抱えて大変なのでしょうが、それでも「妻も大変なんだ」ということを忘れずに、ねぎらいの言葉をかけること。それができる夫が、「死ね!」と思われずに、家庭内で生き延びることができるようです。

「死んでほしい夫」にならない方法

「愛の三原則」
「ありがとう」をためらわずに言おう
「ごめんなさい」を恐れずに言おう
「愛してる」と照れずに言おう

「非勝三原則」
勝たない
勝てない
勝ちたくない
~戦わないことが、真の勇者であり、勝者なのだ~

(全国亭主関白協会ホームページより)

【禁句】夫が絶対言ってはいけないNGワード3選

「おれが養ってやってる」
「協力してる」
「家族サービス」

...いかがでしたでしょうか。「愛の三原則」からも見てとれるように、やはり夫婦間に最も大切なのは、言葉をつかったコミュニケーションなのかもしれません。もちろんそれは、妻にとっても同じこと。おそらく「嫌なことを嫌だと口に出さずに我慢すること」がストレスの原因となり、それが積もり積もって「死ね!」という感情や、殺意に変わるのでしょう。「思ったことは常に言う、互いに話し合いの姿勢を持つ、コミュニケーションをとる、我慢しない」。これらを意識して、「死ね!」と妻に思われない、そして、「死ね!」と夫に思わなくても良いような夫婦関係を皆様が築けることを、願ってやみません。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「苦労は買ってでもするべき」という根性論は正しいか?

「苦労は買ってでもするべき」という根性論は正しいか?

こんにちは!肥後庵の黒坂です。
「若い頃は苦労を買ってでもしなさい」という人がいます。私はサラリーマン時代、上司や先輩からこのセリフを何度も言われてきました。今の私はこのように言われることもなくなりましたが、昔は学生時代から言われていた気がします。

近年、努力や根性を見せる姿勢を「ダサい」と見る風潮があります。また、あちこちのブログで「苦労しなさい、は嘘だ」という主張が見られます。苦労はするべき?それともムダ?今回はそんな話をしたいと思います。

苦労や努力には「質」がある

苦労、努力には「質」があります。苦労や努力をすれば何でもいいのではなく、質の高い苦労や努力、その逆もあるわけです。

ムダな苦労の代表例が「非効率」なものです。私が住んでいる熊本県から、東京都へ行こうとするといろんな手段がありますが、総合的に考えて飛行機での移動以外はありえません。自動車だと丸一日時間がかかる上にガソリン代と高速代がかかりすぎます。また、都内に入った後の駐車料金も尋常じゃなくかかりますので論外。新幹線もとてつもなく時間とお金がかかりますのでパス。今は安い時期に飛行機を取れば数千円で行けますし、都内に入った後の行動にも一切の成約がないので飛行機以外の選択肢はありえません。

移動手段について明らかに非効率な手段を選ぶ人はあまりいません。しかし、仕事や学習をする上では、非効率な努力が未だに横行しています。私が昔、財務・経理の仕事をしていたときのことです。決算書の分析をするため、一緒に働いていた人へ「エクセルにデータを落として、内容を見ておいてもらえますか?」とお願いをして席を外しました。

会議から戻ってみると、その人がやっているのは一生懸命、会計ソフトの勘定を見ながらエクセルへ手入力をしているのです。データをエクスポートすれば所要時間は1分、1時間以上離席して戻ってみると、未だにチコチコと入力をしているのです。これは飛行機という手段があるのに、あえて自動車を選ぶような効率性の悪さでしょう。手入力は体力も使いますから、それをやるメリットは何もありません。

…でも私もえらそうなことはいえません。義務教育時代、私は社会のテスト勉強をする時に一言一句、ひたすらノートに暗記の対象を書いていました。手と頭が疲れ、全然脳内に情報が入ってこないのに時間だけは飛ぶように過ぎていきます。もちろん、テストの結果はボロボロ。地理や歴史の勉強をするならば、手で書くのではなく何回も読む方が圧倒的に記憶として定着します。

このように苦労や努力には質があります。悪い質の努力をいくら重ねても消耗するだけで、時間のムダでしかありません。

答えを模索する努力はムダにはならない

しかしながら、たとえ思うような結論に至らなかったとしても活きた努力は存在します。それは「答えそのものを模索する努力」です。

このブログもそうですし、経営しているフルーツギフトの肥後庵も同じです。日々、新しい商品やサービス、記事の執筆などに取り組んでいますが、空振り三振も少なくありません。

でもそうした失敗の山があるからこそ、成果に結びついた経験は数多くしてきたつもりです。発明王のエジソンは次のように言っています。

“発明するためには、 豊かな想像力とゴミの山が必要だ

これは発明という大成功の前には、試行錯誤の末のたくさんの失敗があるということです。あのエジソンでもこのような言葉を残しているのですから、必死に答えを模索した努力は絶対に裏切らないのです。

私は2015年に起業をするまで、数々の起業を失敗してきました。初めての起業は、銀座のレンタルオフィスに英会話スクールを立ち上げました。起業のきの字も知らないド素人ですから、当然集客なんて出来ません。半年分まったくの空室にお金を払い続ける事になりました。でも、その経験を経て、「起業をする前に、集客をする手段を持っておくべきだ」という揺るぎない理解を得ることが出来ました。その後も何度も色んなビジネスを立ち上げては潰す事を繰り返し、ようやく2015年に肥後庵のビジネスを立ち上げて今に至ります。昔、山ほど失敗した経験が今の自分を作り上げてくれています。

苦労を回避しようとする人は失敗する

世の中にはすぐに答えを求める人が少なくありません。手っ取り早く答えを求めようとする人は、苦労を回避しようという気持ちが強いのでしょう。私のもとにも

「ネットショップで簡単に稼げる方法ありますか?」
「確実に集客出来る方法を教えて下さい」

と質問が寄せられることがあります。でもそういう事をいう人は絶対に成功できないと思います。なぜかというと、失敗を避けようとしているからです。

どんなビジネスでも、人生の生き方でも100%確実な答えなんてありません。「これをやれば絶対に売れる。即成功する」なんてものは世の中にないのです。どんなにいいものでも、時代にマッチしなければ「早すぎて市場に受け入れられなかった」ということはいくらでもあるのです。また、同じことをしてもやっている人が違うだけで成果が違ったりします。

何事も試行錯誤しないと結果なんて分からないのです。いや、むしろ壁にぶつかって「さあ、どうすればいい?」と考える時が本当のスタートです。「確実な答えをくれ。早く!」という人は一度でも壁にぶつかるとすぐに諦めてしまいます。私がやってきたネットショップや記事を書く成功例をお伝えすることはもちろん出来るのですが、それを伝えて絶対に壁にぶつからないかというとそうではないのです。むしろ、必要な行動をやってみて壁にぶつかった、そこからが真のスタートだと思っています。

例えばブログもそうです。集客やブランディング、マネタイズを目的に広告を貼ったり、アフィリエイトリンクを貼ってブログを始める学生や主婦がいますがほとんど失敗しています。それはなぜかというとすぐに諦めるからです。「もういいわ。バカバカしい」と自分が感じたポイントで、ほとんどの人は投げ出しています。そこを乗り越え、ある程度の期間、試行錯誤を繰り返した結果、成功にたどり着くわけです。

サクッと成功することはスマートに見えます。ですが、それは本当にごく一部の人だけ。多くの人は答えを模索し続け、失敗のごみの山をたくさん積み重ねることで成功にたどり着くことが出来る方法なのです。

無意味に苦労しなさいというつもりはありません。しかし、自己成長につながり、己の哲学を磨くことになる「質の高い苦労」は借金してでも買う価値はあると思っています。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

植民地経営は大損だったのに…

植民地経営は大損だったのに…

つくられたイメージ

欧米列強は18世紀以降、本格的に海外を植民地化した。植民地化によって、現地人を搾取して、利益を収奪したという一般的なイメージがあるが、植民地経営はそれほど簡単なものではなかったし、収奪する程の利益など、植民地にはほとんどなかった。

海外を植民地化することは莫大な初期投資がかかり、費用対効果という観点からは、とても受け入れられるようなものではない。常時、軍隊を駐屯させる費用、行政府の設置・運用とその人件費、各種インフラの整備、駐在員の医療ケアなど、莫大な費用がかかる。その行政的手続きも極めて煩雑になってくる。

初期コストや投資金を無事に回収し、安定的に利益が出せるかどうかの保証などもない。植民地ビジネスはリスクが大きく、割に合わないのだ。「植民地=収奪」という根拠のない「つくられたイメージ」を一度、捨てるべきだ。

教科書や概説書では、植民地経営の成功例ばかりが書かれている。例えば、オランダはインドネシアを支配し、藍やコーヒー、サトウキビなどの商品作物を現地のジャワの住民に作らせ(強制栽培制度)、大きな利益を上げていたというようなことだ。しかし、このような成功例はごく一部であって、ほとんどの場合、投資金を回収できず、損失が拡大するばかりであった。実際、19世紀、ヨーロッパのアフリカの植民地経営などはほとんど利益が上がらなかった。

文明化への使命

では、なぜ、欧米は大きなリスクをとりながらも、植民地化に取り組んだのか。それは経済的な動機というよりも、思想的な動機が強くあったからだ。

近代ヨーロッパでは、啓蒙思想が普及した。啓蒙とは「蒙を啓く」つまり無知蒙昧な野蛮状態から救い出す、という意味である。啓蒙は英語でEnlightenment、光を照らす、野蛮の闇に光を照らす、という訳になる。啓蒙思想に基づき、西洋文明を未開の野蛮な地域に導入し、文明化することこそ、ヨーロッパ人の使命とする考えがあった。

イギリスのセシル・ローズ(Cecil John Rhodes、1853年~1902年、は南アフリカのケープ植民地首相)などはこうした考え方を持っていた典型的な人物であった。

ローズは、アングロ・サクソン民族こそが最も優れた人種であり、アングロ・サクソンによって、世界が支配されることが人類の幸福に繋がると考えていた。

開明化された地域が資本主義市場の一部に組み込まれれば、利益をもたらすという狙いも最終的にはあったかもしれないが、「文明化への使命」という考え方が割に合わない植民地経営のリスク負担を補っていた。

当時のヨーロッパ人というものは、我々が考える以上に非合理的であり、昔ながらの精神主義に拘泥していたと言ってよい。

村山談話

実は、日本の植民地政策にも、このような啓蒙思想を背景とする思想的動機が強くあった。韓国や台湾を植民地化して、当時の日本に利益など全くなかった。元々、極貧状態であった現地に、日本は道路・鉄道・学校・病院・下水道などを建設し、支出が超過するばかりだった。それでも、日本はインフラを整備し、現地を近代化させることを使命と感じていた。

特に、プサンやソウルでは、衛生状態が劣悪で、様々な感染症が蔓延していたため、日本の統治行政は病院の建設など、医療体制の整備に最も力を入れたのだ。

日本人はヨーロッパ流の啓蒙思想をいち早く取り入れ、近代化に成功し、それを精神の前提として、植民地政策を展開した。何の儲けにもならないことのために。

1995年、当時の首相村山富市が発表した「戦後50周年の終戦記念日にあたって」と題された談話(いわゆる「村山談話」)には、以下のような下りがある。

植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。

このような文言は「植民地=収奪」という「つくられたイメージ」を前提にしていると言わざるを得ない。植民地支配によって、我が国は「多大の損害と苦痛」を「与えた」のではなく、「被った」のである。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

バブルは可能である

バブルは可能である

今回の水害でみんなもよく分かったことがあろう。

 木造住宅は、RC住宅よりも、危険である。

 行政は、これを認めるべきだ。住宅メーカーなどに遠慮している時か?

 町の半分が水没して数百戸が居住不能になり、数千人が避難所暮らしを余儀なくされた、とする。この数千人が最終的に救済されるまで(たぶん20年以上の長期間)にかかる全費用「×××億円~×兆円」を、想像して欲しい。

 かたや、平時に、行政が、RC(鉄筋にコンクリート流し込み)住宅や、コンクリートパネル組み立て式住宅の施主に対して、気前の良い補助金を出し、かつまた、そうして築造されたハードニング(&不燃)住宅にかかる固定資産税を恒久免除(あえて減免とは言わない)するという法令を施行していたならば、どうか?

 その政策に必要な全経費は、上述の「×××億円~×兆円」より、少ないはずである。

 それと別に、住宅が土石流によって潰されて、夜間に知らぬ間に死んでしまう人命を救えるという社会的な功利が、プライスレスであることは、申すまでもない。

 このたびの水害騒ぎが一段落すれば、必ずや、川土手を補強しろだとか、砂防工事を増やせだとかの声があがるはずだ。

 ダメだ。その方向に利益を誘導しては。
 それらは社会福利を極大化する最も合理的な公共政策とは言えない。

 なぜなら、これから日本各地が繰り返し襲われる諸災害は、決して予測できる範疇には収まってはいないからである。

 木造住宅が木造住宅として再建され続ける限り、災厄は何度でも、手を変え品を変えて、わが国の高齢化した住民たちを屈服させてしまう。

 それは水害や地震に限らない。いくら耐震設計であっても、木造住宅は、横から衝突する土石流から居住者を防護してくれるかどうかは分からない。
 二階まで泥水に漬かった後で、汚濁を洗滌し易いかどうかも分からない。
 多発的な都市火災の延焼に抵抗し、みずからが燃料を提供して火勢を助長してしまわないかどうかも分からない。

 肝心なことは、「これからの日本では木造住宅は危ない」と行政が公式に認めることなのだ。行政は、あらゆる住宅を「RC化/コンパネ化」させる誘導にこそ努めなくてはならないのだ。
 それは、「個人の意思が、社会を救済する」、まっとうで健全な道につながる。

 究極の致死的災害と考えられる、近隣国からの核ミサイル攻撃が万一起きたとしよう。
 RC/コンパネ住宅の多い街は、木造住宅の多い街よりも、総死者数を抑制し、「避難所生活者数×年月」も抑制するだろうと、常識的に予測ができる。
 この普通の常識を、そろそろ正面から評価しなくてはならない。

 街の全戸に占めるRC/コンパネ住宅の比率が高まれば高まるほど、将来の非常事態がもたらす社会コストは、低下する。おそらくは劇的に。

 しかも、この「RC/コンパネ化助成」政策は、日本の景気を根本から改善しもする。
 なぜなら、現下の日本国において最も金融資産を抱えている老人たちが、「無税の安全不動産」を児孫に遺贈してやるべく、現住の木造住宅の「RC/コンパネ化」改築に、踏み切ってくれるからだ。

 全国規模で、老人資産が、住宅消費に投入される。
 巨大な死蔵資産が新需要を全国的に喚起する。
 老人の創意が、家族と次世代を安全にする。社会も間違いなく再活性化する。

 バブルが再来するであろう。
 しかしこのバブルは、やましいところ、うしろめたいところが何ひとつない、健全すぎるバブルなのだ。

 有産の独居老人は「自衛」のためにも、木造住宅をRC/コンパネ化するべきである。
 RC/コンパネ住宅ならば、冬の雪下ろしをボランティアに手伝って貰う必要はない。ひとさまに迷惑をかけることがなくなるのだから。

 まして、RC/コンパネ造りの三階建て住宅(特に集合住宅)ならば、その屋根によって、地域の他の人々を、水害時に救ってやれるかもしれない。偉大な社会奉仕にもなるのだ。
 行政として、恒久免税でこれに酬いるくらいは、とうぜんであろう。
 功労金を与えて表彰してもよいくらいだと思う。

 第二次大戦末期に日本陸海軍が必死で完成させようとした、試作だけに終わった数々の「迎撃機/局地戦闘機」を、思い出して欲しい。
 あんなものにかける予算を、すべて都市の住宅の不燃化の助成に投じていた方が、本土住民の空襲犠牲者数(30万人)は、劇的に減っていたことは明らかである。
 原爆をくらった広島市ですら、死傷者は半分以下に抑制されたはずだ。徹底的な焼夷弾空襲を受けたドイツの都市(基本的に不燃構造)の数値や、日本の2都市の原爆死者の8割が「焼死」であった事実から、これは一般に推計できることなのだ。

 今こそ健全な智恵と向き合おう。現代日本の危険の淵源は、木造住宅である。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ドル基軸通貨体制の放棄と金融危機

ドル基軸通貨体制の放棄と金融危機

7月になりました。あいかわらず世界情勢は不安定です。特にトランプ政権による高関税の導入という保護主義的な政策は、大きな混乱を引き起こしつつあります。今回はこれについて書きます。
 高関税の導入という、戦後の世界経済ではそれこそ禁じ手とされてきた保護貿易主義を躊躇なく適用したトランプ政権には各国が強く反発し、報復関税の連鎖になる様相を見せています。
 5月31日にトランプ政権は、これまで一時的に適用を除外されてきた、カナダ、メキシコ、EU連合に対しても、日本や中国と同様の高関税を課すとしました。鉄鋼は25%、アルミニウムは10%の関税です。この処置に対し、カナダ、EU連合、そしてメキシコは、米製品に対し同様の水準の高関税を課すとしています。
 さらにトランプ政権は、中国に対しては、ハイテク製品を中心に1102品目、計約500億ドル(約5兆5千億円)相当の中国からの輸入品に25%の追加関税を適用すると発表しました。これに対し中国も、米国からの輸入品に追加関税を課す同規模の報復措置を表明しました。

 しかしそれに怒ったトランプ政権は、中国が最近発表した米製品に対する追加関税を進めると主張するなら、2000億ドル相当の中国製品に対する追加関税を実施するとして、さらなる報復関税の適用を表明しています。
 このような状況で、自由貿易に基づく国際的な協調体制を維持するために結成されたG7では、報復関税連鎖の引き金を引いたとの非難がトランプ大統領に集中し、アメリカは完全に孤立しました。これではもはやG7ではなく、G6プラス1ではないかとも揶揄されるようになっています。

●自由貿易体制の危機
 このような状況は、保護貿易主義が自由貿易のシステムを崩壊させ、それが第二次世界大戦の引き金になったとの反省から作られたプレトン・ウッズ体制の実質的な崩壊の可能性さえ示唆する歴史的な転換点であることは間違いありません。
 戦後の経済発展を支える基本的なシステムとして1944年に構想がまとまったプレトン・ウッズ体制は、ゴールドとドルの交換が停止された1971年のニクソンショック、そして2008年に頂点に達した金融危機など、数度の危機を乗り越え、現在のグローバルな資本主義の基礎として、70年以上の長きにわたって保持されてきました。

 それが、トランプ政権の保護主義的な高関税政策が引き起こした各国の報復関税の連鎖により、危機的な状況になりつつあるのです。これは、戦後のプレトン・ウッズ体制を決定的に変質させる歴史的な転換点であることには間違いありません。

●水面下で進行する危機と意味のない楽観
 しかし、この変質がどれほどの危険を内包しているかは、ほとんど報道されることはありません。
 米高金利によるドル高、3.8%という歴史的な失業率の低さとアメリカの好景気、そして2万6000ドルを突破したダウ、また、それと呼応し安定的に上昇しているニッケイなどの明るいニュースばかりが注目され、報復関税の連鎖は、残り2年の任期となったトランプ政権が終わった後は放棄され、もとの状態に戻るとさえ思っているようです。
 いまの状態は、ニューヨークの狂った不動産屋の政権が引き起こした一時的な混乱にしかすぎないというわけです。日本でも欧米でも、まだこうした楽観論が報道の基本的な姿勢になっています。

 だが、水面下では大変な事態が進行しているのです。いつになるかは分かりませんが、比較的に近い将来に起こる次の金融危機が準備されている状況なのです。我々は楽観的な雰囲気と喧伝された景気のよさに目を奪われ、危機の存在を認識することができない状況にいるのです。
 これからどういう事態が進行しているのか順を追って見ることにしますが、その前に、自由貿易とそのもとで可能になるドル基軸通貨体制によってこそ、世界経済の中心である現在のアメリカが維持されている事実を前提として知っておく必要があります。

●自由貿易によるドルの散布こそ覇権の基礎
 周知のように、アメリカの覇権の基礎になっているのは基軸通貨がドルであるという事実です。自由貿易で各国に開放した米国市場には、世界のあらゆる地域から製品は輸出されてきますが、ドルが基軸通貨であるため代金はすべてドルで支払われます。これは、世界にドルを供給することなので、ドル散布と呼ばれています。
 一方各国は、自国通貨の上昇を嫌い、受け取った代金をドルのままアメリカ国内の市場に再投資せざるを得ません。ドルを自国の通貨に両替すると、その通貨価値は上昇し、輸出にとって極めて不利になるからです。
 そのため、ドルが基軸通貨であれば、ドルは自動的にアメリカに還流して行きます。このシステムが存在している限り、米政府の財政赤字による債務は国債の販売を通して補填されるので、税収をはるかに上回る支出が可能となります。これが、覇権を維持するために必要な政治力や軍事力の基礎となるのです。

●加速する米国債売り
 還流したドルによって米国債が買われ、国家予算が補填されるシステムで、高関税の導入による保護貿易を実施したらどうなるのでしょうか? その結果は、改めて詳しく説明するまでもないでしょう。適用される高関税の規模にもよりますが、適用される分野が大きくなればなるほど、米国内に還流するドルは大きく減少するので、米国債の販売による債務の補填もうまくゆかなくなります。米国債は市場で売れ残って下落し、その結果として長期金利は上昇します。
 この動きはまだ本格化していないものの、すでにその兆候ははっきりと出てきています。米国債の下落を見越した各国による、米国債売りの加速です。
 6月15日に発表された4月の米国債の状況を示す米財務省の報告書を見ると、ロシアは保有する951億ドルの米国債の約半分である474億ドルをすでに売ったことが明らかとなりました。
 同様に日本は120億ドル、中国は70億ドル、そしてアイルランドは170億ドル相当の米国債をすでに手放していることが分かりました。日本、中国ともに約1兆2000億ドルほどの米国債を保有しているので、この数字はたいしたことがないように見えるかもしれませんが、毎年保有額を増やしてきた日中両国にとっては、近年ではまれに見る売りの規模です。
 これと連動して、米国債の金利はじわりじわりと上昇しています。この背後には、トランプ政権が発動した連鎖的な保護貿易による米国債の下落懸念があるのではないかと見られています。

●債務が増大するなかで米国債が売られる
 そして、このような米国債売りの加速が起こっているタイミングに注目すると、この問題の深刻度が分かります。それは、アメリカの債務が急速に増大し、債務の補填がもっとも必要になるときに起こっているのです。
 まず債務増大の原因のひとつは、昨年の12月に成立した法人税の大幅削減です。これは法人税を35%から21%に一挙に削減するというものです。法人税の削減で投資が活発となり、景気がさらに上向くので最終的には税収が増えるとするものですが、そのようになる保証はないと見られています。今後10年間で、税収は1兆ドルほど減少すると見られています。
 さらに状況を悪化させているのが、いまトランプ政権が実施しているトランポノミックスという経済政策です。周知のようにトランプ政権は、兵器やインフラを中心に大規模な公共投資を行っています。これはトランポノミックスと呼ばれていますが、この政策をあてにした投資が活発化したため、高株価の状態が続いているのです。

 しかし、税収が減少しているときにこうした財政出動を実施しているのですから、政府債務は急速に増大します。2017年会計年度では5190億ドルの政府債務は、2018年会計年度では9550億ドルに増えています。このままのペースで増えると、2019年度と2020年度には1兆ドルに達します。そしてこのまま状況が変わらなければ、10年後には34兆ドルにまで膨れ上がる計算になります。
 問題は、高関税による保護貿易が継続すると、アメリカに還流するドルが大幅に減少するので、政府債務を補填するための米国債の販売に支障が出てくるということです。要するに、米国債が売れなくなるのです。保護関税政策を続けると、こうしたリスクが大きくなることは間違いありません。

●高金利による企業破綻の増大
 この影響はことのほか大きいのです。米国債が売れなくなると、当然その市場価格は下落します。すると、長期金利はすぐに上昇します。
 現在アメリカの景気はよいのですが、その背景となっているのは、FRBが長期間続けてきたゼロ金利政策を含む、量的金融緩和政策です。その結果、限りなくゼロに近い金利のローンに依存してなんとか生き残っている、いわゆるゾンビ企業がかなり存在するのです。
 米国債が下落して金利が上昇すると、こうした企業は破綻の危機にさらされます。この状況は、長期金利の上昇でただでさえ減速する米経済を、さらに悪化させます。

●下落する株価
 米経済のこのような状況は、株価に大きく影響することは避けられないでしょう。米経済の減速が背景となり、現在の高株価の状態は終わるのです。
 それだけではありません。海外からアメリカに還流するドルは、米国債だけではなく、株式や社債、そして不動産など米国内で売られているあらゆるものに投資されています。現在のダウの高株価の背景のひとつには、海外から還流するドルによる投資があります。
 そのような状況なので、保護貿易の実施によるドルの還流の減少は、米国内の金融市場の大きな下落、ならびに不動産市場の暴落の引き金となります。下落の規模によっては、リーマンショックを上回る金融危機を誘発する可能性もあります。

●縮小する基軸通貨としてのドル
 現在は好調な米経済も、保護関税の連鎖による貿易戦争が長引くと、金融危機を伴う危機的な状況に陥る可能性は否定できません。
 こうした状況を反映してか、これから不安定になるドルを回避し、異なった通貨を国際決済に使う動きが加速しています。すでにこの傾向は、中国の一帯一路と中ロ同盟で発展するユーラシア経済圏の拡大に伴って、ドルではなく人民元での決済が次第に増加しています。高関税の連鎖による貿易戦争の拡大と、それによる将来的なドル不安が背景となり、ドル離れの傾向は一層加速しているのです。
 6月8日、中国とロシアは、相互の貿易の決済にドルではなく両国の通貨を使う協定を結びました。数年前まではロシア企業による人民元の決済の割合は2パーセントから9パーセント程度でしたが、いまでは15%になっています。また、昨年の7月、中国政府は人民元とルーブルを使う決済システムを立ち上げました。これから人民元とルーブルが使われる範囲は拡大し、基軸通貨としてドルが放棄される流れは加速する方向にあります。この傾向は、ユーラシア経済圏のみならず他の経済圏でも拡大しています。

●近い将来の金融危機
 さて、これがいま貿易戦争の背後で静かに進んでいる事態です。ひとことでいうとそれは、アメリカ国内に還流するドルの減少に伴い、米国債の下落、株や社債の暴落、極端な高金利、企業破綻の激増などが背景となり、新たな金融危機発生の引き金を引くというシナリオです。
 いま高関税の連鎖による貿易戦争は、始まったばかりです。25%程度の高関税が適用される分野はまだ限定的です。その意味では、アメリカや日本の好景気を見て、先行きを楽観視することもできるかもしれません。
 しかし、貿易戦争が長引けば長引くほど、金融危機に陥る危険性は高まることは間違いありません。これがいつやってくるかは分からないものの、いまそれに向かう最初のスイッチが押された状態なのです。注視しなければならないことは間違いありません。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

わが国の賃金が上がらず、平均では下がってデフレになった原因

わが国の賃金が上がらず、平均では下がって、デフレになった原因
原因は、90年代までは労賃が1/30だった中国製造業の台頭


こんにちは、吉田繁治です。モリカケ問題から成立が危ぶまれてい
た今国会の目玉法案「働き方改革法案」は、5月末に衆議院を通過
し、参議院で審議中ですが、成立は確実になっています。

政府は「わが国から非正規という言葉をなくす」と言い、「同一労
働・同一賃金」を掲げています。非正規雇用とされているパートの
時間給は、全国平均では、各県の最低賃金すれすれの850円です
(東京は1050円)。

一方で、パートを同じ労働が多い20代前半の正社員は、賞与を含む
と1時間換算給は1600円付近です(1年2000時間労働)。ほぼ2倍
(50%)の格差があり、他のOECD(先進20か国:70%から95%の格
差)と比較すれば、非正規と正規雇用の、雇用形態による賃金格差
が大きすぎるからです。

直接のテーマとする「流通小売業」では、パートの労働時間構成比
は77%に高まっています(2017年)。パートを4時間労働とすると、
50人の従業員なら、正社員が23%の11.5人で、パートが38.5人分に
相当します。パートは人員数ではこの2倍の77人です。われわれが
店舗で見る従業員は、ほとんどがパートです。

パートの多さでは外食産業と、サービス業も、流通・小売業とほぼ
同じです。パートこそが流通小売業、サービス業、外食産業を支え
ているのです。(中略)

■2.わが国の賃金が上がらず、平均では下がって、デフレになった
原因は、90年代までは労賃が1/30だった中国製造業の台頭

これは1990年代からの、輸出製造業での中国の台頭と関係していま
す。自由貿易をする二国では、労働の賃金は、時間をかけて平準化
に向かうからです。

2000年ころの中国の平均賃金は日本の1/30でした。現在、世界1の
工業都市シンセンのフルタイム労働の最低賃金は、2130元(3万
6200円/月)、パートの最低時給は19.5元(331円/時間)です。正
社員で日本の約1/7、パートでは1/3にまで上がっています(2017
年)。年率では、10%から20%の上昇率でした。

1990年代中期から、大手企業の経営者や上級マネジャークラスは別
にして、日本人の平均賃金が上がらなくなった原因は、労働が作っ
た商品に、工業化したアジアと中国人以上の付加価値のあるものが
減ってきたからです。家電産業などがその典型です。

正社員を増やせず、時間給がほぼ1/2のパートの増加に頼ったのも、
1/3の低価格の中国製品の輸出が原因です。

商品は労働で作られます。労働が結実して付加価値を作ったものも
のが商品です。商品を輸入することは、コンテナに封じ込めた労働
(労賃)を輸入することと、経済的には同じです。

移民ではなくても、商品輸入は、労働の移民と同じです。

中国製品に「性能/価格=商品価値」で対抗するには、商品の価格
の中の、労賃の部分(人件費の構成比)を下げるしか方法がなかっ
た。

賃金(=世帯所得)が上がらないと、世帯の商品購買は増えません。
パート構成比の増加で、世帯の平均所得は下がった。商品購買力が
減ったのです。このため、生産力が超過し、1990年代からは円高だ
ったので輸入は増え、商品価格が下がるデフレ経済になって行った
のです。(注)1985年のプラザ合意の前まで、1ドル240円だったこ
とをご存知でしょうか。

日本のデフレ現象は、政府・日銀が言った「マネー量の増加率」の
低下のためではなく、円高・元安もからんだ、中国からの商品輸入
の増加と、商品需要数の増加のなさによるものでした。

2000年代の日本では、「インフレもデフレも貨幣現象」というマネ
タリストの大家、フリードマンの学説は、あてはまらなかったので
す。

(注)経済学は、国と年代でファンダメンタルズの条件が異なるの
で科学にはなり得ず、思想的なイデオロギーに終わるものです。こ
のため、思想のようにいろんな説がありえます。

日銀が、マネー量を400兆円も増やした異次元緩和が、わが国の
2010年代では、インフレをもたらすことはなかったのです。黒田日
銀は、頼った理論の間違いとは言わず、「静かに」、2%のインフ
レ目標をやめています(18年4月)。

日銀を含む財務省は、従来から、自分たちが犯した間違いを認めな
い省庁です。敗戦の直後に、全省庁が行政文書を燃やしています。
戦争犯罪を逃れるためでした。

(注)「リフレ派の経済理論の挫折」は、別稿で論述しなければな
らないことです。

1994年は、シンボリックな時期でした。1元30円を15円の元安(1/
2)にすることを米国(ゴールドマンサックス)が誘導し、中国が、
世界1の輸出大国に向かう最初の年だったからです。

中国輸入の、SPA型(製造直売)のユニクロ、ニトリの急成長は、
元が1/2に下がり、中国製品の輸出価格が1/2になった1994年に始ま
っています。

(注)1990年は620億ドル(6.6兆円)に過ぎなかった中国の、現在
の輸出額は、34倍の2.1兆ドル(225兆円:2016年)です。

人民元の過去のレートは知られていませんが、経済の解放前の
1980年には、1元=150円でした。1986年でも50円、1990年は30円だ
ったのです。
http://ecodb.net/exchange/cny_jpy.html

それから28年後の現在のレート(1元=17.2円)からすれば、経済
のレベルが低かったにもかかわらず、信じられない元高だったので
す。米国がロスチャイルド家の銀行を通じて人民元の切り下げを誘
導した理由は、米国の製造業の進出のためです。

米国企業が中国で作って世界に輸出するためです。一例は、iPadか
らiPhoneが主力になった アップルです。ほとんどが中国生産です。

中国の輸出額は225兆円です。商品数量で言えば、その3倍の700兆
円分くらいあります。世界に中国製品があふれる理由です。年間
51兆円(年商8.2兆円のイオンの6.2倍)の商品を売るウォルマート
の、食品を除く商品(衣料、住関連、家電・電子製品)のほとんど
が、中国製です。

シャープを買収し、1.5年で黒字に転換させた家電・電子の鴻海
(ホンファイ)など、台湾の製造業も工場は中国です。

米国は、国としては貿易赤字が7962億ドル(85兆円:2017年+8.1
%)の輸入大国ですが、中国・アジアに委託または専用工場がある
製造業(工場をもたないファブレス・メーカー)では、企業内輸出
が大きいのです。(後略)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

なぜ男が結婚するには「年収600万円以上」が必要なのか

なぜ男が結婚するには「年収600万円以上」が必要なのか

なぜ「年収600万円」なのか

 筆者は、縁あって結婚に関する原稿を書く機会があるので(連載「山崎元の男と女の婚活経済学」)、ネットなどで結婚に関連する話題によく目が行く。その際に、何となく気になっていた数字が「600万円」だ。どうやら、多くの独身女性が結婚する相手に求める年収の条件が「600万円以上」であるらしい。

 生活の漠然とした実感として、年収600万円くらいあると、専業主婦でもそこそこの生活が成り立つのではないかという感覚があったが、なぜ600万円がレベル感なのかについては確たる根拠を持てずにいた。

 このたび、この疑問をスッキリ解消するとともに、結婚するかしないかを含めて人生の戦略を構築する上で大いに参考となる書籍「『逃げ恥』にみる結婚の経済学」(白河桃子、是枝俊悟著、毎日新聞出版)に出合った。

著者の白河桃子氏は「婚活」という言葉の生みの親でもあるジャーナリスト・作家であり、是枝俊悟氏はシンクタンクの研究員で税金や社会保障などの問題を専門とされていて、緻密で信頼性の高い分析をされているので、筆者はしばしばレポートを拝読している。既婚未婚を問わず、若い方も、若くない方も、自らの人生と家族のあり方を考える材料として、是非一読することをお勧めしたい。

 例えば、この本の56ページには、「夫の年収が600万円以下なら、専業主婦は『好きの搾取』をされている」という小見出しがある。搾取と見るか、それでも好きであることを喜ぶかは人それぞれであっていいと思うが、計算根拠は興味深い。

 是枝氏の分析によると、TBSドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」にも登場した家事労働の価格「月額19.4万円」は、機会費用法から計算した「子どものいない専業主婦世帯において主婦が貰うべきフェアな対価」であり、夫がこの対価を支払うためには月の手取り収入がその2倍(38.8万円)は必要で、この年額465.6万円を手取り収入として得るためには、2017年現在、590.5万円の税引き前年収が必要なのだという。なるほど約600万円だ。

 ちなみに、2013年版の政府の報告書によると、日本の女性全体の1時間当たりの賃金が1383円だという。ドラマでは、これに1日7時間の家事労働に20日間(合計140時間)を掛けた数字から19.4万円が導かれている。

 つまり、年収が約600万円に達しない夫に対して、専業主婦としての労働を提供することは、機会費用から見て割に合わないという損得感覚が女性にあるとすれば、夫になる相手に対して「年収600万円以上」を求めるのだろう。

 なお、政府の報告書では、専業主婦が年間に行っている無償の労働時間を2199時間として、専業主婦の労働の経済価値を304.1万円としているという。多くの専業主婦は土日に関係なく家事をしているので、こちらをベースに考えるなら、妻が夫に要求する年収は600万円よりももっと高くなりそうだ。

恐ろしい「育児労働」の経済価値

 ところで、前記の数字は、子どもがいない前提のものであって、子どもが生まれて、育児の負担が全面的に妻にかかる場合の損得勘定は、夫にも、妻にも、「恐ろしい」ものになっている。

 詳しくは、先の書籍を是非読んでいただきたいが、ドラマの設定を延長して主人公夫婦が未就学児童を持つ場合に、夫が専業主婦の妻に給料(月37万1336円)を支払うためには手取り年収で891万円、税引き前の年収は約1247万円必要だと是枝氏は試算している。

 また、是枝氏は別の前提条件で、夫の年収別に「妻が専業主婦の場合のフェアな夫の家事・育児分担割合」を求めており、年収400万円の場合は32.5%、600万円の場合で24.5%、800万円の場合は18.0%などと計算している(前掲書146ページ。夫婦合計の家事育児労働時間を69時間、妻の労働の1時間当たりの機会費用を1383円で計算)。

ちなみに、高額所得者も少なくないダイヤモンド・オンラインの男性読者のために、夫のフェアな家事・育児分担比率がゼロになる年収をご紹介すると、1400万円以上となっている。

 もっとも、年収が1400万円以上だからといって、家事負担をゼロとして妻に「ワンオペ育児」を押しつけることは、読者にお勧めしかねる。理由は詳しく記さないが、その方針には「非常に高くつく!」リスクがある。

 未婚既婚を問わず、多くの男性読者は是枝氏の試算を「恐ろしい数字」だと受け止めるかもしれないが、これは見方を変えると、家事の分担には年収の不足を補う効果があるということだ。年収が400万円であっても、「家事の3分の1は僕が負担します」と言い切れるなら、堂々と意中の人にプロポーズできるということなのだ。

最強の人生戦略は「共働き&事実婚」


 筆者は、昨年まで6年間ほど大学で授業を持っていたので、大学生くらいの若者にどうアドバイスしたらいいのか、という視点で白河氏・是枝氏の本を読んだ。

 男女を問わず学生にアドバイスするとすれば、以下のような内容だろうか。

(1)税を始めとする日本の制度は、共働きの夫婦にとってベストな条件になっている(「専業主婦ではない」と是枝氏は分析する)。だから、共働きのパートナーを持つことを指向するといい。

(2)「一緒に暮らすこと」には規模の経済効果が働く。相手がいるなら、一緒に住むと暮らしは楽になる。

(3)家事を分担することには、経済・精神両面で大きな効果がある。男女ともに家事能力を持とう。

(4)「専業主婦家庭」は、男性にとっては負担が大きく、女性にとってはリスクが大きな形態だ(夫婦の3割は離婚するのだから)。

(5)日本の制度は、籍を入れない事実婚に対して好意的だ。事実婚が差別されるのは、配偶者控除を受けられないことくらいだ。

(6)配偶者控除を捨てて事実婚を選ぶことの価値評価は難しいが、離婚の潜在的コストを圧縮する効果があることを思うと「ペイする」カップルは少なくなかろう。

(7)子どもを持つことの経済的負担は相当に大きい。子育てをもっと支援すべきだと国に要求しよう。

 人生の送り方はさまざまで構わない。ただし、経済は常について回るので、各種の選択に当たって「経済的現実はどうなっているのか?」を考えることが大切だ。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

中国と延々と渡り合ってきたベトナムに日本は学べ

中国と延々と渡り合ってきたベトナムに日本は学べ
もしも尖閣で紛争が起きたら日本はどうすべきか


ベトナムは中国と国境を接し、有史以来、何度も戦火を交えてきた。昨今の日中関係を考える時、その歴史から学ぶところは多い。

 ベトナムは長い間中国の支配下にあった。その支配は漢の武帝(前141~前87年)の頃に始まり、約1000年間続いた、しかし、唐が滅びて五代十国と言われる混乱の時代を迎えると、その隙をついてベトナムは独立した。938年のことである。

 ただ、その後も、宋が中国大陸を統一するとベトナムに攻め入った。その際は、今でもベトナムの英雄である李常傑(1019~1105年:リ・トゥオーン・キエット、ベトナムでは漢字が用いられてきた)の活躍により、なんとか独立を保つことができた。ただ、独立を保ったと言っても冊封体制の中での独立。ベトナムは中国の朝貢国であった。

 中国大陸に新たな政権が生れるたびに、新政権はベトナムに攻め込んだ。朝貢していても安全ではない。相手の都合で攻めて来る。

 日本を攻めた元は、ベトナムにも船を使って攻め込んだ。たが、元は船を使った戦いは得意ではなかったようだ。日本に勝つことができなかったように、ベトナムにも勝つことができなかった。

そんなベトナムが大きな危機を迎えたのは、明の永楽帝(1360~1424年)の時代。靖難の変によって甥から政権を簒奪(さんだつ)した永楽帝はなかなか勇猛な皇帝であり、武力による対外膨張政策を実行した。コロンブスよりも早く大洋に乗り出したとされる鄭和(ていわ)の南海遠征も永楽帝の時代に行われている。

 永楽帝の時代にベトナムは再び明の統治下に置かれる。しかし、永楽帝の死後、これもベトナムの英雄である黎利(レ・ロイ、1385~1433年)の活躍によって独立を回復している。

 その後、乾隆帝(1711~1799年)の時代に清がベトナムに攻め込むが、ベトナムは現在のハノイ・ドンダー区で行われたドンダーの戦い(1788~89年)において、大勝することができた。これは中国との戦いにおいて、ベトナム史上最大の勝利とされる。しかしながら、戦いに勝利したベトナムは直ちに使者を送って、清の冊封体制の下で生きることを約束している。

 中国とベトナムは1989年にもベトナムのカンボジア侵攻を巡って戦火を交えている。この戦争は、社会主義国同士の戦争として日本の進歩的文化人を困惑させたが、社会主義国の間では戦争が起こらないなどという話は神話だろう。歴史を振り返ってみると、ベトナムと中国は基本的に仲が悪い。

「中国は平和主義の国」は全くのウソ

 ベトナムの歴史から、以下のような教訓を引き出すことができるだろう。

(1)中国は新たな政権ができるたびに、冊封下にあるベトナムに攻め込んでいる。冊封体制の下にあるといっても安心ではない。「中国は平和主義の国であり、外国に攻め入ったことがない」などという話は全くのウソである。

(2)強い皇帝が現れた時に対外侵略が行われる。漢の武帝、明の永楽帝、そして清の乾隆帝の時に、大規模な侵略が行われた。そして、明の永楽帝が亡くなるとベトナムが独立を回復したことからも分かるように、中国との関係を考える際には「強い皇帝」がキーワードになる。

(3)実は中国軍は弱い。小国ベトナムを相手にして、ここ1000年ほど負けっぱなしである。特に船を用いた戦いに弱い。大陸国であるために、船を乗りこなすのが苦手だ。現在のハロン湾周辺の河口域で行われた戦において、ベトナム側の同じような戦法に引っかかって何度も負けている。

(4)小国ベトナムは、勝利した後に素早く使者を送って、へり下る形で和睦している。冊封体制の下で生きることを選んだと言える。冊封体制下で生きることはメンツを失うことになるが、中国から派遣された代官の暴政にさらされることはなくなる。朝貢しなければいけないが、お土産を持って行けばそれに倍するお返しをもらえたことから、名を捨てて実を取る選択と言ってよい。

尖閣諸島をめぐる争いは緒戦が重要

 幸いにして、中国と日本の間には海があったために、中国大陸に新たな王朝ができるたびに攻め込まれるなどということはなかった。だが、近年は尖閣諸島を巡って対立が続いている。

 そんな日本にとって、ベトナムの歴史から学べる最も重要な教訓は、中国の攻勢は長期間続かないということである。強い皇帝が出現して対外強硬政策を採用しても、代が変われば政策は変更される。せいぜい30年ほど時間を稼げばよい。

 中国は大国、ベトナムは小国。だから、一度や二度、中国が部分的な戦いに負けたとしても、再度大軍を派遣すればベトナムを打ち破ることができたはずだ。しかし、中国は負けた際に再度大軍を派遣することはなかった。対外戦争に一度でも敗れると内政が不安定化して、大軍を派遣することが難しくなるためと考えられる。

ベトナムはそこをよく見ていた。だから、ここ一番の戦いに全力を挙げて部分的な勝利を納めると、それ以上中国を追い込むことはしなかった。戦いに勝利するとすぐに和平の使者を派遣して、朝貢体制の下で生きることを選択した。

