ONE OF A KIND

唯一無二

能「三輪」

2019-01-01 08:00:00 | 能 Noh

この能の舞台は、奈良県の三輪の里である。三輪山全体をご神体に戴く三輪の里は、神秘性をたたえ、幻想的な気に満ち溢れている。三輪山西麓には、大和・柳本・箸中古墳群といった巨大古墳が集中していて、古代神話の故郷でもあり、現在の能楽の諸流儀の母体となった大和猿楽の諸座も、この里の近隣を発祥の地としている。
能「三輪」は三輪山伝説を下敷きにしている。三輪明神は男神であるのが通説であるが、能では三輪明神は女神と成り、男神と思しきものとの恋に破れる。しかも恋に破れて天の岩戸の中に閉じこもってしまう。「思へば伊勢と三輪の神 思へば伊勢と三輪の神 一体分身のおんこと いまさらなにといはくらや」と結ぶ。観世清和氏による迫真の舞。幻想の世界に惹き込まれ、「その関の戸の夜も明け かく有難き夢の告 覚むるや名残なるらん 覚むるや名残なるらん」の通り、夢から覚めるのが名残惜しく、しばし余韻に浸っていた。

大神神社

結城紬 二千年悠久の時の流れ

2018-08-28 08:00:00 | 着物 Kimono
「至高を味わう旅 ー 結城紬 x ロールス・ロイス」内覧会で、茨城県結城市にある明治四十年創業の老舗『奥順』を訪問した。
気の遠くなるような緻密な手作業を経て生み出される高級絹織物、結城紬。質実剛健で素朴な風合いの中に、そこはかとない美が宿る。"侘び寂び"を尊ぶ日本人ならではの美意識の結晶、優れた伝統工芸技術である。最高峰の二百五十 亀甲細工の結城紬は、もう作れる職人がいないため、価格は億を超え大変貴重なものだそうだ。

結城紬
結城紬を育む結城の地は、関東平野の中央・筑波山の裾野を流れる鬼怒川沿いの肥沃な土地で、古くから養蚕が盛んな織物の産地です。
結城紬の歴史は、「延喜式(えんぎしき)」「常陸風土記(ひたちふどき)」に記されている“長幡部絁(ながはたべのあしぎぬ)”まで辿ることができます。
朝貢として朝廷に上納されていた絁(あしぎぬ)とは、手でつむぎだした太糸の絹織物(=あしき絹)であり、現在も日本各地に残る、様々な紬織物の原形とされています。その古代からの作り方を未だにとどめているのが、この結城紬なのです。
絁はいつしか常陸紬と呼ばれるようになり、その質実剛健な風合いは、源頼朝や鎌倉時代から江戸時代まで結城を統治した結城家など、質素を尊ぶ武家に好ましく受け入れられました。
「結城紬」と呼ばれ商品として流通するのは江戸時代以降で、反物は鬼怒川の水運により舟で江戸の街へ運ばれました。当時の結城といえば男もので、大店の旦那衆や武士などに好まれ、江戸の「粋」という美意識をある面で支えていました。
江戸時代の終わりに「絣(かすり:模様のこと)」が織られるようになると、明治以降の結城紬は女性のおしゃれ着として進化していきます。絣の技術が高まると、亀甲模様を使っての柄表現が特徴とされ、縮(ちぢみ)織りの隆盛が見られるなど、生地の質感、デザイン、ともに様々な表現が花開いていきます。
結城紬は、1956年(昭和31年)に「糸つむぎ・絣くくり・地機(じばた)織り」の3工程が国の重要無形文化財として指定。卓越した技工は世界的にも守るべき貴重な技として、2010年(平成22年)にはUNESCO無形文化遺産にも登録されました。(奥順HPより)


Miele ミーレ 食器洗い機 Dishwasher

2018-03-08 08:00:00 | 建築 Architecture
愛用している食器洗い機。デザイン 機能性 耐久性 メンテナンスのしやすさ 全てにおいて満点をあげたい。日本の家電は頻繁にモデルチェンジするが、成熟したマーケットにおいて、そろそろMieleのような"ものづくりの基本と姿勢"を見習ってほしいものだ。日本製のビルトイン食器洗い機の欠点は、フロントオープンでなく引き出し式で容量が少ないことと、デザインが洗練されていないこと。多様な日本の食器の形を想定して開発しているため、バスケット(洗いカゴ)がかえって使いにくい形状となっている。

ミーレMieleは、1899年にカール・ミーレ(Carl Miele)とラインハルト・ツィンカーン(Reinhard Zinkann)によって、ギュータスロー近郊のヘルツェブロックで古い製材兼粉砕工場を自社工場として設立したことにはじまる。他の企業と異なり、外国の工場で自社製品を委託することなく、自国で製造されている。

ミーレ・ジャパンの松原秀樹社長は、以下の3つを挙げる。
1 ブランドとしての存在感 2 高品質への信頼感 3 独自のフィロソフィー だ。「ドイツには、こんな言葉があるのです。『家に帰ればミーレがある』。日々の安定した生活感というものをミーレは大切にしています。そしてそれを支えるのは、”20年間の使用に耐えられる機器”であることなのです」と松原社長は語る。製品の高性能なパフォーマンスだけでなく、部品ひとつひとつも吟味されている。20年の耐久性のために、本物の鉄を使っている部分もある。工場にはそのための溶鉱炉まで備えている。だから、ミーレの製品は、他ブランドより重い。そのため、設営や修理は専門のエンジニアが担当する。デザインは20年の使用に耐えられるシンプルで、飽きのこない突き詰めたもの。派手ではないのに、遠くから見てもミーレとわかる存在感につながっている。20年使用ということは、古い機器と新しい機器が混在するということ。そのため、新旧を並べても違和感のないデザインであることも考慮されている。
 ミーレのキッチン機器の中では、現在、13機種ある食洗機の売り上げが全体の40%を占め、高級キッチン使用者に圧倒的に支持されている。松原社長が他ブランドとの違いを端的に説明する。「45㎝幅の他のブランドの引き出し式のものは、ミーレの3分の2くらいの容量です。これは、ミーレはフロントオープンでスペースを活用しているからです。カトラリートレイもあり、また長いシャンパングラスも洗うことのできる構造になっています。ミーレの60㎝幅の機種は、12人分のお皿を一度に洗浄できます。3段のトレイとバスケットにそれぞれ、3つの水を出すスプレーアームが付いており、コンピューター制御によって最小限の水量できれいに洗い上げる。強制乾燥ではなく、余熱乾燥なので食器に対してもやさしい。ドイツは環境先進国ですから、エコへの配慮も忘れていません。」( Modern Living インタビュー記事2016.03.09 )



ミーレ 食器洗い機 Miele Dishwasher



心中宵庚申 (しんじゅうよいごうしん)

2018-03-05 08:00:00 | 文楽 Bunraku

2月26日 国立劇場 文楽 第一部 近松門左衛門最後の世話物『心中宵庚申』

この日は千穐楽で、第二部では「豊竹咲甫太夫改め六代目竹本織太夫襲名披露口上」もあり、いつもよりロビーが華やぎ目出たい雰囲気。あぜくら会の会員特典で、最前列ど真ん中の一席を押さえることが出来、高鳴る胸を抑えつつ幕が上がるのを待った。

八百屋半兵衛 : 吉田玉男
女房お千代 : 桐竹勘十郎

人形遣い、太夫 、三味線 、全ての息がぴったり合い、野球で言えば、一軍スター勢揃いといったところ。
いつもは、双眼鏡で細かな動きをチェックするが、この席からは肉眼で十分楽しめる。
お千代の肩の震え、伏し目がちな目元、指先の動き、八百屋半兵衛の表情 キメ 間。

近松門左衛門の作品は、全て、 "愛" がテーマ。
「道行思ひの短夜」一蓮托生を願い、命を絶つ最後のシーンの美しさは忘れられない。
二人で何処か遠くへ逃げ果せ、現世で幸せに暮らせぬものか...。
同じ演目を扱っても、歌舞伎(人間)では表現し得ぬ "品の良さ"と"古典藝能の技の極み"が、文楽(人形)にはある。


<あらすじ>
八百屋半兵衛(はんべえ)と女房のお千代(ちよ)という夫婦が心中した事件を題材にした世話物です。近松門左衛門は封建社会における家族制度が事件の遠因とし、現代の家族関係にも通じる内容に書き上げています。「上田村」は若き日の八代目竹本綱太夫により伝承されました。
八百屋半兵衛は女房お千代の実家で、お千代が半兵衛の留守中に姑去りにあったことを知ります。病床の舅・平右衛門(へいえもん)や姉のおかるの訴えに、半兵衛は死んでも別れないと誓い、お千代を連れ帰ります。養母はお千代が気に入らず、半兵衛にお千代と別れるように迫ります。孝心厚い半兵衛はやむなくお千代を人前で離縁してしまうのでした。深夜、夫婦は揃って家を去り、半兵衛は大仏の勧進所で、身重のお千代を刀で貫き、同じ刀で腹を切るのでした。(国立劇場文楽サイトより)


心中宵庚申ビデオ
吉田玉男インタビュー


Red Diamond "The Argyle Phoenix"

2018-03-01 08:00:00 | 宝石 Gems


世界最高級の宝石 "The Argyle Phoenix"


1.56ct ラウンドブリリアントカット
200万ドル約2億円
西オーストラリアのアーガイル鉱山産出。
Red DiamondはRareで、産出量が極めて少ない。

The Argyle Phoenix, a 1.56 ct Fancy red round brilliant diamond, 2013 . Photo by Josh Balduf/GIA.


Present

2018-02-26 08:00:00 | 
Yesterday is history.
Tomorrow is a mystery,
Today is a gift.
That's why we call it the Present.

昨日は過去のこと。明日は未知のもの。今日は贈り物。
だから「現在」のことを "Present"と呼ぶのです。


有職組紐『道明』Domyo

2018-02-22 08:00:00 | 工芸 Arts & Crafts
言わずと知れた 帯締の最高峰 『道明』創業1652年の有職組紐の老舗である。
社長の道明葵一郎さんは、早稲田大学で建築を学ばれ、上野池之端に建つ鉄筋コンクリート打放しのモダンな本社ビルも設計されたとのこと。 社長直々にご案内頂き、正倉院中倉、厳島平家納経巻結、四天王寺懸守の吊緒、中尊寺秀衝棺中組紐などの貴重なアーカイブを拝見した後、組紐制作の実演もあり、三時間近くに渡り組紐の歴史から製作工程まで実に興味深いお話を伺った。
丁寧に染め上げられた色とりどりの糸を、時間をかけて職人が手仕事で組んでいく組紐。その構造はとても複雑で、表面に現れる模様や色の組み合わせを楽しむだけでなく、内部の仕組みを想像して立体的な見方もできる。人間が、"美しい"と認識し圧倒される有職組紐の"美"の裏には、計算され尽くした 数学 幾何学 構造学 色彩学 の世界が広がっていることに気付く。帯紐としての用途の他に、この奥深い美の世界に魅せられた数々の目利き 芸術家達が道明の組紐を愛している。昭和時代に活躍した写真家 土門拳がカメラを首からかけるためのストラップ紐として愛用したそうだ。

「日本には、飛鳥・奈良時代から現代まで絶えることなく続く組紐という独自の技術がございます。色とりどりの糸によって、長い時間をかけ組あげられた一本の組紐は、決して美術工芸品の主役になることはありませんでしたが、欠かすことのできない装飾物、付属物として日本の文化を脈々と彩ってきました。 日本の伝統技術を持って世界中の方々に使っていただける製品を作ることは有職組紐 道明が目指すべき目標でございます。これまで道明の組紐を長くお使いいただきました皆様にも、この機に新たに道明を知っていただいた皆様にも、新鮮でありながら、いっそう奥深い組紐の魅力を感じていただけましたら幸いです。」道明葵一郎

老舗の若旦那がこれから起こす革新と 道明の世界から目が離せない。日本のものづくり 、引き継がれる匠の技の原点をここに見た。


「組紐の歴史」「道明の歴史」
有職組紐 道明




『青春 』サムエル・ウルマン/ YOUTH Samuel Ullmann

2018-02-12 08:00:00 | 

『青春 』サムエル・ウルマン

青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心,こう言う様相を青春と言うのだ。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。曰く「驚異えの愛慕心」空にひらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思想の対する欽迎、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。

人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる  

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、偉力と霊感を受ける限り人の若さは失われない。これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。



YOUTH Samuel Ullmann

Youth is not a time of life-it is a state of mind; it is a temper of the will, a quality of imagination, a vigor of the emotions, a predominance of courage over timidity, of the appetite for adventure over love ease.

No body grows only by merely living a number of years; peoples grow old only by deserting their ideals. Years wrinkle the skin, but to give up enthusiasm wrinkles the soul. Worry, doubt, self-distrust, fear and despair-these are the long, long years that bow the head and turn the growing spirit back to dust.

Whether seventy or sixteen, there is in every being's heart the love of wonder, the sweet amazement at the stars and the starlike things and thoughts, the undoubted challenge of events, the unfailling childlike appetite for what next, and the joy and the game of life.

you are young as your faith, as old as doubt ;
as young as your self-confidence, as old as your fear;
as young as your hope, as old as your despair.

So long as your heart receives messages of beauty, cheer, courage, grandeur and power from the earth, from man and from the Infinite so long as your young.

When the wires are all down and all the central place of your heart is covered with the snows of pessimism and the ice of cynicism, then you are grown old indeed and may God have mercy on your soul.






Silo clock by Poetic Lab

2018-02-08 08:00:00 | 時計 Watch Clock
Art piece on your wall  Dancing with the flow of time


Silo is a simplistic sculptural clock designed to create interesting aesthetic appeal through the use of angular hour and minute hands that play on mathematical tangential relations and triangular forms
Silo clock cast attractive shadows on the wall whilst performing gentle movements.  Just like time itself this clock never feels the same every time you look at it . A beautiful piece of statement aim to portray time with a poetic sense. It is not just a clock. It is a kinetic sculpture that alters its shape through time.
Silo is more than a clock, it is a compact sculpture that you can hang on your wall and stare at everyday. It changes at every instant showing you the time passing, always in anew, wonderful way.

DESIGNER
● Poetic Lab, 2016

SPEC
● Alumnium Disc, Steel Casing, Quartz Movement
● Clock Face Diameter: 60cm / 23.6 in
● Clock Face Diameter with Markers: 87cm / 34.3 in


Silo clock


能『定家』

2018-02-05 08:00:00 | 能 Noh

後白河法皇の三女で幼くして賀茂の斎院に選ばれた式子内親王(しょくしないしんのう1149~1201)と、当時最高の歌人として有名な藤原定家(ふじわらのていか1162~1241)の死後も続く恋物語

皇室の姫が自由な恋愛など許されるわけもなく、ましてや神に仕えていた身。定家との恋愛は、儘ならぬ忍ぶ恋であった。能『定家』の舞台の中央には、二人の関係を暗示する存在として、定家の妄執が蔦葛(つたかずら)となってまとわりついた内親王の墓が置かれている。神に近い存在の女性との許されない関係について、曲の中で内親王は、「邪淫(じゃいん)の妄執」と語る。

観世清和氏の解説
「演者としては、もだえ苦しむ内親王の苦悩を伝えなくてはなりません。呪縛が解けない状態ではあまり動かず、定家の怨念がいかに激しいかを演じます。その業(ごう)の深さを通して、一人の女性の弱さを表現します。僧が供養するために読経を始めると、少しずつ身体を動かし、次第に自由になっていく様を見せます。そしてこの演目の見せ場である報恩の舞(序の舞)を舞うのです。この舞も解放の喜びを体中にみなぎらせた舞というよりは、どこか抑制された感じで舞わなくてはなりません。
ーー定家との情熱的な思い出、その後の苦しみ、読経の功徳によって内親王にもたらされた解放感。しかし、舞を終えた内親王は再び墓に戻ろうとします。ーー
内親王が愛欲地獄から抜け出したわけではなかったことを暗示する極めて重要な場面です。解放されたかに見えた内親王が再び定家の妄執に囚われていく過程を示していきます。同じ男女の愛欲を扱った作品でも、『井筒』のような世阿弥作の能であれば、一番華やかだった時代を思わせる美しい舞を舞わせて霊を慰め、供養してあの世に送り返して終わります。しかし、『定家』はそうではありません。いったんは呪縛が解けたと喜びの舞を舞わせるのですが、結局、内親王は墓に戻り、再び定家葛が這(は)い回ってついには墓を覆い隠してしまいます。」


