湘南文芸TAK

逗子でフツーに暮らし詩を書いています。オリジナルの詩と地域と文学についてほぼ毎日アップ。現代詩を書くメンバー募集中。

独歩が乗った人車鉄道

2022-05-01 09:11:45 | 文学
明治時代に運行していた豆相人車鉄道の始発駅跡。

碑の側面に次のような解説が彫られています。
明治二十九年三月、熱海方面への陸上輸送路として豆相人車鉄道が開設され、早川口が小田原駅となった。
明治四十一年に軽便鉄道とし、小田原電鉄からの乗換駅として、この地方の交通に恩恵を与えた。
大正十一年十二月国鉄熱海線が真鶴まで開通したことによって、その任務を全うした。

国木田独歩はたびたび湯河原を訪れ、その際に小田原から乗った豆相人車鉄道の様子を作品に書いています。
明治34年
人車は徐々として小田原の町を離れた。僕は窓から首を出して見て居る。忽ちラツパを勇しく吹き立てゝ車は傾斜を飛ぶやうに滑る。空は名殘なく晴れた。海風は横さまに窓を吹きつける。顧みると町の旅館の旗が竿頭に白く動いて居る。(「湯ヶ原より」より)
明治40年
先づ二臺の三等車、次に二等車が一臺、此三臺が一列になつてゴロゴロと停車場を出て、暫時くは小田原の場末の家並みの間を上(のぼり)には人が押し下(くだり)には車が走り、走る時は喇叭を吹いて進んだ。(「湯ヶ原ゆき」より)
小田原駅跡近くの片野屋呉服店に、豆相人車鉄道のさまざまな資料が展示されています。
 ラッパ
 運行風景
上り坂ではこんなふうに車夫が客車を押して進んだんですね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする