昨日はNHK全国俳句大会@NHKホールへ。

湘南句会からSとAが入選しました~! 佳作だけどね。
10人の選者が特選とした句の作者はステージに上って、放送の画面にも出られます。
紅白歌合戦の舞台でもあるステージで、楽しい舌戦も交えて繰り広げられる選者の生座談会が勉強になりました。
Eテレでの放送は次の日程です。
6月1日・8日・15日・22日(日)18:35~19:00
再放送6月4日・11日・18日・25日(水)14:20~14:45
昨日はNHK全国俳句大会@NHKホールへ。

湘南句会からSとAが入選しました~! 佳作だけどね。
10人の選者が特選とした句の作者はステージに上って、放送の画面にも出られます。
紅白歌合戦の舞台でもあるステージで、楽しい舌戦も交えて繰り広げられる選者の生座談会が勉強になりました。
Eテレでの放送は次の日程です。
6月1日・8日・15日・22日(日)18:35~19:00
再放送6月4日・11日・18日・25日(水)14:20~14:45
共通テーマ「形」でYが書いた詩を投稿します。

かたちあるもの
「これだけ持ち出せました」
焼け出された彼女は答えた
アルバムを抱き
一瞬の笑みが映った
写真の顔を
家族の顔を
指で辿ってゆく
爆撃を受けたような
灰一色の集落
鉄も石も折り重なり
彼女の暮らしが灰になってそこにある
かたちなきものに幸せは宿るという
かたちのあるものは
時に人に寄りそう光となる
彼女の明日に
消えることのない光を
願う
共通テーマ「形」でTが書いた詩を投稿します。

望郷
セーニュの岬に穏やかな春が来ると
ある日突然 巣立った渡りツバメが群れをなして
碧い海の上を
黒雲のかたちをして 舞い飛ぶことがある
そんな日は
岸壁に立つ家のベランダの窓を開け放して
僕は裸足で飛び出て
朝のコーヒーも飲まずに 絵筆をとる
キャンバスに描くのは
眼の前の海ではない
朝日を浴びて帰ってくる漁船の群れ
三方を囲む山々と 裾野に点在する家々
聴こえてくるのは大漁を知らせる浜の歓声 母の声
それは忘れたはずの 遠い故郷の景色だ
絵筆を休め ふと後ろを振り返ると
まだガウンを着たままの君が
静かな哀しい目をして
僕をみつめている
君の瞳のなかにも
外の風景は映り 海風が吹いている
ただ違うのは
その景色はゆっくりと不安げに潤んでくるのだ
だいじょうぶだよ 僕はもう帰らない
ただ春巡る頃 黒い渡りツバメを見ると
いつも押し寄せるこの望郷の思いを
言葉にできずに
こうして 絵に閉じ込めているだけだ
共通テーマ「形」でFが書いた詩を投稿します。
鍋底雲
江ノ島の上空
相模湾を半分埋め沖に青空を残したまま
辺縁が鋭角に切り取られた
鍋底のような分厚い雪雲が
ほんのいっとき
激しく煙幕を張るように雪を降らせ
視界を閉ざした
ワイパーをフル稼働させながら
ふと
酸ヶ湯の五メートルの雪壁の白さを思った
雲が割れて陽が射すと
雲はいさぎよい速さで退場し
いつもの明るい空に変わった
この変わり身の早さは
人の世のてりかえしか
雲よ
たのむから二枚舌の輩の真似だけは
しないでくれ

4月の湘南句会は次のように決まりました。
日時 4月19日(土)14:00~
場所 逗子市民交流センター1階
兼題「花筵」「数字の入った句」
見学歓迎。よろしくお願いします。

共通テーマ「折る」でYが書いた詩を投稿します。

孔雀を折る
座敷の予約席
席次は同窓のヒエラルキーそのまま
互いのささやかな成功に
承認の歓声を上げる
わたしは箸袋を手に取る
白い雲竜紙
半分に折る
山折り谷折りくり返し
折り目は厚くなる
親指の爪でしごいて
口ばしを鋭角に折り込むと
手のひらに白い小さな孔雀
隣の卓では
Sの予想外の告白
目を見開く者
あるいは伏せる者
役柄はそれぞれ
わたしも演者に加わろう
傾聴と同意
是非は胸のうちで
口角を上げよう
杉の香りなめらかな利休箸を
孔雀の羽に乗せて

来月の湘南文芸合評会は、次のように決まりました。
日時 4月9日(水)13:00~
場所 逗子市民交流センター1階
テーマ 「囀り」「逃げる」
よろしくお願いします。
共通テーマ「明るい」でFが書いた詩を投稿します。

桜満開
――桜 満開
耳に心地よいこの言葉
聞くたびに心浮きたち頬が緩んで
白や淡い朱鷺色に染まる
低い山並みがほのかに霞み
遠くの雪をかぶった高山と織りなす
春の風景
桜を愛でに
肌寒さを押して集まる人たちの顔は
屈託なく平和で
聞こえてくる外国語さえも
まろやかでやさしい
あそこもここも
桜色があふれて
あわただしい時間が立ち止まって
柔らかく包み込むあたたかさ
遠くに来た というより
帰ってきた ふる里
の 安堵感に心ほぐれて
行き交う人も 地元の人も
みんな穏やかで明るい
共通テーマ「明るい」でAが書いた詩を投稿します。

明け方の窓 白昼のカーテン
ふと目覚め時計を見る
針は五時台をさしている
カーテンを開けても外は暗いが
隣家の台所には灯がついていて
夫婦二人の一日が
堅実に始まっているのを
毎朝の空気のように察する
年の暮からその窓が灯らなくなった
夫婦どちらかの故郷へ旅しているのだろう
新しい年になり一月が過ぎても
窓は灯らない
デイサービスの送迎車も
新聞配達も来ない
ある正午三人の人間が訪れる
郵便物を掻き出し鍵を開け
中に三十分ほどいてから
車にトランクを載せて去る
老夫婦は明け暮れの場を
換えざるを得なくなったのだ
無人の家が日に曝され
カーテンは窓の内で鋼鉄のように
ひとゆらぎもしない
台所に立つ人影も映さない
先日のなぎさ句会で雛道具の句がありました。
雛の句は過去に数多詠まれているのでどうしても類想になりがちだが、雛道具が壊れているという句は読んだことがないとの講評。
雛人形売場や雛市、雛を飾る、雛の間、雛菓子、流し雛、果ては薄紙から透けたりしている雛の顔のパーツなどと、既にあれこれ詠まれてますよね。
雛の句にはちょっと尻込みしてしまいます。