「玉の緒よ 絶えなば絶えね 長らえば 忍ぶることの 弱りもぞする」 式部内親王

「来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」 藤原定家




*内親王と定家の恋の物語は、さまざまに語り継がれている。

北大路魯山人 『志埜茶碗 』 Rosanjin Kitaoji SHINO Tea bowl

2018-02-01 08:00:00 | 美術 Art
北大路魯山人 志埜茶碗 h7.6×w11.9cm 1957年


土いじり 北大路魯山人

「個性だとか、創作だとか、口で言うのはやすいことだが、現実に表現が物を言うようなことは、なまやさしい作業でなし得られるものではない。さあ自由なものを作ってみろと解放されたとしても、決して自由にはできないものである。第一、過去の人間が作った美術に充分心眼が開かなくては、かなわぬことである。過去と言っても千年も二千年も前からの美術・芸術に眼が利かなくては、かなわぬことなのである。食器師だからと言うので、陶器ばかり視ているくらいの注視力では、乙な器は生まれるものではない。三百年の茶碗が作りたければ、千年前の美術がわからなくてはかなわぬものである。料理なども細民の美食から大名の悪食にまでに通じていなくては、一人前の料理人とは言い難い。それには恐ろしいまでの努力が必要であって、調理場ばかりで十年二十年の苦労を積んでみたとて、料理を語る段階には至らぬものである。乞食になってみるのもムダではない。虚飾でかたまっている大名料理を経験してみるのもムダではない。本格な床柱を背に大尽を決めこむようなこともたびたびあってよい。陶器する心も、ほぼ同じである。」


魯山人の最晩年期の志野は、紅志野・赤志野と呼ばれるほどの燃えるような赤の発色を呈している。



北大路魯山人 『日月椀 』Rosanjin Kitaoji Nichigetuwan

2018-01-31 08:00:00 | 美術 Art
日月椀 h11.6×w12.7cm 1930年代  


益友を持つこと、座右の書物、道具、調度もまた益友の一人である。座右にいいものを置くように心がける。

仰いでは宇宙に字を書け。俯しては砂上に字を習え。毛筆を持って紙上に習うのみが、習書の法ではない。

この世の中を少しずつでも美しくして行きたい。私の仕事はそのささやかな表れである。人間なんで修行するのも同じことだろうが、自分の好きな道で修行出来るくらいありがたいことはない。人はいつ死んでもよいのである。人はこの世に生れてきて、どれだけの仕事をしなければならぬときまったわけのものではない。分かる奴には一言いってもわかる。分らぬ奴にはどう言ったってわからぬ。芸術は計画とか作為を持たないもの、刻々に生まれ出てくるものである。言葉を換えて言うなら当意即妙の連続である。

北大路魯山人



魯山人の漆芸作品を代表する日月椀。極く薄く作った木地に和紙を張りつけ漆を塗り重ねる一閑塗の技法で制作されている。金箔と銀箔の砂子を厚みをつけて蒔き、太陽と月を表す。

原羊遊斎『雪華蒔絵印籠』永青文庫蔵

2018-01-30 08:00:00 | 美術 Art
雪の結晶を文様とした印籠。江戸の蒔絵師 原羊遊斎(1768~1845)の作。

天保三年(1832)古河藩主・土井利位(どいとしつら)が、オランダから輸入された顕微鏡を使って雪の結晶を研究し、その成果を『雪華図説』、『続雪華図説』という図譜にまとめた。この本から図案が採用されている。当時最先端の科学の研究結果が芸術に応用されていることに感動する。「雪の殿様」利位公は、熊本藩12代藩主・細川斎護の叔父にあたり、古河藩の財政が悪化したため、細川家から莫大な借り入れをしていた。その借金への返礼の意味も込め、自身の研究の精華を反映した印籠を進物として贈ったとされる。

