空と風と、月と、星。

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ワシントンのアメリカン大学美術館で、「原爆の図」展。12月中旬まで、米国の他2ヶ所巡回。

2015-08-12 18:50:00 | 日中・太平洋戦争のこと
2015年8月9日、長崎に原子爆弾が投下されて70年が経ちました。
被爆者の平均年齢も80歳を過ぎてしまい、焦りを感じます。
証言をする人が減り、原爆を投下されたことを忘れられてしまうのではないか、と。
でもしかし、記憶の風化を防ぐのもまた、人間です。
原爆が二度も、落とされたのです。
記憶の風化を心配している場合ではなく、伝えていかないとならないのです。

この前、CS放送の日テレニュースかTBSニュースバードで見て初めて知ったのですが、
丸木美術館の「原爆の図」の絵を、アメリカの各地(3ヶ所)で展示しているそうです。
「原爆の図米国展2015」(丸木美術館のページ)
・ワシントンD.C.アメリカン大学美術館6/13~8/16
・ボストン大学アートギャラリー 9/11~10/18
・ニューヨーク パイオニア・ワークス 11/8~12月中旬

この展示についての、ネット報道が見つかりました。重要だと思うので、リンク、転載させてもらいます。
埼玉新聞です。
転載ここから。================

「原爆投下、必要なかった」 米首都で初の「原爆の図」展が開幕2015年6月16日(火) 埼玉新聞

米首都ワシントンのアメリカン大学美術館で13日、東松山市「原爆の図丸木美術館」の「原爆の図」6作品の展覧会が始まった。ワシントンで「原爆の図」が展示されるのは初めて。
 現地で同作品を紹介している丸木美術館の学芸員岡村幸宣さんは「芸術は世界を動かし、人の心を変えることができる」と語った。

 岡村さんは、来館者が「原爆の図」に心を打たれている様子に手応えを感じているという。
  「作品の前で涙を流す人たちの姿を見て、人間の命を描いているということが伝わっていると思った。芸術は、少しずつかもしれないけれども世界を動かし、人の心を変えることができるとあらためて感じる体験になった」

 岡村さんは来館者に感想を聞いた。現地在住レバノン人画家は「原爆の図に非常に大きな感銘を受けた。政治ではなく、人間性の問題だ。なぜワシントンにホロコースト博物館があって、原爆博物館がないのか」と衝撃を受けていた。
 別の米国人女性も「私たちと同じ普通の暮らしをしている人たちの上に、原爆を落とす必要は全くなかったと思う。自然に涙が流れてきた」と語ったという。

 ワシントンのスミソニアン博物館では1995年に「原爆の図」展が企画されたが、退役軍人らの反対により実質的に中止に追い込まれた経緯がある。
 今回の展覧会は、原爆投下の有効性を容認する米国内の世論を批判するアメリカン大学の歴史学部教授ピーター・カズニックさんが尽力し実現。原爆を投下した米国の反応に関心が集まった。

 岡村さんによると、元米軍兵も訪れ、コメントを残しているという。
元沿岸警備兵(85)は「原爆の図」展を評価。「素晴らしい試みだ。人間の想像力には限界があるから、このような絵を描くのはとてもよい考えだと思う」。
 一方で、原爆投下に賛成の立場だという元通信兵(94)は「なぜ日本を哀れまなければならないのか。私たちがこの絵のようになるかもしれなかった。日本は中国に何をしたのだ」と述べたという。

===========================ここまで。(下線部は私による)


スミソニアン原爆展論争を検証する『科学と社会を考える土曜講座 論文集』第1集 1997 年 56 5月「リビングサイエンスアーカイブス」(市民科学研究室)
に、1995年のスミソニアン博物館の「原爆の図」展が中止になった経緯が、かなり細かく書かれています。
埼玉新聞では、「役軍人らの反対により実質的に中止に追い込まれた経緯がある」とありますが、だいたい、そのような経緯だと思います。

私は米での「原爆の図」(2015)展を伝えるテレビ番組をちらっと見ただけですが、米アメリカン大学で「原爆の図」を鑑賞した人の感想を聞きました。
ある若い男性は、「アートのようですね」、と。別の、中年女性は「こんなことを繰り返してはいけない」というようなことを言っていました。

埼玉新聞からの転載の、下線を引いた部分ですが、「アメリカン大学の歴史学部教授ピーター・カズニックさんが尽力し実現」とありますが、ピーターさんも番組で少し話をしていました。穏やかな印象の人です。
今年6月の、朝日新聞のインタビューでは、
---「前回の原爆展から20年経ち、原爆投下から70年にあたる重要な年。丸木美術館や広島市などから打診を受け、20年ぶりの「原爆の図」展を開くことを決断しました。米国の若者に、原爆のことを知ってもらいたい。広島に原爆が投下された日を、20人の学生に聞いたが、以前なら「8月6日」と答えられた学生がいたが、今では皆無。もう、遠い昔のことになってしまっている---
ということを、話しています。

思うのですが、(今回は大学の美術館やアートギャラリー(美術館)での展示ですが)再び、スミソニアン博物館で「原爆の図」展を開こうとしたら、20年前のように、反発が起きただろうか。
それは分かりませんが。

けれども尊いことだと感じるのは、アメリカにはピーター・カズニックさんのような人がいて、
原爆の惨状・悲惨さを次世代に伝えたい、と行動を起こす人がいるということです。
日本でも、生存者で被爆証言をする人がいたり、被爆者でなくても体験を伝えようとしたり、ツイッターやフェイスブックなどのSNSやその他ブログやネットやアートで発信したり、子どもに科学を楽しんでほしいと行動する人がいたり、
原爆を投下されたことを忘れてはいけないという人がたくさんいて、それも尊いことだと思います。
国を超えて、個人個人でつながっていけたら、と思います。



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