 面白いのは清の乾隆帝である。清がベトナムと戦ったドンダーの戦いは、ベトナムではベトナム史上最大の戦勝と言われている。しかし、先にも書いたようにベトナムが戦勝の直後に和平の使者を派遣して冊封下で生きることを約束したために、清はその戦いを乾隆帝の十大武功の1つとしている。清は、国内にはベトナムに勝ったと宣伝したのだ。ベトナムは乾隆帝のメンツを立てることによって、それ以降の戦いを避けた。

 尖閣諸島をめぐる争いでも、緒戦が重要になる。日本は緒戦に勝てるように十分に準備しておく必要がある。中国は緒戦に負けると、戦争を続けることが難しくなる。その機運を素早く読み取り、中国のメンツが立つようにして、和平に持ち込み実利を取るのが有効な対処法であろう。

 中国は秦の始皇帝以来、約2300年にわたり東アジアに君臨してきた大国であるが、大き過ぎるために、内政の取りまとめが難しい。そのため、国を挙げて他国と戦いを続けることができない。緒戦でちょっと負けると不満分子が政権を揺さぶるからだ。一方で、東アジアの歴史において常に大国であったために、メンツをとても重視する。そんな中国とは対峙するには、軍事的に隙を見せることなく、なおかつ中国のメンツが立つような外交を心がけるべきであろう。

 過去約1000年間にわたり、小国ベトナムは中国と陸続きで対峙しながら、その間、実際に中国に占領されたのは20年間という短い時間であった。その歴史から、学ぶところは多い。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「もっと早くからやっておけばよかった」と後悔している、いくつかのこと。

「もっと早くからやっておけばよかった」と後悔している、いくつかのこと。

昔のコマーシャルだっただろうか。

うろ覚えなのだが、

「「やらなかったこと」を後悔するよりも、「やって」後悔するほうがマシだ。」

というセリフを聞いたことがある。

言わんとしているのは

「だから挑戦することが大事だ」

だろう。

だが、挑戦すれば、本当に後悔せずに済むのだろうか。

プロスペクト理論でノーベル経済学賞を受賞した、プリンストン大学名誉教授のダニエル・カーネマンは、それとは異なる見方をしている。

行動して生み出された結果に対しては、行動せずに同じ結果になった場合よりも、強い感情反応が生まれるということである。この感情反応の中には後悔も含まれる。(中略)

じつはここで重要なのは、行動するかしないかのちがいではない。デフォルト(既定)の選択肢と、デフォルトから乖離した行動とのちがいである。

デフォルトから離れると、デフォルトが容易にイメージされる。そこでデフォルトから離れた行動をとって悪い結果が出た場合には、ひどく苦痛を味わうことになる。

ファスト&スロー(下) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

端的にいうと、「普段の自分がしないようなこと」をして、失敗すれば、後悔はより大きい。

「普段の自分」が容易に想像できるからだ。

このような事実から、人は、無名の商品よりブランド品を選んだり、評価の時期が近づくと、大胆なことはしなくなる、といった「保守的なリスク回避選択」をしがちである。

それゆえ、カーネマンは

「長期的な結果を伴う決定を下す際には、徹底的に考え抜くか、でなければごくいい加減にざっくりと決めるか、どちらかにしている。中途半端が一番良くない」と述べている。

確かに、実際にやってみると「もっと早くやっておけばよかった」と、逆の後悔が生まれるものが数多くある。

要するに、物事はもっと、軽々しく始めるのが良いのだ。

物事を軽々しく始める人は得をする。

カーネマンの指摘を考慮すると、

実は、「物事を軽々しく始める人」は、ものすごく得をすることがわかる。

新しいことをして、チャンスに恵まれる上に、「新しいことを始める」のがデフォルトなので、後悔もほとんどすることがないからだ。

「あの人、かなり失敗してるのに、全く落ち込まないよね」

「リスクもあまり考えないで、とりあえずやってみる、っていうのは怖くないのかしら」

と言われることが多い人達は、実際、本当に「後悔」とは無縁なのだ。

冒頭の

「「やらなかったこと」を後悔するよりも、「やって」後悔するほうがマシだ。」

というセリフは、「後悔気質」の普通の人には、信じられないセリフだが、「とりあえずやってしまう気質」の人にとっては、

「え、何ってんの?あたりまえのことじゃない……」

と、呆れるくらいのことだろう。

私が「もっと軽々しくやっておけばよかった」と思うことのリスト

それ故に、自分が実際以上に「後悔するかもしれない」と恐れていたことが、初めて見ると「大したことなかった」というのが頻繁に起きる。

これは人間の気質なのだ。

だから、私が個人的に、「もっと軽々しくやっておけばよかった」と思うことのリストは、もしかしたら「始めようかどうか迷っている人」に役に立つかもしれない。

1.起業

起業は、学生時代や二十代でもっと軽々しくやっておけばよかった、と私が後悔していることの一つだ。

若いうちにやればやるほど失敗のダメージが小さくできるし、起業して働く1年は、サラリーマンで過ごす10年と同じくらいの価値がある。

また、「起業なんてやめておけ」という人も数多くいるが、「起業したの?なら助けるよ」という人もまた同じくらいいる。

2.投資

遅かれ早かれ、老後の資金を作るためには避けて通れない事の一つである上、時間をかければかけるほど成功する可能性の高いことの一つだと思う。

ローリスク・ローリターンを、ローリスク・ハイリターンに変えるのが「時間」だからだ。

別に「億り人」を目指す必要など無い。毎月数万円でも良いからきちんと節約し、それを「預金」ではなく「株式」や「投資信託」などに充てる。

そういったコツコツと積み上げる行為が、投資なのだ。なんで早くやっておかなかったのか、後悔している。

3.歯の治療

歯が悪い人は、早く歯医者に行ったほうがいい。

「時間が取れない…」とか「お金が……」とか言っている間にも、早く行っておけばよかったと後悔している。

永久歯は一度悪くなると、削らないといけなくなる。そして、歯は削ってしまうと基本的にはもとに戻らない。歯周病なども同じだ。歯周病にかかると、歯茎が溶けて、二度ともとには戻らない。

治療が遅れた歯が何本かあることを、私はとても後悔している。

4.子供を持つこと

もし子供を将来的に持ちたい、と思っているなら早い方がいいと、後悔している。

一つは体力的な問題、子育ては体力勝負の部分が大きく、体力がないと余裕が持てず、ついイライラしてしまいがちだ。

そしてもう一つは子供の将来の問題だ。

子供が成人する頃に、私は還暦を迎えてしまうことを想像すると、「子供の人生を見ることのできる時間の短さ」を痛感する。

5.読書の時間確保

働き始めて間もないころ、「読書」の時間を確保することを怠った時期が、数年間にわたってあった。

あの頃は家族もおらず、仕事も忙しいとは言え、工夫すればもっと自由になる時間がかなりあったはずなのに、なんで時間をきちんと確保しなかったのか、後悔している。

運動などと同じく、読書は基本的に面倒な行為なので、意図的に時間を確保しないと確実にやらなくなる行為だが、やらなければ長期的には知力の低下をもたらす。

そういうものこそ、もっと「軽々しく」やっておくべきだった。

6.デュアルモニタ

どこかの記事で、「仕事の生産性は、モニターの解像度と比例する」などという記事を見た。

本当に比例するかはともかく、PCを使って仕事をするなら、モニターの数は多ければ多いほどよいことは、使ってみたら一発で分る。

現在のデスクには27インチのモニタが2台。超快適だ。余談だが、デュアルモニタにするなら、モニターアーム↓

なんで早くやっておかなかったのか、後悔している。

7.乾燥機・食洗機・ルンバ

現代版の3種の神器ではなかろうか。もっと早く買っておけばよかった。後悔している。

たぶんこれらのお陰で、休日の自由時間が倍以上に増えた気がする。

特にルンバ↓は、ヤバい。掃除の概念が変わるし、家具もルンバに合わせて選ぶようになる。

昭和の人々は、洗濯機、テレビ、冷蔵庫を「3種の神器」と言い、あこがれの的としたそうだが、洗濯機や冷蔵庫も、家事の負担を激減したことだろう。

いつも時代も、「家事の負担を減らすもの」は歓迎されるのだ。

8.ブログ

ブログはいい。何がいいかというと、書くのが楽しい。だがそれ以上に、自分が考えていることをまとめることに非常に役立つ。

でも、私はつい5年前まではブログを書いていなかった。考えをまとめるときは、手帳やPCのファイルなどに、個人的にまとめていただけだった。

これはこれで役に立ったのだが、「人様にお見せする」となると、気合の入り方も違うし、きちんと調べてから書くくせがつく。

もう10年以上ブログを書いている人たちもちらほらいて、大変に上手な文章を書いていると「ああ、もっと早く始めておけばよかった」と後悔している。

とにかく「時間」が結果に大きくに関係することは早く始めるに限る。

人生は短いのだ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

米中の通商摩擦問題の新局面

米中の通商摩擦問題の新局面

トランプ大統領の「罠」?

米朝主脳会談に続き、米国の対中貿易制裁が現実のものとなりつつある。トランプ大統領を中心にし、世界の政治や通商が大きく動き出している。今週は予定を変更しこれらを取上げる。

本誌で言って来た通り、これらの今後の動きを予想するには事態の大きな流れを掴むことが必要と筆者は思っている。米朝関係では、今回の首脳会談は「北朝鮮の敗戦処理」の始まりと筆者は認識する。ただ敗戦が北朝鮮にとって一方的に不幸なことではない。むしろ「負けるが勝ち」という言葉があるように、今は北朝鮮にとって負け方が良いと思われる。やり方によって体制が保証されるだけでなく、経済が上向けば金正恩政権にとって「負けること」は決して悪いことではない。

たしかに北朝鮮という国が信用されていないことを筆者は承知している。今回も米国を始め世界中が北朝鮮にまた騙されるという観測がある。筆者は、北朝鮮がまた欺くかは、次のステップを見て判断しても良いと思っている。金正恩委員長という指導者は、何が「損」で何が「得」か理解していると筆者は思っている。この損得さえ判っていれば、非核化がベストの選択だと気付くはずと筆者はやや楽観的に見ている。

米中の貿易摩擦問題は段々と複雑さを増している。しかし18/3/26(第979号)「米中貿易戦争」で「米中貿易戦争は米国の大勝利?」と仄めかしたように、始めから筆者は勝敗の行方は分っていたつもりだ。一旦中国側は、負けを認め米国からの輸入を増やすことを表明していた。しかしトランプ大統領はその程度では満足しなかったのか、むしろ制裁強化の方向に動いている。

中国が一番困惑しているのは、どの程度の対策を講ずれば大統領が満足するのか不明なことである。したがって両国は、制裁合戦の「落とし所」というものが分らないまま、対立がエスカレートしている。特に大統領の側近には対中強硬派が揃っている。これまでのように米国の親中派へのロビー活動による局面の打開という手段は通じない。ここまで来ると今週号の最後に触れるが今回の米中の貿易摩擦問題は、従来の通商問題と異質なものと捉える必要があるかもしれない。

7月6日から米国が輸入品500億ドル(最初は340億ドル)について追加関税を課すのに対し、中国も機械的に米国からの輸入品500億ドルに報復関税を課すと決めた。しかしこの中国の報復関税に対して、トランプ大統領はさらに2,000億ドルの追加制裁を検討するよう命じた。しかし中国の米国からの500億ドルに対する報復関税は前から言われていた。

つまり中国のこの出方は、大統領も十分予想していたと筆者は推察する。そもそもこれはトランプ大統領の「罠」みたいなものと筆者は思っている。最初の米国の500億ドルの制裁という罠に対抗して、事前の言明の通り単純に中国が同額の報復関税を決めたことは大きな間違だったかもしれない。これは筆者の独特の見方であり、後段で説明する。

当初、中国の報復関税500億ドルに対する、米国の追加報復関税の対象は2,000億ドルではなく、1,000億ドルと言われていた。しかし最終的にこの数字は倍増された。ただし税率は25%から10%に引下げている。関係者は本当に7月6日から米中の間で関税の報復合戦が始まるのか戦々兢々としている。中国側の大きな譲歩がない限り、米国の制裁は実行されるという見方が有力になっている。

本当に米中の貿易戦争が始まる様相が濃くなり、世界中の株式市場は動揺している。特に下落が目立つのは、上海、香港の株式市場である。また米国では、中国との関係が深い銘柄を多く抱えるNYダウの下落が大きい。それに対して中国との関係が薄いナスダックの下落はそれほどではない。ただ上海株式の下落の原因は米中の貿易摩擦に加え、中国国内の信用不安も影響しているようだ。

「面子」を重んじる中国の失敗

米国の中国を始めとした各国との貿易摩擦の実態経済への影響が研究機関で分析され、米国経済への悪影響は軽微という結果が出ている。これは米国経済の貿易依存度が低いからと理解できる。米国の輸出金額のGDP比率は先進国の中でおそらく一番小さい。したがって個々の企業や地域にある程度の悪影響が出ても、米国全体では影響は限られる。

一方の輸出依存度の大きい中国などの制裁対象国への打撃はかなり大きい。ちなみに日本は11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」で説明したが、昔は輸出のGDP比率は意外にも大きくなかった(もちろん米国の方が日本より小さいが)。ただ日本は財政が緊縮型になってから、輸出のGDP比率は少し大きくなっている(それでも中国や韓国よりずっと小さい)。

トランプ大統領の強気の理由として、まずこのように貿易摩擦の激化の悪影響が米国全体にとって限定されていることが挙げられる。ただし中国に進出している米企業にとっては、米中の貿易摩擦は大きな打撃となる。どうもトランプ大統領はこれに目を瞑って制裁を行う覚悟である。

しかしトランプ大統領の狙いや目標がもう一つ判らない(これについては最後に言及する)。ひょっとすると大統領自身もこれを深く考えず、制裁強化に走っている可能性はある。たしかに中間選挙を控え、米国民に「やっているぞ」というアッピールにはなる。また調子に乗っている中国に鉄槌を下す姿が、米国民に案外受ける可能性はある。

これまでも中国の巨額の対米貿易黒字や人民元安は、議会でも度々問題になった。しかし親中派の有力政治家が間を取り持ち「お茶を濁すような解決策」で済ましてきた。例えば為替の不正操作が議会で問題になっても、わずかな人民元の切上げで批難をかわした。

しかしワシントンの中央政界と距離のあった大統領には、この手法は通用しないようだ。まさに中国は正念場を迎えている。2週間後の7月6日から本当に米国の制裁が始まるのか大いに注目される。

前段で最初のトランプ大統領の500億ドルの制裁に対して、中国が即座に同じ500億ドルの報復関税を決めたことは失敗だったのではないかと筆者は指摘した。いかにも「面子」を重んじる中国が踏出してしまいそうな行動である。しかし問題の根本は、中国の対米貿易黒字が3,500億ドルと突出して巨額なことである。つまり米国は中国にとってまさに「神様」のような上得意先である。報復関税はその「お客様」の顔に泥を塗る行為である。

大統領は中国が報復関税に出ることを承知で、敢て500億ドルの制裁カードを切ったと筆者は見ている。だからこれに対抗する中国の報復関税を見て、これを待っていたかのように2,000億ドルの制裁を直ちに追加した。筆者は、中国の動きはトランプ大統領の「読み」通りと考える。「賭」は大統領のペースで進んでいると筆者は見ている。

この2,000億ドルの追加制裁に対し、「面子」を重んじる中国がさらなる対抗措置に出るのか見物(みもの)である。もし中国が対抗措置に出れば、米中の制裁合戦はさらに泥沼に陥って行く。7月6日までまだ時間があり、中国の次の出方が注目される。

筆者は、中国にとって最良の「手」は報復関税を持出さないことであったと考える。もし中国が報復関税を決めなければ、トランプ大統領は次ぎの一手である「2,000億ドルの追加制裁」というカードを切りにくくなった。困るのは追加制裁のカードを切れなくなる大統領の方だったという推測が出来る。

中国は報復関税を持出さず、ひたすら米国との再交渉を求めるのがベストの対応だったと筆者は思う。例えば米国からの輸入をさらに上積みするとか、また制裁の関税率の引下げを訴えるなど交渉の余地はあったはずである。そしてこれによって米中の貿易摩擦問題は終息に向かう可能性が生まれていたかもしれない。それはゲームを長引かせたい大統領に肩透かしをくらわすことになる。

貿易摩擦問題はトランプ大統領が引き起した。ひょっとすると大統領の本当の狙いは、通商問題を超えたところにあるのではという推理が筆者の頭に浮かぶ。例えば米国にとって絶対優位の貿易問題を使って、中国の行動を牽制することが考えられるのだ。南シナ海への中国の軍事進出や台湾への不当な圧力などへの対抗措置という見方である。もちろん北朝鮮への中国の適切な対応も念頭に置いていると思われる。もしこの話が本当ならゲームはまだまだ終わらない。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

日本を襲う悪意に満ちた「虚偽の史実」

日本を襲う悪意に満ちた「虚偽の史実」

意に満ちた「虚偽の史実」に基づいて、日本人が貶められるという不幸な事態が、全世界に広がっている。その勢いは留まるところを知らない。

「してやったり」と、これをほくそ笑んでいる人たちに対して、私は怒りを禁じ得ない。2017年11月24日は、私たち日本人にとって、“あること”を肝に銘じる日にしなければならないと思う。

「姉妹都市の信頼関係は崩壊した」「民間人同士の交流は続けてもらったらいいが、税金は投入しない」―大阪市の吉村洋文市長は24日、そう宣言した。

米サンフランシスコ市が慰安婦像の寄贈受け入れを承認したことを受け、同市との姉妹都市関係を解消することを公表したのである。これによって、大阪市とサンフランシスコ市との実に「60年」にわたる友好関係は「途切れた」のだ。

同じ日、韓国国会の本会議では、毎年「8月14日」を元慰安婦を讃える「法定記念日」とする法案が賛成多数(賛成205、反対0、棄権8)で可決された。

これによって、韓国では来年から8月14日が「日本軍慰安婦被害者を讃える日」になるのだそうだ。韓国では、あの貧困の時代に春を鬻(ひさ)ぐ商売に就いていた女性たちを「国家の英雄」として讃えていくのである。

同法には、「慰安婦問題を国内外に伝え、記憶するための行事をおこなうこと」と、国や自治体に「記念日の趣旨に沿った行事や広報をおこなう努力」が義務づけられている。つまり、これから韓国では、あの虚偽の史実を、国を挙げて流布することが「法的に義務づけられた」のである。

戦後72年。私は、日本を包囲殲滅する意図によって「歴史戦」を仕掛けて来る韓国や中国と、どう戦うかということを国民全員が考えなければならない「時」が来たと思う。

この虚偽を世界にバラまいたのは、周知のとおり、朝日新聞である。同紙は、慰安婦を日本軍、あるいは日本の官憲によって無理やり「強制連行」されたものだと喧伝し、世界中に広めた。同紙の一連の報道によって、韓国の世論は沸騰し、慰安婦強制連行問題は、日本を窮地に追い込む重要な“アイテム”となったのである。

あらためて言うまでもないが、婦女子の強制連行とは、「拉致」「監禁」「強姦」のことである。意思に反して連行されたのなら「拉致」であり、無理やり慰安所に閉じ込められたのなら「監禁」であり、望まない性交渉を強いられたのなら「強姦」だからだ。

それを日本が「国家としておこなった」という虚偽を、朝日新聞は長期にわたって書きつづけた。もちろん、現在、韓国が主張し、世界中に広まっている日本による「従軍慰安婦=性奴隷(sex slaves)」という論拠は、朝日新聞の記事に根ざしている。では、それのどこが「虚偽の史実」なのか、簡単におさらいしておこう。

慰安婦とは、あの貧困の時代に、主に「軍人相手」に性を売っていた女性たちのことである。さまざまな事情で身を売らなければならなかった女性たちは、当時、たくさんいた。今からは考えられないが、国家が「公娼制度」として、そういう商売を認めていた時代のことである。

女性が身を売る場所は、世界中、あらゆるところに存在した。欧米も、アジアも、変わりはない。そんな商売に身を投じ、幸せ薄い生涯を送った女性が多かったことは、歴史に銘記しなければならない「事実」と言える。女性の人権問題として大いに議論していかなければならないだろう。

しかし、朝日新聞が火をつけた「慰安婦問題」とは、先に述べたように日本軍、あるいは官憲が、女性たちを強制的に連行し、無理やり、慰安婦にしていったという「国家の犯罪」である。

自称・山口県労務報国会下関支部動員部長の吉田清治の虚偽の証言を検証もないまま長期間、記事にしつづけ(のちに取り消す)、また、1991年8月11日には、「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」という見出しの下、元慰安婦が「女子挺身隊の名で戦場に連行された」と報道し、1992年1月11日には、宮沢喜一首相の訪韓に合わせて慰安婦問題を1面トップで報じ、その解説記事の中で、挺身隊の名で強制連行された女性たちの数を「8万とも20万ともいわれる」と記述した。

これらの報道を受けて、韓国の世論は沸騰、「国民学校の生徒まで慰安婦にさせた日帝の蛮行」と報道され、訪韓した宮沢首相が首脳会談で8回も謝罪させられる前代未聞の首脳会談がくり広げられた。

韓国の国民が以後、「女子挺身隊=慰安婦」を信じ込み、その後、あの慰安婦像設置を各地で続け、ついに昨日、慰安婦を讃える法廷記念日の制定にまで至ったのである。

しかし、女子挺身隊とは、戦時中の国家総動員法に基づく勤労奉仕団体のひとつで、主に軍需工場等で働いた女性たちのことである。もとより、慰安婦とは何の関係もなく、そのことは日本では常識だ。

では、慰安婦になったのは、どんな女性たちだったのだろうか。朝鮮の新聞には、当時、大々的に業者による「慰安婦募集」の広告が打たれ、彼女たちは当時の兵隊(上等兵)の給料の30倍という「月収300圓」を保証されて慰安婦となっていった。

今の金額で換算すれば、兵隊の給料を少なめに10万円としても、慰安婦は月給で「300万円」、年収では「3600万円」という途方もない収入だったことになる。慰安婦に多くの女性が殺到したことこそ、史実である。冗談ではなく、当地の方面司令官より慰安婦の方が「給与が高かった」というエピソードは、あちこちから伝わっている。

なかには親に売り飛ばされた女性もいたに違いない。彼女たちの不幸な身の上には、大いに同情しなければならないだろう。しかし、大金と引きかえに、軍を相手に独占的に商売する「P屋」と呼ばれた売春宿で働いた彼女たちは、少なくとも「強制連行」された女性たちではない。

日本軍や官憲が、婦女子を強制連行する必要もなく、また、そうした史実もなく、韓国の国民が思い込んでいる「強制的に慰安婦にさせられた国民学校の女子生徒たち」など、どこにも「存在しなかった」のである。

無理やり日本という国家の「犯罪」にしたかった朝日新聞の記事が韓国の国民に誤解を生じさせ、それを膨らませ、ついには、60年もつづいた姉妹都市も途絶させられるような事態に至ったことに心を痛める人は多いだろう。

2014年8月に慰安婦検証記事を掲げながら、いまだに謝罪も、英字紙への慰安婦取り消し記事や謝罪広告の掲載もおこなわず、虚偽の史実が全世界に広まることを放置しつづける朝日新聞。世界の人々が日本人を誤解し、これから国際社会へ雄飛しようとする若者の大きな障壁になっていることを朝日はどう考えているのか、と思う。

この虚偽をばら撒き、国際社会に対して日本人を貶める行為をおこなった朝日新聞には、同じジャーナリズムの世界に生きる人間として、謝罪を伴った再度の「検証記事」の掲載を求めたいと思う。

慰安婦という薄幸な女性たちが存在したことを忘れず、しかし、日本の一新聞社が、その史実をねじ曲げ、日本の国家・国民に想像もできないような天文学的な額の損害を与えたことを、われわれ日本人は心に銘記しなければならない。

そして、2017年11月24日は、悪意をもった国際的な歴史戦に対して、「史実」をもとに敢然と反論していく日本人の「決意を新たにする日」にしたいと、心から願う。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

男女のサタも金次第

男女のサタも金次第  ~ 金の切れ目は男女の切れ目 ~

テーマは、女は金で釣れるか。こういう話の場合、すべて一般論であることは言うまでもない。

● 金で女を釣ろうとする男

 以前見たニュースによると、全国行脚して200人の少女を買春した東大医学部卒の男がタイホされたという。行為のみだと5万円、写真撮影は7万円、ビデオ撮影だと13万円、などと細かく価格設定しており、非常に良心的な、いや悪質な犯行である。

 気になるのは、この手の事件ではマスコミも警察も常に少女を被害者と呼ぶことだ。金欲しさに自分の意志で売春した女を被害者と呼ぶのはおかしい。しっかりと料金表(?)を確認して売春したわけだから、まぎれもない加害者である。

 人類最古の職業と言われる売春。現在は援助交際と名を変えたが、もちろん同じもの。昨日、バイクで走っていたら目の前のトラックに「援助交際撲滅運動実施中」と書いたステッカーが…。「援助交際は売春です」、その後に「援助をもらわずに遊ぼう」と書いてあった。確かにまちがいではないと思うが…。

 男女の仲は恋人時代から金と無縁ではない。男はデートで飲み食い代を払う、遊興費を払う。プレゼントを買い与える。ありとあらゆる機会にお金で女を釣ろうとする。女は男の経済力に恋をする?

 最近よく耳にする毛皮デート商法はこっけいだ。毛皮業者と若い女がグルになって若者を誘う。女が毛皮を欲しがるそぶりを見せると(決して買ってとは言わない)、男は何十万円もはたいて買い与えるのである。お金で女の心を買おうとするわけだ。自分が金づるであることに気づかない男のおろかしさが信じられん。しかし、これが世の常なのだ。

 つき合っている彼女がいるキミ、これから結婚しようというキミ。自分は金づるでないかと疑ったことはあるかな。彼女に簡単なチェックをしてみよう。デート代をすべて割りカンにしようと提案してみる。あるいは結婚したら自分の生活費は自分で稼げと言ってみよう。「アタシのこと愛してないのね」と言って去っていけば、彼女は金が目当てだ(少なくとも目当ての一つだ)ということになる。95%は去っていくだろうね。

女はお金を求める動物。男はそれに気づかない動物らしい。

 世間には男がお金を払うのは当然と思っている女が多い。そんな話を聞くたびに、この売春婦め、と以前は思ったが、よく考えたら男女の関係はすべて買春・売春だということに気づいた。

● 金を期待される男

 女にとって結婚は長期の売春契約と見ることができる。不特定多数の客をとれば売春。生涯一人の客を相手にすれば結婚だ。どちらもお金抜きでは成り立たない。いずれにしろ、男は金づると考えられている。

 結婚式のスピーチでは3つの袋が大切だと説く。お袋、堪忍袋、金玉袋…じゃなかった、給料袋だ。男が給料を持ってこないと結婚生活は成り立たないと言っているのである。

 男の役目を端的に表した言葉に「うだつが上がらない」というのがある。「うだつ」とは「うだち(小屋根をつけた袖壁)」がなまったもの。装飾用の屋根を高く作るだけの経済力がないという意味。男に対して使う形容であり、「うだつの上がらない女」とは言わない。

 女には「玉の輿に乗る」という形容がある。玉の輿とは「(特に女が結婚などによって得る)富貴な身分」(広辞苑)のこと。男は決して玉の輿には乗らない。

 一般に、夫婦やカップルは男の方が年上なのも経済力優先からくる必然的な結果である。さらに男は早めに死して、妻に遺産と保険金と遺族年金を残す。死んだあとまで面倒を見るのである。

 結婚することで男は出費し、女は金を得る。金の流れは常に「男→女」だ。女は常に男にお金を期待するのである。女性が意識するしないに関わらずだ。

 古今東西、結婚のプロポーズは男が女にするものと相場が決まっているが、その理由もよくわかる。プロポーズとはメリットを提示することである。「オレと結婚しよう」というのは、オレと結婚すれば幸せにするよ、楽をさせてあげる、いい暮らしができるぜ、という意味が言外にある。女のプロポーズにはこれがない。「ねえアンタ、アタシを養ってみない?」。これではメリットの提示にならないのである。

 女は優雅な都会暮らしを好む。男は「田舎で自給自足しよう」とか「豊かな自然の中にログハウスを建てて…」などとプロポーズするとまず失敗する。一般に女は自然(nature)に興味がない。男はロマンを求めるが、女はもっと現実的な動物なのだ。田舎の女はさっさと都会に出てマンション暮らし。田舎に残るのは男ばかりだ。

● 金で買える女

 お金のある男は、金で自由になるような女を探す。女は自分を養うバカな男を探す。両者の利害がぴったり合ったのがあの事件だ。日本人の男が公金14億円を横領してチリ人妻・アニータに貢いだお話。これほどわかりやすい事件はない。何の説明もいらない。どの夫婦も基本的にこれと大同小異だろう。アナタの家庭にもミニ・アニータがいるのではないか?

 例外的に、お金に不自由しない女性は金以外の目的で男を選ぶことがある。レストランのアルバイターと浮気した松田聖子。収入のないミュージシャンと結婚した松坂慶子。しがないADと結婚した松居直美。無名の俳優と結婚した松本明子。マネージャーと結婚した松原のぶえ。いずれも“松”がつくのは偶然か。

 女の人生を語るとき、すぐ頭に浮かぶのがオノ・ヨーコだ。彼女の人生は、女性として考えうる最高の人生ではないだろうか。

 ヨーコは前衛芸術家や事業家として活動するが、どちらもぱっとしない。彼女が手がけた事業でもっとも成功したのは“ジョン・レノンとの結婚”という事業だろう。これで労せずして一躍大きな富と世界的な名声を得ることになる。

 後に不幸にもジョンは凶弾に倒れるが、ヨーコは莫大な遺産や著作権料、名声と息子を受け継ぐ(もしジョンが生存し、離婚でもしたら相続額は激減したはず)。

 好きな作品を作り、好きなことを言い、働かなくても食べていける悠々自適の人生。ジョンがイマジンならヨーコはヒマジンだろう。なんて言ったら怒られるか。

 さて、テーマに戻る。金で女は釣れるか。答えは明らかだ。45年の人生をかけて断言する。女はお金で釣れる。それもヒジョーによく釣れる。もちろん一般論だが。

 女の愛はお金で買える! そうは思いたくないが、現実はそうなっている。

 ボク自身は貧乏なのでお金で女を釣ったことはない。そのせいか女性とは縁がない。どこかにお金で買えない女はいないかネ。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

日本企業の給料が低いのは、社員を解雇できないから

日本企業の給料が低いのは、社員を解雇できないから。「雇用」より「人」を守れ

先日、フェイスブックの社員の給料が年収2600万円であると報じられた。

フェイスブック社員の年収2600万円 17年中央値 ソニー平均の3倍 :日本経済新聞

2017年の中央値は2600万円で、パートタイム労働者も含んだ数字であるとして平均年収はもっと高い可能性があるという。

少し前には中国のIT企業ファーウェイの初任給が月額40万円だと話題になった。グーグルの新入社員は年収1800万円と報じられたこともある※1。

国内の大手企業やIT企業と比べてもフェイスブックの給料は著しく高い。なぜここまで高い給料を払えるのだろうか。フェイスブックは儲かっているから、というだけの話なのか。

■フェイスブックの脅威の利益率

フェイスブックの給料が高いのは儲かっているから、という指摘は当然のことながら正しい。

2017年の売り上げは約406億ドル、営業利益は202億ドル、営業利益率は約50%と驚異的な数字だ。日本の上場企業でもこれくらいの企業はあるが、日本円換算で兆単位の売上規模がありながらこの数字は驚異と言える。

生産性の観点でも、社員一人当たりの売り上げや利益で見るとやはりフェイスブックの数字は抜きんでている。

国内で最も売り上げが大きいトヨタ自動車と比較すると、トヨタ自動車は社員一人当たりの売り上げが約7481万円、フェイスブックは約146万ドル、1ドル109円で換算すると約1億5972万円と、およそ2倍となる。

これが社員一人当たりの利益だと、トヨタ自動車が約496万円、フェイスブックは約6260万円と、10倍以上の差だ※2。

ウェブサービスを主とする企業とモノづくりの企業で利益率が異なるのは当然とも言えるが、製造業の中でも効率性が高いと言われるトヨタと比較してもこれだけの差が出てしまう。

■日本の企業はなぜ給料を上げられないのか

フェイスブックがたまたま儲かっているから給料が高い、というのであれば特殊な事例ということで何の参考にもならない。

しかし、日本はデフレが続き給料は長期間にわたって下がり続けていた。名目所得が過去20年でアメリカは7割、欧州でも4割上がっているが、日本は1割も下がっている(日本総研 政策観測No.33 2012/02/27)。

日本の給料が下がる一方で他の先進諸国の給料が上がっているのなら構造的な問題がそこにあると言える。

その最大の原因は強い解雇規制にある。

例えば日本国内にある企業であっても、外資系企業の給与水準はあきらかに日本企業より高い。

自分はFPとして多数の顧客にアドバイスをしているが、外資系企業に勤務している人ならば30代で年収1000万円超は当たり前といった水準だ。

これも解雇を前提とした給与体系になっている事が大きな理由だ。今の働きに今の給料で応える、逆に言えば業績が悪化すれば大幅に給料を減らしたり解雇をする前提なので給与アップが将来のコストアップ要因とはならない。