原羊遊斎
江戸後期の蒔絵師。江戸神田に住み、通称は久米次郎 更山と号する。その詳しい事績は伝わっていないが,『蒔絵師伝』の記事などによれば、羊遊斎の立場は一個の蒔絵師というよりも工房の主催者に近いものであったらしく、常に権門勢家に出入りし、中山胡民をはじめとする多くの門人を擁して蒔絵作品の制作に当たったという。酒井抱一、鷹見泉石、谷文晁、大田蜀山人、7代目市川団十郎など、当時一流の文化人との交流もその外向的な性格を物語るものといえよう。羊遊斎あるいはその一派の作風は、琳派風の装飾性豊かな意匠を薄肉高蒔絵を基調にした伝統的な蒔絵技法で描き出したもので、その精細かつ華やかな表現は、江戸後期の多彩な蒔絵のなかでも際だって目をひく存在となっている。なお、今日、羊遊斎作と称する作品は、酒井抱一が下絵を描いたとされるものも含めて数多く巷間に伝わっており、いずれも「羊」「羊遊斎」「羊遊斎作」などの銘が記されている。<参考文献>『工芸鏡』

永青文庫


くずきり 京都 鍵善良房(かぎぜんよしふさ)

2018-01-29 08:00:00 | 食 Cuisine


享保年間(1716-1736)創業
「何か新しい甘味を作ってくれへんか」と祇園の旦那衆に頼まれ、昭和の初めに誕生したのが、名物のくずきりです。他のお菓子同様配達だけでしたが、この味が評判になり「ちょっと食べさせて」とお店の横で供されるようになり、戦後、喫茶室をつくりました。配達しやすいようにと考えられた容器は、配達の習慣がなくなった現在も当時のままです。十二代主人は木工芸の人間国宝・黒田辰秋と懇意にしていて、黒田に制作を依頼した豪華な螺鈿のくずきり用器も使っていました。
くずきりは吉野本葛粉と水だけで作ります。黒蜜は沖縄の波照間産の黒糖を原料にしています。もちっとコシのあるくずきりがコクのある黒蜜に絡み、つるつると入ってきます。後口のさっぱりした蜜は飲み干す人も多いとか。「宿酔(二日酔い)の朝に良い」と言ったのは作家の水上勉。他にも多くの文人墨客に愛されてきました。くずきりは手打ち蕎麦同様すぐに食べないと白くなりコシもなくなります。お店では注文が入ってから葛粉と水を合わせて作りますが、出来立ては透明でまさに清流のよう。目にも口にも涼やかです。
(14代目ご主人 今西善也さん)

小さい頃から、京都での三時のおやつは鍵善のくずきりが定番となっている。菊の花を型どった創業当時からの名物「菊寿糖」という落雁(らくがん)も美味。阿波(徳島)特産の和三盆糖の甘みは繊細で、口どけなめらか 後口がすっきり。軽くて日持ちがするので、日本茶とセットにして、海外の友人への手土産に添えることが多い。

くずきり 京都 鍵善良房


宮脇賣扇庵 龍馬扇

2018-01-28 08:00:00 | 匠の技 Master Craftsmanship
※写真は龍馬扇 鳥獣戯画 扇骨:焼竹 扇面:紺


創業は文政6年(1823年)という歴史と伝統ある京扇子を製作する【宮脇賣扇庵】。京都に行くと必ず立ち寄る。昭和34年、当時の皇太子ご成婚の際には、祝いの扇を献納している老舗だ。

定番の8寸(24cm)サイズの龍馬扇。龍馬扇の名前の由来は、江戸時代に定番だった1尺サイズから、明治に8寸サイズに変わり、明治といえば坂本龍馬ということから5代目社長が名付けたそうだ。袴を短くしてブーツを着用していたと言われる、龍馬の合理性や進取の気性にあやかったようだ。

青い柿の汁をしぼり発酵させた柿渋を地紙に引いた扇。 柿渋を引くことにより地紙の耐久性が増す。 柿渋独特の臭いはしない。
扇面は使いこむうちに、柿渋の酸化により落ち着いた色へ変化する。扇骨は、唐木(少し緑がかった渋茶色) 黒タキ(黒染め) 焼竹(煤竹に近い色)の3種。扇面は黒 紺 抹茶 ねずみ 茶 からしの6色。

焼竹の扇骨に無地の紺の扇面の組み合わせが粋。お店の人に聞いたところ、やはりこちらが一番人気。季節によっては店頭に並べるとすぐに売切れてしまい入手困難となる。日本男児が携帯すべき粋な小道具である。


宮脇賣扇庵