外資系企業でも日本にある以上は当然のことながら日本の法律に従って違法行為にならないように対応はしている。

とはいえ、実際には法の穴をかいくぐって(現在の法律ではグレーゾーンとなる)実質的な指名解雇が行われており、従業員も概ねその慣習を受け入れている※3。

外資系企業はクビに出来るからこそ高い給料を払える。

一方で日本企業は解雇が難しく、なおかつ不利益変更と言って急激な給与の引き下げも難しいため、業績が悪化した時の事を考えて給与の引き上げには慎重にならざるを得ない。

そして解雇規制は他の部分にも様々な悪影響を与えている。

解雇は制限される一方で転勤は企業の裁量でほぼ自由に認められている。残業時間もほぼ青天井だ。

電通では新入社員が長時間労働を理由に自殺する事件が発生したが、過労死基準とされている一か月あたり80時間程度の残業は多くの企業でごく普通に行われている。

つまり、雇用調整を解雇ではなく低賃金や転勤、長時間労働で行っているのが日本企業ということになる。

そして解雇を制限出来ても採用を強制することは出来ない。可能な限り少ない社員で、一人当たりの労働を限界まで増やすことで業績が悪化した時でも解雇出来ないリスクをヘッジする……これが日本の雇用ではスタンダードなやり方だ。

果たしてこれは健全な状態と言えるのか。解雇を過剰に避けようとするあまり雇用がゆがめられているのではないか。

■守るべきは「雇用」ではなく「人」

守るべきは雇用ではなく人と考えると、一定の解雇手当と十分な失業保険さえあれば必ずしも解雇を過剰に制限する必要性はない。

結局は企業にどこまで雇用の責任を求めるべきか?という話になる。責任がゼロならば解雇は自由、責任が100%ならば解雇は絶対禁止となる。最適な解はその中間にあるはずだが現在の状況は責任が100%に近い。

理想としては解雇が禁止された上で給料が高く、一方的な転勤も長時間労働も無い状況が良いのかもしれないが、残念ながらそれは無理だ。

企業の収益は様々な事情により乱高下する。そんな中で雇用だけ独立して安定させるのは不可能だ。

「船」が揺れているのにその「乗客」だけが揺れを受けない仕組みを作ることは出来ない。つまり消すことが出来ない経営のリスクを、どこでどのように吸収させるのか?という問題だ。

解雇という形でリスクを吸収させるのか、解雇はしない代わりに低賃金・長時間労働・転勤で経営悪化のリスクに備えるのか。

企業の払う給料は失業保険ではない。セーフティネットの役目を企業から切り離して、失業保険の役目は分離させれば良い。

「船」から落ちても「浮き輪」さえあれば「乗客」が死ぬことは無い。いつ消えてなくなるか分からない企業がセーフティネットの役目を担うことは出来ない。

正規雇用であれば安心、つまり雇用がセーフティネットかのような倒錯した状況の方がよっぽど危険だろう。

つい先日、働き方改革関連法案に対して野党が対案を提出した。

その中身として、残業時間の上限規制は立憲民主党が月80時間、国民民主党が政府と同じ月100時間としている。

アベノミクスをはじめ、あらゆる政策に対して徹底的に反対している野党ですら現在の雇用体系で大幅な労働時間の削減は困難であると認めている。雇用をセーフティネットにしようとした結果、長時間労働・突然の転勤・低賃金とあらゆるデメリットが発生している。

■「北欧神話」という勘違い

時折表れては消えていく話の一つに、自分が「北欧神話」と呼んでいるものがある。

北欧は福祉が充実している、老後の不安が無い、学費は無料、給料も高い……といった北欧は素晴らしい国であるといった内容だ。

しかし実際には福祉や教育費の原資として税率は極めて高く、欧米諸国と変わらずゴリゴリの資本主義が実践されている事がその土台にある。

もう少し抽象化して表現するのなら「メリットの裏にはデメリットがある」という当たり前の話にしかならない。

日本企業で働く人は、解雇規制のメリットを受けるために低賃金で長時間労働というデメリットの甘受を余儀なくされている。これが最適な雇用形態だと思う人が多数派だとは到底思えない。

一定の金銭の支払いで解雇を認めることを金銭解雇と呼ぶが、金銭解雇を認めると社員は全員クビになると勘違いしている人もいる。

しかし、実際には解雇が出来るから雇用が促進される、ということになる。

労働市場という言葉があるように、雇用もまたマーケットの原則が働く。

株を買う人は「売れるから買う」。つまり流動性があるから買える。

買ったら30年間売れません、といった状況で株を買う人はいない。労働市場は魚や野菜のように一度買うと消費して消えてしまうものではなく、取引が成立した後も再び市場で取引される株式市場に近い。

流動性の枯渇した市場で取引は成立しない。日本の労働市場はまさにそのような状況に陥っている。

結果的に「最初の取引」の価値が過剰に上昇する。新卒一括採用により、就活の失敗で自殺者が出るような状況は過剰な解雇規制の裏返しでもある(人手不足で会社を辞めやすくなったことにより、この状況が変化しつつあるのは皮肉とも言える)

フェイスブックの年収2600万円という数字が日本の雇用に投げかけるモノは、決して軽くは無い。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

米朝会談は終わった。勝ったのは中国だ。

米朝会談は終わった。勝ったのは中国だ

トランプ大統領と北朝鮮のリーダーである金正恩委員長との首脳会談は、習近平国家主席の想像をはるかに越えた(北京側の視点からみれば)良い形で終わった。

たった一日の会談のあと、トランプ大統領は米韓軍事演習を停止することに合意したわけだが、これはまさに北京政府が首脳会談前に提案したことを正確に行っただけだ。トランプは在韓米軍の撤退を公言したわけだが、これは中国にとって巨大な「戦略的棚ボタ」となるものだ。

トランプ氏は中国が北朝鮮に対する経済制裁をダメにしているが、それに対して自分が何もできないことを認めている。そしてトランプ氏は北の政権に正統性を与えてしまっており、これによって北京を両国間において大きな影響力を持つ存在として維持するための、長期的なプロセスを開始してしまったのだ。

ロシア・ヨーロッパ・アジア研究センターの代表であるテレザ・ファロンは「トランプ氏は勝者と敗者というわかりやすい構図が好きだが、今回の歴史的なトランプ=金サミットのあとの最大の勝者は、まさに習近平のようだ」と述べている。

北京と平壌の関係は、ほんの数ヶ月前までは暗礁に乗り上げていた。ところが習近平と金正恩はうまく改善させて戦略を連携させ、現在は――トランプのおかげで――首脳会談を望ましい形で達成したのである。

その合間にトランプ氏の譲歩は、同盟国との関係悪化や、東アジアにおけるアメリカの戦略態勢を弱体化させ、中国が望む外交の枠組みを支持するというリスクを生じさせたのだ。

実際のところ、トランプと金正恩がシンガポールで合意した「ディール」は、そもそも北京によって提案された「凍結のための凍結」だったのだ。

ファロンによれば「アメリカの同盟国たちの信頼を失わせることは、習近平にとって重要な勝利の1つ」であり、「北京は“凍結のための凍結”と合同演習の停止を望んでいた。そしてトランプ氏はまさにこれを何の対価もなく与えてしまったのだ。彼の交渉術とはすごいものだ」と述べている。

トランプ氏は米韓合同軍事演習をやめただけでなく、中国と北朝鮮のレトリックをそのまま使って、以前米国が「軍の即応体制と抑止にとって必要だ」と説明していた軍事演習を批判したのだ。

「われわれはウォーゲームを停止する。これによって多額の資金を節約できる。さらに、これはそもそも挑発的なものだ」とトランプ氏は火曜日の記者会見で述べている。

その同じ記者会見の中で、トランプ氏はすべての在韓米軍を韓国から撤退したいとも公言しており、これは実際にトランプ自身が長年にわたって個人的に語っていたことである。ところが彼はさらに平壌との将来的な交渉の中で、米軍の減少についても議題に乗せたいと述べたのだ。

「われわれの兵士を撤退させて帰還させたい。現在われわれは韓国に3万2千人もの兵士を駐留させているのだ・・・もちろんこれは北朝鮮との交渉の中で現在は議題として取り上げているわけではないが、将来的にはどこかの時点で議題となるはずだ」と述べている。

またトランプは、米・韓・日が行ってきた「最大圧力」というキャンペーンを弱体化させることによって、北京に勝利を与えている。彼は北に対する新たな制裁を延期すると述べただけでなく、中国が厳格に制裁を実行していないことを認め、しかもそれを無視したのだ。

「中国の習近平国家主席は・・・北との国境を封鎖したが、ここ数ヶ月はやや緩めているのかもしれない。でもそれでもかまわない・・・私はここ二ヶ月間において、国境は制裁を実行しはじめた頃と比べて開放されているのだが、それも現実だ」と述べている。

中国の外交部は、火曜日に北への制裁解除を求める声明を発表して、会談から成果を挙げられるように「掛け金」を釣り上げている。

北京は首脳会談が実現したという点だけでもトランプと喜んで合意するはずだ。中国外交部部長の王毅は、声明文書の中で、「両国首脳が共に座って台頭な立場で議論できただけでも重要な意義がある。これは新しい歴史をつくったのであり、北京はこれを歓迎し、このような結果を支援する」と述べている。

元CIA長官のマイケル・ヘイデンは、「金委員長との将来の交渉に向けたプロセスを始めるための良い会談が行われたのはポジティブなことだが、北朝鮮が何か新しいことに合意した考えるべきではないし、このためにわれわれが大きな代価を支払ったことは忘れてはならない」と私に語ってくれた。

彼によれば「われわれは世界最悪の独裁者の一人に対して、われわれと対等であるという感覚を、大統領の言葉を通じて、建前上でも本音レベルでも与えてしまったのだ。そしてそこからわれわれが得た成果というのは、将来のどこかで合意することを考えようという合意だけであった」のだ。

中国にとってさらに嬉しいことに、トランプ氏はアメリカの同盟国である、韓国と日本に対して混乱を与えた。ソウルの大統領府の報道官は、火曜日の声明で「現時点でトランプ大統領の声明の真意についてはさらなる情報が必要だ」と述べている。

トランプ大統領に対して不可逆な非核化の約束がなければ金委員長に譲歩しないよう求めていた日本政府は、屈辱を味わっているはずだ。

トランプ氏は自分の直感を信じており、金委員長は非核化に真剣に取り組むと考えていて、トランプ氏が申し出ている経済開発支援を欲していると考えており、必ず約束を果たすはずだと信じている。

「それでも彼は約束を果たすだろう。もちろん私が間違っている可能性はあるので、たとえば半年後に私はみなさんの前にたって自分が間違っていたと言うかもしれない。もちろん私はそれを認めるかどうかはわからないが、何らかの言い訳は見つけるかもしれない」と述べている。

北朝鮮の独裁者の誠意を盲目的に信じることによって、アジアにおける米国の戦略態勢を破壊し、同盟関係に疑問を生じさせ、北朝鮮への圧力を緩和するのは、まったく合理的ではない

もし北京の戦略的な狙いが「アジア地域におけるアメリカの地位の弱体化」にあるとすれば、トランプ氏は彼らにとってかなり役に立つ仕事をしたということが言えるだろう。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